にっこりと微笑むのはキャンベル家のメイド頭のラクスだ。
すいっと視線を逸らすのはキャンベル家の執事のアスランだ。

「ア・ス・ラン?」
「不可抗力です」

なので助けていただけますか、とアスランが恐る恐るラクスを見て、また視線を逸らす。
ラクスはそんなアスランの様子に顔色ひとつ変えるでもなく、微笑んだままあらあらまあまあと片頬に手をあてて首を傾げた。

「お嬢様を起こせばよろしいのでは?」
「ラ、ラクス…っ」
ふるふると首を横に振るアスランは必死だ。それは駄目だ。大変よろしくない。 
お願いですから助けてください。まるで捨てられた子犬のような目でラクスを見上げてくるアスランに、ラクスはふふっと笑う。ああ、可愛らしい。そんな言葉が背後に見えるようだ。

ラクスがキャンベル家の一人娘であるミーアを起こすために部屋の扉の前に立ったのは、アスランが廊下を懐中時計に目を落としながら歩いてきたのと同時だった。
おはようございますと挨拶をしあって微笑みあって。そうした時にミーアの部屋から大きな物音が聞こえた。
はっとしてミーアの部屋を見て、険しい顔でアスランが扉を開け、ラクスが続いた。
特に異常はなかったが、寝ているミーアがたてられるわけがない物音を放っておくわけにはいかなかった。ミーアの寝室の扉を開けて…。
ベッドに横になるミーアに駆け寄ったのはラクス。アスランは部屋を眺め、何も異常がないことを確認しながらテラスへと続く窓へと近づく。そして、何故か寝返りを打ったミーアにベッドに引きずり込まれた。

「ん…」
「!!」

腰にミーアの腕を巻きつかせたアスランが固まる。
ミーアの瞼が震えるのを目に、悲痛な顔でラクスを見たアスランに、さすがにラクスもこれ以上はと思ったのか、ミーアの瞼が開く前にアスランを救出した。
助けられたアスランは、真っ青な顔でミーアの寝室から脱兎した。
そんなアスランをあらあらと見送って、ミーアを起こしたラクスが次にアスランを見た時は、人気のないテラスに両手を置いて膝をついて、何やらぶつぶつと言っている姿だった。


執事とお嬢様


アスランが可笑しいの、と拗ねたように言ったミーアに、ラクスがどのようにですか?と紅茶を淹れながら尋ねる。
ミーアはケーキにフォークを入れながら、あのね、とラクスを見上げた。
「頭を撫でてくれないのよ」
「あら、珍しいですわね」
ミーアがアスランに頭を撫でられることが好きだと知っているアスランは、人目のないところでならとミーアが請うままに頭を撫でる。
アスラン自身もその行為を厭っているわけではない。忙しいキャンベル夫妻の代わりにアスランがミーアを育てたようなものなのだから、頭を撫でられて喜ぶミーアを見るのは好きなのだ。まるで親の心境だ。
なのにそのアスランがミーアに請われても頭を撫でない。それどころか一定の距離を保ったままミーアの側に寄らなくなったというのだ。
「あたし、何かしたのかしら?」
むう、とケーキを口に運ぶミーアに、ラクスはあらあらと苦笑する。
何か、はした。確かにした。ミーアの意識はなかったけれど。

「そうですわね。アスランもようやくお嬢様が異性だと気づかれたのではないでしょうか」

ベッドに引きずり込まれて驚いて。間近にミーアの顔を見て。抱きつかれたせいで感じる柔らかさ。甘い香り。それにアスランはようやくミーアに娘ではない、女性を感じた。
そうでなければどうしてあんなに必死でラクスに助けを求めるだろうか。
ミーアを起こせばすむことだというのに、アスランは必死で抵抗した。起きられては困る。そう言わんばかりに抵抗して。覚醒を始めたミーアに全身を強張らせて。
今までのアスランなら決してしなかっただろう行動。

ああ、もう、本当に何て可愛らしい。

幼馴染でもある同僚の姿を思い出して思わずほう、と息をつきそうになるが、今はミーアの前だ。自重した。
ミーアはむうう、と唸ってあのアスランが?と眉を寄せる。
大好きなお兄ちゃんから異性へと変わったのはもう随分前であるミーアは、自覚してからずっと大好きと言い続け、積極的にアプローチをかけていた。なのにミーアが与り知らぬ間に仕えるお嬢様兼可愛い娘から異性に認識を変えたというのか。
…信じ難い。

「本当にそうなら嬉しいんだけど」

そのことによって頭を撫でてくれなくなったのは寂しいし、側に寄らせてもらえないのは悲しい。
むううううう、とミーアが再度唸った。







「…何してるんですか、あんた」

角を曲がった先で歩いているアスランの後ろ姿を発見。が、アスランはいきなり立ち止まって、くるっと方向転換。すたすたと歩いているとは思えない速さでシンの横を通り過ぎて、シンが曲がったばかりの角にべたりと背中を張り付かせた。
…何だ、この奇行。
思わず半眼になれば、アスランがしーっ口に人差し指を当てた。まじで、何。
首を傾げると、聞こえる歌声。二重奏だ。
ああ、これは、と前を向けば思ったとおり、この家のお嬢様のミーアとメイド頭のラクスが歌を口ずさみながら歩いてきた。いつもの光景だ。何も変わらない、のに、この男の奇行は何だろう。もう一度アスランを見ようとした、時。

「…っ」

アスランが体を震わせた。悪寒がした、というように。
シンはそれが何に起因するのか、考えるまでもなく気づいた。タイミングがよすぎたのだ。シンを見て、ちらりと横を見たラクスがくすり、と笑ったタイミングとアスランが体を震わせたタイミングが。

シンはこの屋敷にきてから思う。執事とメイド頭は幼馴染だという。物心つく前から一緒の長い長い付き合いだと。その通り、二人は仲がいい。仲がいい、のだが。

「たまに思いますけど、アスラン様ってラクス様に遊ばれてますよね」

ラクスの視線は言う。可愛くて可愛くてたまらない、と。けれどその愛で方がラクスは少しずれているような気がする。そう常々思っている。

視界の端でアスランがラクスか!?ラクスがくるのか!?こっちにくるんだな!?と小声で叫ぶのに、きますよ、とミーアを誘導して歩くラクスを眺めながら言う。それと同時に腕を伸ばしてアスランの腕を掴む。
離したら逃げる。この男は逃げる。そうしたらあの何か黒そうな笑顔に何をされるか分からない。だから両手で掴む。両足に力を入れて、全力で引っ張る。
が、敵もさることながら、必死にシンの腕から逃れようとする。本気だ。これは長いこと引き止めていられない。そう思った、時。

「そういえばお嬢様、ご存知ですか?」
「え?なあに?」
「アスランの初恋の人はわたくしの」
「ラクスーーー!!!」

びゅんっとアスランがシンの視界を右から左に過ぎった。あれ?といきなり空いた手に首を傾けている間に、アスランがラクスの口を手で覆った。
「あなたは何を言うつもりなんですか!?」
言っておきますけど、ばらしたらあなたの初恋もばらしますからね!?そう言うアスランに、ラクスが少し考えたふうに視線を上に上げ、そして戻すと頷いた。それにアスランが息をついて、ラクスの口から手を離す。
そんな二人をじとーっと見てるのはミーアだ。

仲がいいのは知っている。その間に恋愛感情がないことも知っている。けれどラクスはアスランの初恋を、アスランはラクスの初恋を知っているように、この二人は互いのことを知らないことがないのではないか、というほど互いのことを知りあっている。それにやきもち。
それに。

「ずるいわ」

「は?」
思わずミーアを見たアスランを、ミーアは恨みがましそうに見上げる。それが上目遣いになっていると気づかないのだろう、怯んだアスランにますます不機嫌になった。
ミーアのことは避けるくせに、ラクスには自分から寄ってくるなんてずるい。ずるい、ずるい、ずるい!

「お、嬢様?」
「それもずるいのよ!アスランの馬鹿あ!!」

ラクスのことは呼び捨てるくせにーーー!!!
と叫んで駆け出す、のではなく、アスランに飛びついたミーアの勢いに負けて絨毯が敷き詰められた床へと倒れた二人を、あらあら、とラクスが。あ、とシンが声を漏らした。
背中から倒れたアスランの顔が痛みに顔をしかめると同時に、ぴしりと固まった。当然だろう、とシンは思う。あれは同じ男として羨ましい。
「うわ…」
ミーアの豊満と呼んでも差し支えのない胸がアスランの胸に押しつけられている。どんな感触がするんだろう、と思うのは許してほしい。だって思春期なのだから。
アスランの目がラクスを見た。助けて、と言っているのがよく分かる。けれどラクスはにっこりと笑ってシンの背中を押した。アスランとミーアに背を向けて。

「へ?」
「それではお邪魔虫は失礼いたしますわね」
「ラクス!?」
「アスランの馬鹿!いっつもラクスラクスって!!」
「ちょっ、動くな!じゃない、動かないでください!」
「あたしはこんなにアスランのこと好きなのに!!」
「は!?」

はーーー!!!???
そんな叫びを後ろに、ラクスが、あら、今度はちゃんと通じましたわね、と笑った。
シンはつまり、と後ろを振り向いた。ミーアに乗られているアスランの顔は見えないけれど、何となく分かった。


「お嬢様、恋愛成就おめでとうっすか?」
「はい、正解ですわ」


祝福のファンファーレが聞こえた気がした。

end

リクエスト「アスミアパラレル。お嬢様なミーアと執事アスラン」でした。

名ばかりの執事ですみません(汗)
初めはちゃんと執事っぽいことさせてたはずなんですが、話が動かなかったのでラクスをメイドにしてみました。そしたら何か、あれ?なことに…(滝汗)
……銀食器を投げるあくまで執事なアスランにしとけばよかったかも、と思いました(それ違う)
ちなみにアスランの初恋はラクスの母親で、ラクスの初恋はアスランの父親です(え)

リクエスト、ありがとうございました!

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