白の世界に、光は満ちて


「どういうことなんだ!」
カガリは抑えきれない激情のまま声を荒らげる。
「何で!何であいつが地球連合の女と…!!」

地球連合軍に攫われたアスランをずっとずっと心配していたのだ。胸が張り裂けそうで苦しくて仕方がなかった。
アスランはカガリのボディガードになってから、ただただ口うるさくて。カガリは苛々することが多かった。
キスをしたことも、守ると言ってくれたこともなかったような態度にますます苛々して。
けれどいなくなって、それがどれほど幸せなことだったかを知った。

アスランは周りが敵ばかりのカガリのために口うるさく言っていたのだ。そして今のカガリに、恋愛を満喫するだけの余裕がないことを知っていたのだ。
なのにもっと優しく接してほしい、とか。抱きしめてほしい、とか。そんなことばかり思っていて。
今のカガリの状況でそんなことをしていたら、ただでさえアスハの名ばかりの飾りと見られているカガリを、 本当に誰もが飾りとしてしか見なくなる。一瞬たりとも気の抜けない時なのだ。恋愛にうつつをぬかしている時ではない。
アスランが側にいてくれる。それだけでも十分なことだったのに。

そうと気がつくのが遅すぎたとは思わない。アスランが好きだ。だからアスランを取り戻す。
アスランが側にいてくれることを幸せと思い、アスランにもそう思ってもらえるように、今度はもっともっと頑張ろう。
仕事に恋に。両立できるほど簡単なことではないけれど、まずはしっかりと代表としての自分を確立して。
それがアスランのためにもなるから。アスランとカガリの未来のためにもなるから。

そう決めてもミネルバはカガリの艦ではなく。デュランダルもアスランを取り戻すことに同意はくれても積極的ではなかった。奪われたG三機を取り戻すついで。そんな感じだった。

確かにアスラン一人の命とアスランを取り戻すために失われるかもしれない命は釣り合わない。
そして色々な意味で有名なアスラン・ザラは表向き行方不明で、地球連合軍に攫われたのは オーブ代表のボディガード、アレックス・ディノだ。多数の犠牲が支払われるものではない。
デュランダルがアレックスの正体に気づいているのだとしても、表向きが存在する限り変わることはないだ。
それでも人の命だ。けれど失われるのも人の命だ。だからカガリは耐えた。
そしてようやく地球連合軍の艦を捕獲し、アスランを助け出したのに。

「落ち着いてください、姫」
「これが落ち着いていられるか!!」
アスランはカガリに見向きもせずに、地球連合軍の少女の元へと駆け寄ったのだ。カガリではなくその少女を抱きしめ、口づけたのだ。
「何でっ、何なんだ、一体!!」
「落ち着いてくださいと申し上げました、姫」
「うるさい!!」
キッと睨みつけると、デュランダルが呆れたようにため息をついた。
「あなたはオーブの代表ではありませんでしたか。あなたはカガリ・ユラ・アスハ個人で会見にいらしたのでしたか? オーブの声を届けにいらっしゃったのではなかったのですか?」
カガリがはっとした顔をするのに、デュランダルは静かに告げる。

「ここはオーブではないということをお忘れになられますな」

カガリの言動に仕方がないと苦笑する者も、嗜めるものも存在しない。存在するのは迂闊な言葉を言質とする者だけ。
この場にカガリの味方などいないのだというデュランダルの言葉に、カガリはようやく気づき、蒼白になる。 そして押し殺したような声で取り乱して申し訳なかったとうつむく。
それにやはり呆れたような目で、けれどすぐに真剣な目に変えてデュランダルはところで姫、と話題を変える。

「彼のことですが、どうやら暗示がかけられているようです」
「なに…?」
「今の彼に過去はない。念のため、こちらで知る限りの彼の過去を上げてみましたが、反応はありませんでした」
「な…」

カガリを見ても怪訝そうな顔しか浮かべなかったアスランを思い出す。
今、アスランの中に自分はいないのだ。だからアスランはカガリが分からなかったのだ。
そんなと握った拳が震える。大きなショックが身の内を走る。けれど同時に安堵した。
ならばアスランが地球連合軍の少女を抱きしめたのも、口づけたのも、全ては暗示のせいなのだと。

「姫は何かご存知ではありませんか?」
「え?」
「彼の中で忘れ得ぬような何かです。暗示を解く足がかりとなるやもしれません」
そう言われ、アスランと出会ってからのことを思い出してみるが、何も分からないことに愕然とした。
出会って二年。そう二年、なのだ。アスランについて知っていることなど、目の前のデュランダルとさして変わりはない。そこにアスランの性格や好きなものといったものが追加されるくらいだ。
少しずつ知っていこう。そう思っていても、普通の恋人同士とはかけ離れた自分達だ。その機会は早々なく。
仕事の合間の会話も、どうしたって仕事の話が多くて。そうでなければカガリが弱音を吐いて、アスランに慰めてもらって。
休日はキラ達のところへ。キラとラクスと笑って、子供達と遊んで。
ああ、そうだ。アスランと二人、互いのことを話す時間なんて早々なかった。
だから姫?と首を傾げるギルバートに、言えることは何もなかったのだ。


* * *


アスランは閉じ込められた部屋の中、ベッドに腰かけ苛々とする己を抑えるために目を閉じる。
アスラン・ザラとアレックス・ディノという二つの名を持つ、それが自分だと教えられた。
何やら複雑な経緯をもっての話らしいが、どうでもいい。何を聞かされても他人事のようにしか感じない。
それよりももっとずっと気になることがあるのだ。それ以外どうでもいいと思っているのだ。

「ステラ」

引き離されてからどれほどの時間が経ったのだろう。苦しそうに縋りついてくるステラを奪われて、一体どれほどの時間が。
おそらく今頃はステラの様子も落ち着いているだろう。いつもそうだった。
息苦しそうにしてアスランが待つ部屋に戻ってくるステラは、時間が過ぎれば次第に落ち着きを見せる。アスランはただステラを抱きしめて、名を呼んでそれを待つだけだった。
それだけしかできなかったけれど、落ち着けばステラが嬉しそうに笑ってくれた。大丈夫かと聞けば、アスランがいてくれるから平気と口づけをねだられて。
そうして後はシーツの海へと沈むのだけれど、今の自分は何もできずにいる。ただ座っているだけ。ただ想っているだけ。声が届かぬ場所で名前を呼ぶだけ。
ステラは一人、体を抱きしめて苦しみに耐えたのだろうか。
落ち着いた後に見せてくれた笑顔も浮かべることなく、今頃一人冷たい牢の中にいるのだろうか。

「ステラ」

どうして自分は、ステラの側にいられないのだろうか。




ステラのところに帰してくれ。




そんな言葉は叶えられることはなく、アスランはただ一人、閉じ込められた部屋の中だ。


* * *


アスランを訪れるかと尋ねるギルバートに連れられて、カガリはアスランのいる部屋へと入った。
そこでアスランはベッドの上に座って組んだ両手を額に当てて目を閉じていた。
その姿は何も見ない、聞こえない。そんな様子に見えて、カガリはアスラン、そう呼んで意識をこちらに戻そうとしたけれど、 一度視線が交わっただけですぐに逸らされた。
痛む胸。込み上げる涙。けれどそれを抑えるために握った拳に力を入れる。
そんな様子を一緒に入ってきたギルバートが見ているが、カガリは気づかない。

「何か、思い出したか?アスラン」
震えそうになる声を叱咤してそう聞けば、いえと声だけが返る。
アレックスではなくアスラン。そう呼んでいるのに敬語で返る。ああ、本当に覚えていないのだと実感する。
「そ、うか。だが大丈夫だ。きっと思い出せる。私も手伝う」
だからこっちを見て。名前を呼んで。笑って。
アスランを心配する気持ちよりも、自分の不安を緩和する気持ちの方が大きいことに気づいて、カガリは顔をしかめる。
けれどそんなカガリに気づく様子もなく、アスランは首を小さく横に振る。

「思い出す気はありません。必要ない」

「な…」
あまりの言葉に聞き間違いか、と思う。思いたい。なのにアスランは続けた。

「自分が何者であれ、興味はありません。必要なのはステラだ。ステラだけいればいい。 ステラのことだけ覚えていればいい。だから聞かされる過去のことを考えるつもりはありませんし、 思い出すための足がかりにするつもりもありません」
「な、に言って。お前、何を…!」
カガリがふらっと体を揺らしたのを支えるように、ギルバートがその肩に両手を置いた。
思わず泣きそうな顔でギルバートを見上げれば、視線はアスランに。
「カガリ姫は君にとって守るべき人、大切な女性ではなかったのかな」
「記憶にありません」
「冷たいね、君は」
「それよりステラのところに帰してください」

カガリの体が震える。こんなに冷たい扱いをアスランから受けたことはなかった。
記憶がないことは分かっている。暗示をかけられていることも分かっている。 けれどアスランなのだ。カガリにとってはアスランでしかない相手だ。恋人なのだ。
そんなカガリとアスランにギルバートは、困ったように首を振る。

「何度も言った通り、それはできない。彼女は地球連合軍、今は我々の捕虜だ。 そして君はオーブ代表の護衛官なのだから、君が帰るところはカガリ姫の元なのだよ」
「俺はステラのものです。俺がいるべき場所はステラのところです」


だから帰せ。


それ以外に話すことなど何もないし、聞くことなんてもっとないのだから。
そう言外に告げるアスランにカガリの涙がこらえきれずに頬を伝う。

どうして恋人に他の女の元に返せと言われなければならない?

思い出す。苦しそうな顔をしていたステラに駆け寄るアスラン。
ステラはそれをしっかりと目に映して、アスランに手を伸ばして抱きついて、アスランアスランと繰り返し呼んで。
アスランはそれに大丈夫だとステラを抱きしめて。今のようにステラステラとそればかりで。
そして二人、口づけを交わして。

呆然とする周りなど意にも介さず、アスランもステラもただそればかり繰り返していた。
二人はお互いが腕の中にいることに安堵していた。それだけで満足と言わんばかりに、二人はずっとそうしていた。

「…っ!お前、は!お前は騙されてるのにか!?暗示をかけられて、そう思い込まされてるんだぞ!?」
「…それが本当だとしても、俺には俺の気持ちがあります。ステラの側にいたい。俺の世界はステラだ」
「アスラン!!」

悲鳴のような叫び。
アスランがこちらを見たけれど、その目は何も映していない、緑。

end

リクエスト「白の世界に、金の光が一筋」の続編でした。
ステラが出てませんが、出したら(ステラじゃない周りが)カガリに対して凄くきついこと言い始めたので切りました(汗)。
そして議長の「冷たいね、君は」と本編の隊長の「冷たい男だな、君は」をリンクさせて、 キラのことも出してちょっとずつ思い出していく予定でした。
が、アスラン視点からカガリ視点に変えたら使えなくなったのでアスランは忘れたままです(…)

アスランは暗示をかけられた云々については、そうなのかと思ってますが、 自分の世界がステラであることは確かなものとして自分の中にあるので気にしてません。
暗示が解けたらどうなるのか…。変わらずステラが世界なのか、それとも前のアスランに戻るのか。どっちだろう…。

リクエスト、ありがとうございました!

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