そんな父を愛している。




ただいま帰りました、とクルーゼ家の一人息子が帰宅を告げる声に、アスランは顔を上げた。
ああ、もうそんな時間かと玄関へ向かうと、ちょうど靴を脱いで玄関に上がったばかりの息子がこちらを向いた。

「おかえり、レイ」
「ただいま帰りました、母上」

普段は無表情なその顔に小さく笑みを乗せたレイに、アスランも笑みを返す。
そしてアスランはまだ途中だった夕飯の準備に、レイは着替えに自室にと別れたのだが、しばらくしてレイが一枚のプリントを手に戻ってきた。
授業参観のお知らせ。そう書かれたプリントを受け取り、どこか楽しそうに目を輝かせるアスランにレイは気恥ずかしそうだ。

「一学期に一度だもんな。学校にいるレイが見れるの」
「こっちは複雑な心境なんですが」
母親が授業参観にきてくれるというのは、気恥ずかしい。けれど姿が見えないとそれはそれで気になる。
姿が見えてようやく安心するが、やはり気恥ずかしさはやってくる。微妙な子供の心理だ。それにアスランが笑う。
「俺は授業参観っていえば幼馴染のお母さんがきてくれたから」
両親共に忙しい人で、休みを取ろうにもそれ自体が難しい人達だった。
特に父親は有名な人で、外に出るなら護衛を何十人もつけなければいけない立場の人だ。その時点で授業参観など無理だ。
だから幼馴染の母親が息子の授業参観と一緒にアスランの参観も、と迷惑そうな顔一つせずに張り切ってきてくれた。
それはそれで嬉しかった、と話すアスランに、よかったですねとレイも嬉しそうだ。

「あ、父親といえば、父上が宇宙から帰ってこられるのは明日ですよね?」
「ああ。といっても、評議会からの呼び出しでだから、次の日には宇宙に戻られるけどな」
レイの父親、アスランの夫は宇宙勤務の軍人だ。それも軍艦二隻を所有する隊の隊長を務めている。
プラントの誰もが知っている精鋭と名高いクルーゼ隊隊長ラウ・ル・クルーゼ。
アスランも元はラウの部下で、エリート色の赤を拝領していたエースだった。
「俺とレイの顔見て帰るとおっしゃってた」
「久しぶりですね」
お父さん大好きっ子のレイにとっては、たった一日といえども父親に会える日が楽しみで、今日一番の喜色を見せた。
それにそうだな、とこちらも夫一筋のアスランも嬉しそうに微笑む。
そうして母子が微笑みあう姿は、おそらく第三者の目があればカメラを取り出すことすら思いつかず、
ただただ見惚れるばかりであったろうと思われるくらい麗しかった。自分達の容姿に重きを置いていない本人達に自覚はないが。
「それで母上。父上にお聞きしようかと思ってたんですが、お疲れですよね?」
評議会に出頭して、家に帰ってきて、翌日また宇宙へ。そんな慌しいスケジュールだ。
家にいる間ぐらいはゆっくりしてほしい。だから、とアスランに。

「父上と母上のプロポーズの言葉を聞いてもいいでしょうか?」

「へ?」
何で急に、とアスランが目を丸くすると、ルナマリアとメイリンがとため息一つ。
レイの友人の中には女の子が二人いる。その二人が昼休みに結婚の話で盛り上がっていた。
ヨウランとヴィーノは二人に混ざっていたが、レイとシンはどうでもいいとその話題から離れていた。
なのにこちらに話が振られたのだ。いや、むしろ積極的に参加するどころか輪から外れていたから向けられたというべきか。
振られた話はプロポーズの言葉。どんな言葉を言うかなんて聞かれても、レイもシンもまだ遠い遥か未来のことだと思っている。
眉をしかめたレイと、そん時にならないと分かるかよというシンの言葉に、けれど少女達は引かなかった。
なら両親のプロポーズの言葉を参考に考えてきなさいよ、だ。

「相変わらず強いな、レイの友達」
ふてくされたように視線を落とすレイは、少女達への抵抗空しく押し切られた。
このまま無視すればどんな目に合わされるか分かったものではない。
仕方なしにこうしてアスランに聞いてみるわけだが興味がないわけではない。
だめですか?と見上げれば、アスランがいいけど、と言葉を濁す。
「…きっと参考にならないぞ?」
「それは父上が父上ですから、彼女達が夢見るようなものではないとは思ってますが」
そんなに苦い顔をするほどなのか、とレイは不安に思う。

レイの父親であるラウは、息子のレイから見てもかなり捻くれている。
優秀な人であることは確かだ。多くの部下に慕われていることも確かだ。けれどその性格は如何ともし難い。
アスランからラウの部下であった頃を聞くと、アスランの目が遠くを見ることが非常に多い。
話の最後にはいつも、あれが軍隊でも普通のことだとは思ってなかったけど、
まさか同じ軍人にまでよく倒れなかったな、と憐れまれるほどのことだなんて思ってもいなかったよ。
ストレスで胃に穴を開けるような環境で優秀な功績を修めるクルーゼ隊は、なるほど確かに精鋭と名高いだけある。
そういう人間でないとクルーゼ隊ではやっていけないんだな、そんな言葉は嬉しくなかった。そう続く。
愛する父の人物像はこれだけでも何とはなしに察しがつくだろう。あまり関わりあいになりたくない男だと。
そんな男と結婚して幸せな生活を送れる母は尊敬に値すると思う。それともさすがクルーゼ隊エースであった人、というべきだろうか。
口に出して言えば、嬉しくないとアスランは言うだろうが、レイとしては褒め言葉のつもりだ。
その褒め言葉は父を慕っているレイにも言えるのだが、レイ自身は全く気づいていなかった。

そんなレイに気づくことなく、アスランはレイが聞きたいとねだった話を始める。
「あれは隊長に直接お渡しする書類をお持ちした時だった」
呼び方が隊長になっている時は、軍人であった時のことを話す時の癖だから、レイは突っ込まずに頷く。
「退室しようとした時、呼び止められてこうおっしゃった」

『今まで言いそびれていたのだが、




私が子持ちだと言ったなら、君はどうする?アスラン』




「………え?」

アスランが軍人であった頃からつきあっていたのだと聞いている。だからこの話もその頃のことだろう。
が、クルーゼの言い方だと、つきあっていた頃にはすでにクルーゼには子供がいたように聞こえる。
けれどクルーゼの子供はレイ一人だ。万が一他にいたのだとしても、アスランのことだ。こんなに幸せそうに暮らしてはいまい。
笑顔の下に隠している可能性はあるが、ならばレイにこんな話はしない。とすれば『子持ち』というのはレイのことだろう。
レイは確実に父親似だ。顔の造作、色彩、声質。全て父親から受け継いでいる。
母親から受け継いだものはその真面目な性格だとよく言われるが、外見は見事に何一つ受け継いでいない。
もしかして、という疑念が頭に浮かぶ。自分は母の子ではないのだろうか。そう思って嫌だと眉をしかめる。
父親のことも大好きだが、母親のことも大好きなのだ。もしも血が繋がっていないのだとしても好きだと言える。
けれど本当は母親が別にいるのだと言われたら酷くショックだ。

そんなレイに気づいたアスランが、慌てて首を振る。
「違う、レイ。レイは正真正銘俺の子だ」
その目に偽りがないのにホッとする。誤解させてごめんと抱きしめられるのに、いえ、と体を預ける。
先走ったのは自分だ。けれど、と思う。
「母上も誤解されたということですよね?」
自分が即座に弾き出した誤解の末の回答。それをアスランも弾き出したとしても可笑しくはない。
案の定、アスランは頷いた。項垂れるようにしてレイの首に顔をうずめて。

思考が凍結した。解凍し始めた思考は、恋人に子供がいるという事実がどういうことなのかを考え始めた。
結婚しているという話は聞かない。確か独身のはずだ。
だがクルーゼの言葉は、アスランの他に情を交わす相手がいるということを示している。
その相手に子供ができたということ。つまりは別れ話か!!
そう理解した瞬間だ。あまりの衝撃に言葉もでないアスランに、クルーゼはいつもの笑みで言った。


『ということだ、アスラン。君は君の体と子供のためにも退役ということになる。
ああ、お父上には私から報告しておこう。落ち着かれた頃に挨拶と入籍について話し合うことになるのだが』


「………え?」

レイの声にアスランが顔を上げないまま、前にやった定期健診で分かったらしいんだ。妊娠二ヶ月。とどことなく涙声だ。
気持ちは分かる。そんな知らされ方はされたくなかっただろう。
しかもそれが同時にプロポーズとなるなんて、いくらプロポーズに夢を持っていないアスランでも泣きたくなる。
思わずレイはぽんぽんとアスランの背を叩いた。
そしてルナマリアとメイリンから出された宿題を、一体どうしたらいいんだろうと普通からかけ離れたプロポーズをした父を少し恨んだ。

end

リクエスト「クルーゼ(父)+アスラン♀(母)+レイ(子供)でほのぼの家族」でした。
…ほのぼの家族?(汗)クルアスにしてはほのぼのだと思うんですが…どうでしょう?隊長ほとんど出てませんが(汗)。
それにしても私が書く隊長は、ろくなプロポーズをしないな、と思いました。

リクエスト、ありがとうございました!

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