幸せだった。家族と笑って、幸せに幸せに毎日を過ごしていた。
なのにいつも彼が奪っていく。いつもいつだって彼が壊すのだ。


「アスラン!」


そうしていつも彼は笑うのだ。


キラが憎しみの目で剣を構えるのを、アスランは楽しそうに目を輝かせて見る。
キラとアスランの周りでは、キラのシュヴァリエたるラクスとアスランのシュヴァリエたるギルバートが戦っている。
ラクスはその歌声で生み出す空気の震動を使って物体を動かす。それを武器にしてギルバートに攻撃を仕掛け、 時には盾にして身を守る。 そして余裕などないだろうに、キラのサポートまでしてみせる。
キラのことだけを考えて生きてきたラクスらしい。キラを守るために全身全霊をかけて戦っている。

そんなラクスのサポートを受けて、キラは剣に己の血を流してアスランに切りかかる。アスランにとって毒となるキラの血をその体内へ流し込むために。
それをアスランは避ける。とん、とん、とん、とまるでステップを踏むようにキラの剣を避けて避けて避けて。
そうしていると次第にキラが苛立ってくるのが分かる。それにアスランが笑う。

「息が切れているな、兄上?」
「ア、スラン!」
翼手と呼ばれる謎の生物のミイラの体内から取り出された二つの繭。その内の一つから生まれたアスランは、 もう一つから生まれたキラに子供のような無邪気な笑みを見せる。
「俺を殺したいならもっと頑張らないとな。人間と家族ごっこなんてしてないで、もう少し鍛錬したらどうだ?」
「う、るさい!君に何が分かるんだ!家族を知らない君に何が!」
家族がどれほどの力をくれるかも知らないくせに、と横に剣をひと振り。
それをまた避けたアスランは笑いながら首を傾げる。

「ウズミに人間のように大切に大切に育てられたお前と違って、俺は実験動物として塔の中に幽閉されてたんだぞ?」

名も与えられず、石壁に囲まれた部屋の中、当時アスランの世話係でありウズミの助手であったギルバートが訪れる以外は何も変化なく。
謎の生物翼手の女王の子供。生物の進化を研究していたウズミは、その生態諸々を知るために実験を開始した。
一人はただの研究材料として扱い、もう一人は人間として育てることにしたのもその一環だ。
塔の中に独りでいたアスラン。外でラクスと笑い合い駆け回っていたキラ。
その違いが優しいお父さん。ウズミをそう呼ぶキラと、冷酷な研究者。ウズミをそう呼ぶアスランを作った。

「そんな俺が知っている方が可笑しいじゃないか」
「…っ」

一瞬顔が歪んだキラに、アスランはくすくすと笑う。
「家族は力。でも、兄上は俺に一太刀だってあびせられないじゃないか」
家族を知っているくせに。ウズミに大事に大事に育てられて。今、また新しい家族に大事に大事にされて。
なのに家族を知らない。ウズミに様々な実験を繰り返されたアスランに勝てない。
幸せなんて知らない、辛くて苦しくてどうしようもなかったアスランに。

「ああ、それとも誰か死ねばいい?」

「な…?」
にっこりと笑ったアスランに、目を見開くキラ。
それにあれ、違ったか?とアスランが不思議そうに首を傾げる。
「そうしたら兄上は力が出せるんだろう?怒りと嘆きと絶望で、兄上は力が出せるようになるんだろう?」
なら誰か殺してやろうか。誰がいい?姉のカガリ、妹のフレイ。どんな殺し方がいい?
それは例え話ではない。アスランは本気だ。本気でそうしようかと言っている。それが分かって、キラはカッとなる。
頭に浮かぶのはアスランに殺されたウズミと、キラを守って死んでいった二人目の父親。


「やめろーーー!!!」


キラが地を蹴る。アスランがまだ誰も殺してないのに、ときょとんとして上に跳んで避ける。
くるっと回ってキラの背後へ。けれど下から飛んでくる硝子。ラクスの攻撃だ。

ギルバートは強い。
アスランのシュヴァリエの中で一番つきあいの長い彼は、アスランが共にいない時は他のシュヴァリエに任せるがその戦闘力は高い。
そのギルバートの相手は大変だろうに、それでも少しでもキラの助けにとこちらに攻撃を仕掛けてくるラクスは嫌いじゃない。
そう思って笑うアスランに尖った硝子が近づく。そんな時でも楽しそうにそれを見下ろしているアスランを黒い影が攫った。
同時に硝子が粉々に砕け、地上に降り注ぐのに、地上で剣を構えてアスランの着地に備えていたキラが目を見開く。

ギルバートはラクスと戦っている。アスランは他にシュヴァリエを連れてきていなかった。
なのにアスランを腕に乗せてキラから離れた所に着地した男は、何度か見たことがある。アスランのシュヴァリエだ。
だが彼がどうしてここにいる。彼はキラ達を支援してくれている赤い盾が相手をしていたはずだ。それも別の国で。

「ラウ」

アスランが呼べば、男は口元に笑みを浮かべる。その瞬間、聞こえたラクスの悲鳴。
はっとキラがラクスを見れば、地面に倒れるラクスの姿があった。地面が血で染まっていく。
それでもふらふらっと立ち上がったラクスは、ボロボロのドレスを身に纏い、ところどころに血。
一番酷いのは右肩だ。ラクスが手で押さえているところから、血がどくどくと流れ落ちている。
それでも歌をと口を開くラクスは、ごほっと血を吐いた。
「ラクス…!」
思わず呼ぶが、ラクスはこちらを見ただけで何も言わない。言えないのかもしれない。
そんな状態のラクスとは違って、ギルバートが笑ってアスランの側に戻る。

「早かったね、クルーゼ」
「人間相手にそう時間はかけられまい?」

そういうクルーゼに、キラが目を見開く。まさか、と唇が動く。
ムウは、マリューは、ミリアリアは、ノイマンは。続々と頭に浮かぶ親しくなった赤い盾の面々。
彼らから翼手が現れたと連絡を受けた。そしてクルーゼもその場にいるのだと。すぐに戻ると言った。
けれどアスランがギルバートを伴って姿を現わして。彼らはこちらは何とかするから、アスランをと。
彼らと一緒にいたキラの姉妹は念のため逃がす。自分達も後で追いかける。だからとキラ達に合流地点を告げて連絡は途絶えた。
その彼らはどうしたのだろう。クルーゼが今ここにいる。それはどういう意味?
その声に気づいたのだろう。クルーゼがキラを見て嘲笑う。それが答えのように思えた。

カッと体が熱くなった。何も考えられなくなった。周りが見えなくなって、見えるのはアスランとクルーゼとギルバート。
その中でも彼らを失った一番の原因であるアスランへと、キラは声を上げながら地を蹴って剣を突き出す。

剣先が近づく。アスランの体へと吸い込まれ、その体内にキラの血が僅かでも流れればいい。
そうすれば全ては終わる。もう何も失わずにすむ。
けれどキラはアスランが幸せそうに笑うのを見た。それに目を見開いた瞬間、キラの体は吹っ飛んだ。

キラの体は駐車していた車にぶち当たって止まったが、その衝撃で窓硝子が割れた。
キラへと向けて降り注がれようとしている硝子の欠片。ラクスが必死に歌を放って硝子の軌道を変える。そしてふらっと膝をつく。
そこまでして助けられたキラは、げほっと咳き込んで血を吐く。そしてラクスではなくアスランを見る。
するといつの間に移動したのか、アスランはクルーゼからギルバートの左腕の上。その前でクルーゼが振り上げていた足を下ろした。

「油断大敵、だろ?」
「き、みは…っ」
キラが睨みつけるが、アスランは飽きたようにふいっと視線を己のシュヴァリエへと向ける。
「ギル、ラウ、そろそろ帰ろう。疲れた」
ため息をつくアスランが、ギルバートの腕に抱かれたままもたれかかると、クルーゼが肩をすくめた。
「我が姫の仰せのままに」
「我らだよ、クルーゼ」
クルーゼの返事にギルバートがすぐさま訂正を入れると、アスランがきょとんとして、クルーゼが面倒くさそうに息をつく。
「細かいな、デュランダル」
「言葉は正しく使うものだろう?」
にっこりと笑顔。それにアスランが声を上げて笑った。

窓硝子が割れたビル。アスファルトはめくり上げられ、いくつもの穴が空いている。地中では水道管が破裂したのか水が吹き上げ、横転した車を濡らしている。
その水はラクスの足元にまで流れ、肩から滴り落ちる血と混ざり合う。
キラの足元まできた水は、剣を支えに立ち上がろうとしているキラの邪魔をする。
思いのほか強く体を打ったらしいキラは、水に足を滑らせて再び地面の上へと倒れこむことになった。

そんな中、アスランとアスランのシュヴァリエ二人は笑いあう。
周りにそぐわぬ明るい声、明るい表情。それにぞっとしたのはキラだ。

これが双子の弟。人間を犠牲にして生きる翼手の頂点に立つ少年。

アスランは子供だ。善悪のない子供。
誰も彼に世界を教えなかった。常識を教えなかった。命の尊さを教えなかった。そうして出来上がった無邪気で残酷な子供。
その子供を解き放ったのはキラだ。何も何も知らないキラが、偶然見つけたアスランを外へと出してしまった。
ただの好奇心だった。どうしてアスランが高い塔の上に閉じ込められているのかを知らなかった。どうして名前がないのかを知らなかった。何も知らずにキラはアスランを閉じ込めている扉の鍵を開けた。
そのせいでキラを育ててくれたウズミはアスランに殺され、育った館は燃えさかる炎の中へと消えた。
そうして世界に翼手という災厄を撒き散らすアスランに、キラは誓った。アスランを殺すと。時同じくして、キラのシュヴァリエとなった友人のラクスと共に誓ったのだ。
なのに…!

勝てない。
ラクスがギルバートを引き受けてくれたのに。時折キラの手助けをしてくれたのに。なのにアスランへ己の血を流し込むことはおろか、傷つけることもできない。逆にキラがアスランの爪で頬を傷つけられたり、時折加えられる攻撃を受けるばかりだ。

どうして。
アスランはずっと塔の中に幽閉されていた。その間、キラは庭を駆け回っていた。
アスランが外に出てからは、キラはアスランやアスランが放った翼手を倒すために腕を磨いてきた。
けれどアスランはその間、権力者の息子に擬態して彼らの権力をのっとたり、シュヴァリエがのっとるのを待っていたりと体を鍛えている様子はなかった。キラと対峙しても、いつもギルバートとクルーゼのどちらかが抱いて逃げた。今日のようにアスラン自身が戦うことなどなかった。だから知らなかった。

アスランのシュヴァリエは強い。ギルバートとクルーゼは他のシュヴァリエとは比べ物にならないくらいだ。そしてアスランも強い。今のキラでは勝てないほどに。

悔しさに拳を握れば、アスランと目が合った。そしてまたにっこりと笑う。
錯覚する。子供が親に向けるような純粋な好意。それを向けられているのではないかと。

「可哀想な兄上。幸せな時間を奪われて。幸せな兄上。俺がいるからお前は排除されない」

「な、にを」
「俺という人間の敵がいるから、人間でないお前は受け入れられる。そうだろう? お前は人間じゃないんだから。お前も俺と同じ翼手なんだから」
でも俺がいなくなったらお前はどうなるんだろう?今度はお前が狩られる側。人間の敵。
「ちが…っ、カガリ達は僕を家族だって!全部知っても兄弟だって!父さんだってそうだった! 僕を大切な息子だって言ってくれた!笑って頭を撫でてくれた!」
ふうん、とアスランが首を傾げた。
「なら新たな家族と再び笑って生きるために戦って、全てが終わってハッピーエンド?」
それでいいのか?とアスランが視線を外した。その先にはラクス。
キラは気づかなかったが、ラクスは気づいた。そしてアスランを睨みつける。
またアスランがふうんと言った。そして可哀想なシュヴァリエ、と呟いた。
それを合図のようにギルバートがキラに背を向け地を蹴った。高く高く飛び上がり、ビルの屋上を目指す。その隣にはクルーゼ。
アスランはギルバートの首に腕を回しながら、まだキラへと言葉を放つ。

「お前のシュヴァリエはお前のせいで恒久の孤独を味わうのに」

そして笑い声。
何言って、とキラが眉を寄せれば影がかかる。見上げればラクス。苦しそうに顔を歪め、息も荒い。
ラクスは膝をついて肩を抑えていた手を差し出す。血に染まった手に、キラが体を退いてなに、と問いかける。

『何て可哀想。ラクスのおかげでお前は独りじゃないのに、ラクスはお前のせいで独り』

アスランの声が耳の奥で聞こえた。何を言っているのか、分からない。

差し出されたラクスの血。飲んでください、とラクスが言う。なんで、返せば、少しは回復しますと返る。
立つことができないキラに、お願いですからと手が近づくが、キラは顔を背けた。

人間のようにして育てられたキラは、本能である吸血行為を厭う。ウズミがいた頃はそれでも何とか飲んでいたが 今は違う。
ここ一年、記憶を失っていたキラは本当に人間として過ごしていた。それゆえに以前にも増して吸血行為を厭うようになった。
だから拒んだ。だから叫んだ。


「嫌だ!!」


その瞬間、ラクスが傷ついたような光を目に宿したことに気づかずに、ラクスから離れた。

『可哀想に、兄上。本当に大切なものを忘れて、傷つけて。そうしてお前はそれにも気づかずに、 ラクスの前でラクスのいない幸せを語るなんて』




アスランが、笑った。




「酷い話だ。ラクスを人間でなくしたのはキラなのに」

ビルの上、しゃがみ込んでキラとラクスを見下ろすアスランがくすくすと笑う。
後ろに立つギルバートとクルーゼの髪が、風でなびく。
キラが自分の血を与えてラクスをシュヴァリエにした。シュヴァリエになるということは翼手になるということ。
そうして気が遠くなるほどの時間を一緒に歩いてきたというのに。
ギルバートが自分の髪を押さえた時、アスランがすっと立ち上がる。

「俺達にとって血は栄養、血は力。摂取しないわけにはいかないのにキラは吸血行為を厭う。 だから赤い盾がキラに血を点滴することによって摂取させる」
しないよりはマシだが、直接摂取しているアスランとの力の差はそこにある。だから勝てない。
それを分かっていても、ラクスはキラが大切だ。だからキラの意志を尊重して、吸血を強要しない。 その分自分の負担が大きくなることが分かっていても、ラクスはキラの意志に従う。
「だが緊急時は別だ。ラクスはもう人間ではない、キラの所有物である自分の血を差し出した」
「内臓を傷つけるぐらいの力で蹴ったからな」
何でもないように言うクルーゼに、アスランが振り返る。そして二人の側まで歩く。
両手を挙げれば両側から手が伸びて、アスランの手を握った。それをぎゅっと握り返して笑う。

「キラの命を救うために、キラの傷を癒すために、キラが戦うために必要な血をキラは厭う。 キラはラクスを何だと思ってるんだろう。ラクスがキラを守るのは当然?そのことで傷ついても仕方ない? ラクスは空気。いて当然の存在。自分のために存在するラクスの幸せは、キラの側にいること。 そのためならキラが振り返らず、ラクスのいない幸せに笑っていても大丈夫」

そんなはずはないのに、とアスランが声を上げて笑う。
前屈みになるのをギルバートとクルーゼが空いている方の手で支える。

あんなに仲が良かったのに、何て残酷なんだろう。
高い塔の上、暗い部屋の中、たった独り、見下ろした緑溢れる土の上。


笑いあっていた二人を、羨ましいと思っていたのに。




「だから俺はキラが、兄上が大嫌いだ」




けれど同時に大好きなのだ。世界でたった一人の家族。血を分け合った双子の兄。

静かな静かな声に、ギルバートとクルーゼがアスランを抱き寄せ、跳んだ。

end

リクエスト「BLOOD+パロでアスラン(ディーヴァ)VSキラ(小夜)。アンチAA(赤側)」でした。
・キラが大好きで大嫌いなアスラン
・アス至上主義なギル(アンシェル)とラウ(ネイサン)
・「全てはアスランの為に!!」なザフト(青側シュバリエ)
ということでしたが、半分も使えてない気が…(汗)。

隊長にはアスランのお母さんのシュヴァリエというあの設定を組み込むことでネイサンにしようと思ってました。
いや、お姉言葉を隊長に使わせるわけにはいかないじゃないですか!!なのに…どこ行ったかなあ、アスランのお母さん。
こうなればアスランをディーヴァの様に歌姫設定で!そして隊長プロデューサー設定を!と思いましたが、ラクスがいるので断念。
そもそもアスランって確か音痴だった気が…。
そうしてできあがったBLOOD+パロですが、実はほとんど話を忘れてたりします(汗)。
そのせいであれ?というところがあるかとは思いますが、スルーで!スルーでお願いします!

リクエスト、ありがとうございました!

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