『大天使』と名を持つモノ。




ある一定の周期でミーアの力が落ちる日があるらしい。
むー?と眉間に皺を寄せて自分の両手を見ているミーアに思わず笑えば、笑い事じゃないの!と怒られた。
アスラン守れなかったらどうしよう、と泣きそうな顔をするので、俺は君がいてくれるだけで助かってるよ、と本心から言えば、
アスランの女ったらし!と真っ赤な顔でまた怒られた。どうして怒られたのだろう。分からない。
けれどミーアはすぐに懇願するように両手を胸の前で組んでアスランに言った。

できるだけ危険なことは避けてね。戦場に出るんだから無理だって分かってるし、
戦場ではあたしの力なんて役に立たないのも分かってるけど、でもお願いねアスラン。

それにうん、と微笑んで。本当に君が側にいてくれるだけで十分なんだけどな、と今度は胸の内で呟いた。
けれどその時はまだ、アスランもミーアも戦場ではなくAAでひと騒動起こるなど思ってもいなかった。
気づいたのはアスラン達より先にAAにきていたキラに会った時だった。




「アスラン…だれ」
「は?」
きょとんとした顔でキラの顔を見返すアスランの後ろで、ミーアもきょとんとした顔をする。
キラの視線がアスランではなくその後ろにいっている。というよりミーアと目が合っている。
アスランの両肩に手を置いて浮いていたミーアは、もしかしてと首を傾ける。

「あたしのこと、見えてるの?」

「しゃべった!?」
「うそお!!」
「え?」
驚いて後ずさるキラと、右手を口に当てるミーアと、思わずミーアを見上げたアスラン。
アスランには常に見えているミーア。声だって聞こえている。
けれどアスラン以外の人物には見えたことはないし聞こえたこともないのだ。なのに急にどうして。
「…あ」
いやあ!!と本気で嫌そうな顔をするミーアが先程言っていた。今日はミーアの力が落ちる日のようだと。 その影響だろうか。
エターナルでは誰にも会わなかったし、格納庫では皆自分の仕事に必死で、多分ミーアに気づいていなかった。
だからこちらも気づかなかったのだ。ミーアがアスラン以外にも見えるようになっていることに。

「アスラン以外に見えるなんて嫌だけど、考えようによってはいいのかしら?」
ぎゅうっと後ろから首に両手を回して抱き着いてくるミーアに、アスランは思考の海から戻ってくる。
胸があたるので遠慮してもらいたいのだが、生前から聞き入れてもらったことはない。
うう〜と呻くミーアの息が首筋にあたるのもいただけない。
ミーアは少しばかり危機感が足りないのではないだろうか。あまり気軽に男に抱きつくものではない。
アスランはミーアが聞けば、あたし今幽霊よ?と返されるだろうことを思う。

「どういうことなの、アスラン。この子、もしかしてコペルニクスの…」
眉間に皺を寄せてミーアを見るキラは、怪訝そうというか理解できないための恐怖か、ミーアから視線を外せないらしい。
それにああ、とアスランは頷く。
「ミーアだ。お前の言う通りコペルニクスで会っただろう?」
「でもその子は僕らの前で…って、うわあ!」
キラが叫んで更に後ずさる。キラ?と首を傾げたアスランは、頭上でふわっとスカートが揺れるのを見た。
見上げればミーアがアスランの上を飛び越えて正面に回ってきたところだった。
ふわりと降り立とうとするミーアに手を伸ばして、乗せられた手を引いて更に腰を抱き寄せる。
ミーアはアスランの手に手を乗せたまま、くるりとキラを振り返った。

「というわけなんです」
「というわけって…」
「俗に言う幽霊です。正しくは、アスランの守護霊やってます」
「は、あ?」
キラの目が点になった。


* * *


ミーアがAAに姿を現わしてから二日。
そろそろ力が戻るかしらと言い出したミーアと、よかったなと微笑むアスランを遠巻きに見ながら、キラとラクスは複雑な思いを抱く。
聞けばミーアは随分前からアスランの側にいるらしい。誰も気づかなかったのは見えないからだけでなく、アスランが言わなかったから。
そしてアスランが側にミーアがいる素振りを一切見せなかったからだ。
よくある虚空に話しかけている姿を見た、挙動不審な態度を取った、不審な相槌を打った。そういったことがなかったからだ。
けれど見ているとミーアは結構話している。今はキラ達にも見えるからなのかもしれないが、見えていない時からそうだというのなら、
アスランはキラ達の知るアスランとは信じられないくらいの演技派だということだ。
不器用で変に素直なアスランが、キラ達を騙すとは物騒な言い方だが、そうすることができたということに驚く。
そしてもやもやとしたものを胸の内に抱く。

「…アスラン、楽しそうだよね」
声を出して笑う。小さく微笑むのではない笑顔を浮かべる。
「それにさ、何かよく触らない?あの子のこと」
キラとは幼い頃からの仲ということでスキンシップをはかるし、ラクスは婚約者だったということもあって、
エスコートのために触れることはある。カガリはカガリから体当たりするし、それをアスランは甘んじて受ける。
それ以外ではあまり他人に触れるというところを見たことがない。なのにミーアには意味なく触れる。
ミーアがスキンシップが激しいというのもあるだろう。けれどアスランから触れることも少なくはないのだ。
話している最中に浮いているミーアの手を取ったり、頭を撫でたり。手の平を合わせて笑っているのも見た。
「ずっと、あんな感じでいたのかな」
キラ達が知らないところで二人、ああやって一緒にいたのだろうか。そう思えばムッとした気持ちが湧いてくる。
どうして。僕らがいるじゃない。なのにどうして僕らといる時より楽しそうなの。どうして僕らといる時より力を抜いてるの。
どうしてどうしてどうして。そう思うのはキラだけではない。ラクスもそうだ。
今ここにカガリがいなくてよかった。そう思うよりも先に、あんな自然体のアスランを見せてもらったことがない。そう思う。
優しい人だった。不器用な人だった。素直な人だった。けれどどこか一線引かれているのがよく分かった。
婚約が解消されてからは婚約者としてあった頃よりも近くに感じたけれど、ミーアに見せているアスランは見せてもらったことがない。

「気を、許していらっしゃるのですわ」
「…でもさ、僕らの方がつきあい長いじゃない」
「わたくし達はわたくし達なりにアスランとのつきあい方があるのですわ、キラ。
ミーアさんとわたくし達は同じ人間ではありません。わたくし達がそうであるように、その人その人によってつきあい方は変わります」
ラクスはキラと同じ気持ちを持ちながら、それを隠してキラに微笑む。
キラに言いきかせるのと同時に自分も言い聞かせているのだと気づいているけれど、あえて見ない振りをする。
「アスランがわたくし達に気を許していらっしゃらないわけではありません。
ミーアさんに対しての方が気を許していらっしゃるのだと思ってしまうのは、アスランがわたくし達以外の方と
お話ししていらっしゃるところをあまり見たことがないからなのではありませんか?」
アスランが親しくつきあっている人間をあまり見ない。
イザークやディアッカは親しくつきあっている人間に入るのだろうが、彼らはプラントにおり、アスランはオーブにいた。
だから必然的にキラ達が親しくしている人間以外と親しくしている姿を見ることがなかったのだ。
「…そっか。そうだね」
だからミーアが特別ではない。アスランにとってミーアが特別だというわけではないのだ。
微笑むキラに、ラクスも頷いて。

そう言いきかせた。


* * *


時々、ミーアさんから敵意を感じる気がするのだけれど。そう困ったように首を傾げたのはマリューだ。
キラとラクスはアスランのミーアへの気軽さに気を取られているようだが、そのうち気づくだろう。
普段はミーアの人懐っこさが隠してしまうのだが、アスランとマリュー達が話しているとぴりっとしたものを肌で感じる。
顔を上げてもミーアはぷかぷかと浮いたままアスランを見ていて、マリュー達を見てはいない。
マリュー達の視線に気づいたといったふうに顔を上げて、そしてきょとんとしてから笑う。
それに笑い返して、先程、肌に感じたものは気のせいかと視線を落とす。その繰り返しが続けば流石に気づく。
ラクスと一緒にエターナルからAAへやってきたバルトフェルドも頷く。

「気のせいじゃあないな。彼女は僕らにあまりいい感情を持っていない」
「やっぱり…。それって彼女がコペルニクスで撃たれたことと関係があるんでしょうか?」
マリューもバルトフェルドもその場にいなかったから聞いた話でしかないが、ミーアはラクスを殺そうと一度は銃を向けたが、
ラクスの言葉に戦意を失ったのだという。そしてラクスを庇って、ラクスの代わりに銃弾を受けた。
ミーアの最後の言葉はごめんね、だったという。それは誰にだったのだろう。ラクスにかアスランにか、もしくは両方にか。
そんなミーアがその時のことを恨みに思っているとは思えない。

「彼女が僕らに敵意を向ける時の共通点はアスラン・ザラだ。彼と僕らが話している時に限られる」
「単純に嫉妬と捉えることもできるんですが、おそらくは違うのでしょうね」
死者による生者への嫉妬。生きてアスランと話せる、一緒にいられることへの嫉妬。もしくは生きているものへの嫉妬。
そうではない。ミーアの敵意はそうではないと何故か思える。
マリューが難しい顔をすれば、バルトフェルドが右の拳を口元にあて、何かを考えるふうに唸る。

「彼女はキラやラクスがアスラン・ザラと話している時、必ず彼に触れているんだ」
「え?」
「僕らの時は彼の側で浮いているだけなんだが、あの二人がアスラン・ザラの側にいる時は彼に触れているんだ。
肩であったり手であったり。時には彼に抱きついている。その時のアスラン・ザラは一瞬だが、息をつくんだよ」
「息を?」
ああ、とバルトフェルドが頷く。その行為に何か意味が隠されている気がしてならない。
その意味こそがミーアがマリュー達に敵意を向ける理由。
それを考える二人は、答えが見えそうで見えないことに息を吐く。そして今もアスランに抱きついているミーアと、
アスランと話しているキラとラクスを見る。アスランの表情は穏やかで、首に巻きついた腕に触れている。
気のせいかもしれないが、ミーアに体重を預けているようにも見える。そんな二人の行為に意味を求めることは無意味だろうか。

「アスラン・ザラの守護霊、か」

ミーアはアスランを何から守るというのだろうか。
呟くバルトフェルドに、マリューも頷いた。答えは見えそうで見えない。

end

リクエスト「『正義』と名を持つモノ。」設定で「AAの露骨なミーアに対する印象を聞く」でした。
露骨さが足りてない気がしますが、ミーアの敵意にまだ気づいてない若者と気づいた大人です。
でもどっちも見ない振りしているので、いつまでたっても答えに辿りつけません。

リクエスト、ありがとうございました!

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