連理の枝


あれはクライン派がザラ派から政権を取り戻してしばらくのことだった。
ギルバートが毛布に包んで少女を一人連れて帰ってきた。
深い青の髪をした少女はギルバートの腕の中で、青白い顔で眠っていた。

『レイ。すまないがこの子の面倒を見てくれないかい?』
『それは構いませんが…』

他ならぬギルバートの頼みだ。断ることなど頭にはない。だが今のレイは少女の顔に視線を釘付けにしていた。
見たことがある顔だ。だがレイが知る顔の主は男。そう思うレイに気づいたのだろう。ギルバートが苦笑した。

『君の思う人物ではないよ。けれど、よく似た人物であることに間違いはないね』

この子は―――――…。







「アスラン!」
やっと見つけましたよ!とルナマリアが走ってくる。その後ろにはレイとシンが歩いてついてきていた。
シンがうんざりした顔をしているところから、相当引っ張りまわされたらしいと分かる。
「どうした?」
「どうしたじゃありませんよ!射撃の訓練見てくれるって言ってたじゃないですか!」
「…別に今日とか言ってなかったじゃん」
「確かに日付の指定はなかったな」
うるさいわよ、とルナマリアがレイとシンを睨みつけた。
「私達、これからスケジュールが空いてて。お忙しくなければ見ていただきたいんですけど」
「ああ、構わない。だが艦長に提出する書類があるんだ。先に行っててくれないか?」
「はい!お待ちしてます」
嬉しそうにルナマリアが頷くと、アスランも小さく微笑む、が、アスランがふらっと体を揺らした。
レイが気づいてとっさに手を出せば腕の中に納まる柔らかい体。ばさっと床にアスランが持っていた書類が落ちた。

「アスラン!?」

シンとルナマリアが驚いたようにアスランの側に寄る。
だが、いつもなら大丈夫だと微笑むアスランが顔も上げない。それどころか声も出せない様子だ。

「…っ」

レイの肩に置かれたアスランの手にかけられた力は強く、自分の胸元を掴んでいる手は白くなっている。
不安そうにアスランに声をかけ、レイを見上げてくる友人達を前に、まさか、とレイは目を見開く。そしてしっかりと片手でアスランを抱きしめ直して、もう片手で自分の軍服を探って目的のものを取り出す。
レイ?とシンとルナマリアが呼ぶのに一瞬躊躇するが、すぐに薬が詰められている容器の蓋を口で開けて捨てる。そして必要な分量を口に含むと、すぐ側にいたシンに容器を渡す。
アスラン何か病気なの、と不安そうなルナマリアを視線で黙らせて、レイにしがみついて苦しみに耐えるアスランの顎を掬う。
苦しみのせいだろう強く唇を噛んでいるのが見える。それを無理やり開かせて唇を重ねる。

「ん…っ」

舌に乗せた薬をアスランの口中へ移せば、アスランがそれを飲み込む。
レイは唇をそっと離すと互いを繋ぐ銀糸を指で切って、アスランが落ち着くまでその体を抱きしめる。

「…っ、は。はあっ」
「大丈夫ですか?」
「あ、あ。…っ、すまな、い」
「いえ。少しの間、部屋に戻りましょう。提出する書類はあなたでないといけませんか?」
ふるふるとアスランがレイの腕の中で首を横に振る。
「ルナマリア。その書類をアスランの代わりに提出してきてくれないか」
「それは、いい、けど。医務室行かなくていいの?」
「いい」
「いいって!でも!」
「本当にいいんだ、ルナマリア」
アスランが少し顔を上げてルナマリアに小さく微笑む。今薬を飲んだから大丈夫、と。
ルナマリアはそんなアスランを納得いかなげに見ていたが、レイも一緒に大丈夫だと言われて何とか頷いた。 そして床に落ちている書類を拾って、無理はしないでくださいねとアスランに。そして厳しい顔をしているシンに気づく。
シンは目の前で家族を亡くしているから、慕っている上司の苦しむ姿にルナマリア以上の不安を持ったのかもしれない。
そう思って、大丈夫ですってと笑って見せた。その言葉にはっとしたシンが頷くのを確認してから、 ルナマリアは後ろ髪を引かれながらも、後で説明してよねとレイに言ってその場を去っていった。

「レイ…」
シンがレイを見上げて、もしかしてと不安そうに目を揺らす。
アスランの苦しみ方は前にも見たことがある。今シンが手に持っている容器も見たことがある。シンと話していた最中に苦しみ始めたレイと似ている。レイが飲んでいた薬の容器と似ている。
それにレイが目を伏せた。それが答え。




―――…アスランはクローンだ。







『発作が?』
「はい。回数が増えました」
『…そうか』
画面の向こうで痛そうに目を伏せたギルバートに、レイはギル、と心細そうな声を出す。
『あの子は成長速度を無理やり早められて造られたからね。限界も早いのだろう』

生物は己の生命活動の中で細胞分裂を繰り返し、分裂前と同じ細胞を作り出す。
だがテロメアは他の細胞と違って分裂するたびに短くなる。そうして限界の長さまで短くなると分裂をやめてしまう。
これは生物の成長、老化に従って短くなり止まるのだから、テロメアが老化したことになる。

クローンはオリジナルと同じ、赤子の姿で生まれる。そうして成長していくものだ。
ただオリジナルをクローニングしているため、当たり前だがオリジナルの細胞と同じもので構成されている。
ということは、クローンが持つ細胞にはオリジナルが老化していく過程のテロメアも含まれていることになる。
オリジナルが二十歳であれば、クローンが生まれたての赤子であっても細胞は二十歳。
そのせいでレイはまだ十代であるにも関わらず老化が始まっているし、寿命が近づいている。
そんな状態のクローンであるアスランは、培養液の中で無理やり成長を早められた。
本当ならばアスランはまだ三歳を過ぎた頃だ。なのに今のアスランは十八歳。アスランのオリジナルの年齢と合わせれば、もう中年期に入っている。

アスランのオリジナルは、アスランの母親、レノア・ザラだ。

アスランはレノアが亡くなってから造られたのではないかとギルバートは言う。
アスランの父親が造ったのだろうか。いいや、そうではない。昔、レノアの同僚であった男が。
男は自分を振ったレノアに未練があった。パトリックに嫁いでいった後もずっと想い続けていた。何年も、何年も。
そんな中、起こった血のバレンタイン。犠牲者の一人となったレノア・ザラ。
男は自分と一緒になっていたなら死なずにすんだのだと思った。そうして彼女を幸せにできたのだと思った。
だから男は造った。レノア・ザラのクローンを。今度こそ自分の伴侶とするために。幸せにするために。

だが男は忘れていた。無理やり成長させたとしても生まれた彼女に知識はない。 話すこともできないし、歩くこともできない。一から教えなければ何もできない。
それでも彼女がいればと思えなかったのが男だ。月日が経つほどに男は我慢ができなくなった。
これは彼女ではない。彼女の紛い物だ、と。そして怒りは自分が生み出した少女へと向く。何て勝手な話。

『あの子にアスランと名をつけ、利用している私が言えることではないが、レイ』
「はい」
『あの子は君を頼りにしている。側にいてあげてほしい』
「はい、ギル」

微笑み了承すれば、ギルバートも微笑んで、そして通信は切れた。




ギルバートが連れて帰ってきた少女は、文章を話さなかった。単語を話した。歩けはしたけれど走れなかった。
一日中、少女に付きっ切りで言葉を教え、庭に出て走ることを教えた。他にも日常、必要だと思われることを少しずつ教えていった。
驚いたのは少女が酷く呑み込みが早いことだった。男が痺れを切らしたと聞いていたから、長期戦を覚悟していたというのに。
それからしばらく、少女はレイが教えなくても日常を自分で過ごせるようになっていった。




「…レイ?」
「目が覚めたか?」
「あれからどれだけ眠っていた?」
「一時間も経っていない。気分は?」
「ああ、大丈夫だ」

くいっと顎を掬ってじっと顔を見つめる。無理はしていないかと思ったが、顔色はいい。
ほっとして手を放せば、心配性だなと笑われた。
それも仕方がない。心配をかけまいと簡単に偽りをまとってしまう人なのだから。
そんなことは教えていないというのに、一体どこで覚えてきたのだろうかと内心ため息をつく。

「プロテクタ、外してくれたのか」
「寝苦しいかと思ったからな」
「ああ、ありがとう」
性別を隠すために男性にはない胸を押さえつけるプロテクタ。普通の少年少女ならば外したなどと言われれば恥らうところだ。
だが、アスランが一人で日常を送れるまで世話をしたのはレイだ。二人にとっては今更すぎて恥じらいのはの字も存在しない。
「ギルが無理はしないように、と言ってらっしゃった」
「…う、後で連絡する」
そうだな、と微笑み髪を撫でれば、アスランが気持ち良さそうに目を細めた。
「あ…、シンとルナマリアは?」
「一度様子を見にきたが、今は訓練場にいる。心配していたから、後で会いに行ってやってくれ」
「分かった」

アスランの発作を目撃したルナマリアには適当に誤魔化しておいた。
シンは気づいた。以前にレイの発作を目撃しているし、どうしてその発作が起こるのかも説明してある。
だから気づいただろう。誰のクローンか、は誤解しているだろうが。

「レイ」
「ああ」
「心配かけた。ごめん」
「薬は?」
「ちゃんと持ち歩いてる」
レイが側にいると安心して、油断が過ぎたと小さく笑った。
そして手を伸ばして金の髪を撫で、そのまま頬へと滑らせると、レイの手がアスランの手を握った。
「いつ見ても心臓に悪い」
「お互い様だ」

笑う。
本当は笑える話でも心境でもないけれど、こればかりは自分の力でどうにかできる問題ではない。だから笑う。
一人ではないからだろうか。同じ恐怖を持っているものがすぐ側にいるから笑えるのだろうか。
どちらが先に寿命を終えるだろうか。どちらが一人、恐怖の中に残されることになるだろうか。
分からないけれど、二人は笑う。

「後少しだ」
「そうだな」




「頑張ろう」




声を揃えて。
そして目を閉じた。

end

リクエスト「レイアス♀+保護者ギルでアスランがレノアのクローン。ミネルバっ子に大切にされてる話」でした。
…ほのぼの書くつもりだったんですが、何かシリアスに(汗)。そしてテロメアの説明は流して読んで下さい。 一応調べてみたんですが、難しくて頭ごちゃごちゃになったんで間違ってるかもしれません。
レイアスの薬口移しシーンは、無駄に力入りそうになりました。
途中でそれがメインじゃないのに気づいて、かる〜く書いてみました。…でも口移しって萌えませんか(殴)。

最後に、本当のアスランは死んでます(え)。多分種時代の戦争の時の傷とかで。
後はレイアスは本編のレイと同じです。ギルのために残り少ない命を使おうとしています。
…以上入れようと思ったのに入れる場所が分からないまま終わった設定でした。

リクエスト、ありがとうございました!

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