『俺はステラのものです。俺がいるべき場所はステラのところです』

その言葉が頭を離れない。
カガリのことなど知らないと、思い出すつもりもないと告げた冷たい目と冷たい声。
騙されているというのに、本来の記憶を奪われて、その上から都合のいい記憶を重ね塗りされたというのに。それでもアスランの心はステラから離れなかった。どうして。

カガリは青褪めた表情のまま捕虜房のドアの前に立つ。
今のアスランが囚われている少女が。今のアスランが至上としている少女がこの中にいる。
会ってどうしたいのだろう。分からない。気がついたらここにいたから。

脳裏に過ぎる抱き合って口づけを交わす二人。アスランの腕の中で安堵したような笑顔を浮かべたステラ。
ステラを腕におさめて安堵したように和らいだ表情を浮かべたアスラン。

ぐっと拳を握って。キッと前を睨みつける。
あれは私のものだった。私に与えられていたものだった。それを卑怯な手で奪っていった少女。
今のアスランが何を言ってもそれだけは確かなことなのだ。


白の世界に、陰りがひとつ


捕虜房では地球連合軍のパイロット三人がそれぞれの牢の中、緊張感もなく好き勝手にしていた。
他の連合兵は彼らとは違う部屋にまとめて監禁してあるのだという。ネオという仮面の男は指揮官だということで、より厳重な部屋に入れているのだが。
三人が連合兵と分けられているのは、連合兵が彼らに怯えるからだ。そしてそれに対して彼らが、といっても少年二人が愉しそうに詰ったり脅したりして悪化させるからだ。そのせいで連合兵が怯える三人を彼らと分けたのだ。

カガリはその牢の一つに近づく。そこには金の髪の少女、ステラがただぼーっと空中を眺めていた。
それを目に入れると、カガリは苦しそうに顔を歪めた。

少女がいた艦でアスランは常にステラと一緒にいたらしい。ほとんどがステラの部屋で二人っきり。
そこで毎日どうして過ごしていたのだろうか。アスランはステラを抱きしめていたのだろうか。口づけていたのだろうか。カガリの前でそうしたように、二人邪魔されることない部屋で…。
ぐっと歯を食いしばる。そして鉄格子を右手で握り、息を吐くとステラに声をかける。

「おい」

けれどステラは一切の反応を見せない。聞こえなかったのかともう一度声をかけるが、同じ。
それにムッとして、カガリは両手で鉄格子を掴む。
「おい!聞いているのか!?」
確実に聞こえているはずだ、と思うと怒りが湧いてくる。どういうつもりだと声を荒らげると、別の牢から笑い声が上がる。

「無駄だって。ステラは興味ないことには応えないし?」

視線を動かすと、水色の髪の少年、アウルがけたけたと笑っていた。
「興味がない、だと?」
「そ。あんたはステラの興味を引く対象じゃないってこと」
「な!」
カッと頭に血が上ったカガリを見て、アウルが嘲笑を浮かべる。
「何?人に無視されたことないんだ?そりゃいい身分だよなァ、お姫サマってさ」
「お前…っ!」
腹立たしい思いのままに、アウルの牢の鉄格子を掴むと、ガシャッと音がする。
アウルはそれでも気にせず笑っている。そこへもう一人のパイロット、スティングが呆れたような声をかけてきた。
「アウル、やめとけって。こういう類の人間には、少しの皮肉も侮辱にしか聞こえないんだ」
その言葉もまた腹立たしく、今度はスティングを睨みつける。
「平和の国ってわりには好戦的〜」
「煽るなよ」
「貴様ら!捕虜だということを忘れるな!」
口笛を吹くアウルの言葉もスティングの笑いが含まれた制止の言葉もカガリを憤らせるだけだ。
彼らは自分達が敵軍に捕らわれていることを忘れているとしか思えない。ここは彼らを守る場所ではないのだ。
なのに二人はくすくすと笑い出し、何がおかしいのだと声を荒らげるカガリに、アウルが嘲りの目を向ける。
「そうだよな、だからあんたはキャンキャン吠えられるんだよな。牢ン中にいる人間に何言ったって安全だし? いくらでも言えるよなあ、平和の国のお姫サマ?」
「貴様…っ!」
ははははははっ、とアウルがとうとう声を出して笑い出した。

どうして、と思う。どうしてここまで侮辱されなければいけないのだろうか。
そしてアウルの『お姫サマ』呼び。デュランダルも言うのだ、『姫』と。
オーブ代表を名乗っているというのに。それは公的に認められていることだというのに、認めないとばかりに『姫』と。

悔しい、悔しい、悔しい。
ギリッと歯を食いしばる。こんな一介の兵士にまで嘲られる自分が悔しい。
そしてそれを吐き出してもいいと言ってくれる存在の大切さを思い知る。
その存在は今同じ艦にいる。いるのに別の少女の支えとなっている。カガリのことを知らないと言う。
わがままばかり言ってすまない。甘えてばかりですまない。それさえ言えない。
頑張るから、だからこれからも側にいて支えてほしい。それさえ言えない。
カガリは今、一人だ。味方など一人もいない。支えとなる人もいない。誰もいない。その孤独はカガリを精神的に追いつめる。


「赤…」


ぐっと目を瞑った瞬間、聞こえた声に振り返り、目を見開く。ステラが赤く染まった両手をかざしていたからだ。
何をして、と驚くカガリの後ろで、アウルが鉄格子を掴んだ。

「あーあーあーあー、馬鹿。何やってんだよ」
呆れたようなアウルとスティングに顔を向け、ステラがふわっと笑う。何も知らない子供のような笑顔だ。
「スティング、アウル」
「はいはい。何したのさ、馬鹿」
「ステラ、どこ切ったんだ?」
ステラはきょとんと首を傾げ、んーっと考えた様子で唸る。そして両手を下ろしてまじまじと見る。
その間にも手からは血が滴り落ちている。
「お姫サマ、いいわけ?怪我した捕虜、放っておいてさ」
口元に笑みを浮かべたアウルの言葉に、カガリははっとなる。確かに放っておけば問題になる。
誰か呼ばなければと、嘲笑を浮かべるアウルを視界から外す。ぐっと拳に力を込め、扉向こうの兵の元へと歩く。

「ステラ。手、上あげとけ」
「上?」
「こーだよ、こー」
「こう?」
「そうだ。血が出てるからな。心臓より上にあげとけよ」

三人の仲の良さそうな会話が、カガリの苛立ちを一層煽った。


* * *


一人閉じ込められた部屋には時々カガリが訪れ、話しかけてくる。泣き出しそうな顔で、無理に笑った顔で。そうしてアスランから反応を引き出そうと必死で。
その様子からカガリにとって恋人だというアスランは余程大切な存在なのだと知らされる。けれどそれは自分には関係ない、とも思っていた。カガリが取り戻したい大切な恋人は今ここにいるアスランではないのだし、アスランもアスランでカガリへの恋情などない。心揺らされることもまた、ない。

なのに、だ。ステラしかいなかった世界が揺らぎ始めた。ステラしかいなかった記憶の中に、見知らぬ姿を見るようになった。
それはカガリであったり、桃色の髪の少女であったり、茶色の髪の少年であったり様々だ。
思い出してほしいというカガリが聞いたなら喜ぶだろう。アスランは記憶を取り戻しかけているのだ。

アスランはまた脳裏に知らない記憶が現われ、眉を寄せる。
何故だ。何故ステラだけの世界が揺らぎ始めたのだ。毎日のように会いにくるカガリのせいだろうか。ステラと引き離されたからだろうか。ああ、それとも受けていた定期健診を受けていないからだろうか。
はあ、と息を吐く。そして前髪を掻き揚げ、ベッドに背を落とす。

「…っくそ」

今では見知らぬ記憶の中の姿に名前を呼ぶことができる。桃色の髪の少女はラクス、茶色の髪の少年はキラ。そして僅かながら自分との関係すら口にすることができる。
けれどアスランはそれを誰にも言わない。誰にも悟らせない。今はまだステラの存在の方が大きいからだ。そう、今はまだ。
そう思う自分が嫌だ。いつかステラの存在がアスランの絶対でなくなるようなそんな言葉を浮かべる自分が嫌だ。

静かな時間だったのに。
穏やかな時間だったのに。
何に煩わされることなく。
ステラだけを想って。
アスランだけを想って。

目が、耳が、口が、手が、足が、もう何もかもが互いだけのものだった。
それ以上などなかった。それ以外必要でなかった。その心地よさを知ってしまったのに。

現われる記憶の断片。
忘れたくない記憶もあるんだろう。大切な記憶もあるんだろう。けれど今のアスランには分からない。分からないうちに粉々に砕いてしまいたい。




「…ステラだけでいいのに」




泣きそうに震えた声が紡いだ言葉こそが、今のアスランの望みであり、救いなのだから。

end

リクエスト「白の世界に〜」の続編でした。
前回削ったところを結局入れてしまいました。別にアンチカガリな話ではありません(説得力ない)。
カガリもどんな形にしろ笑える話にしたいなあと、書きながら思いました。できるかどうかは別ですが(…)。
そしてアスラン。一話以降、何も考えてなかったせいで、リクエストいただくたびに、この先彼をどうしたもんだと思ってたんですが、何となく方向が見えてきました。よかった。

リクエスト、ありがとうございました!

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