戦い方を教えた。銃での戦い方、ナイフでの戦い方、体術での戦い方。
他にも教えることは数多くあったけれど、それだけはすぐにでも身につけてもらわなければいけなかった。
…切羽詰っていた。

覚えはいい。元々優秀で呑みこみも早い。だからやる気さえあれば基本的に何でもできるのだと知っていた。後は実戦で覚えたことをどう使うかだが…。
MS戦の経験はあるけれど白兵戦はない。全くないというわけではないが、前線で戦ったことはない。それが不安要素だ。

肉を裂く感触、浴びる血潮の温かさ、断末魔の叫び。それらに気をとられるな。守ること、生きることを考えろ。

いくら口で言いきかせても、実際に経験しないことには実感も湧かない。
分かっていてもくどいほどに繰り返す。何度も何度も。
仕方がないことだと許してやれる立場にない役目を受け入れた幼馴染のために。


realizes


ラクス・クラインがプラント最高評議会議長に就任してしばらく、忙しい我が身の代わりにと新しい平和の歌姫ミーア・キャンベルを誕生させた。
プラントだけ、コーディネーターだけではない、世界のための平和のためにラクスは平和を謳い、ミーアは平和を歌った。


それが悪感情を増幅させることもあるのだと知らずに。


銃声。
悲鳴。
怒号。

「きゃあっ」
「ミーア!」

歌姫の側に赤服。

「キラ…!」
「ラクス!」

議長の側に白服。

襲撃の足音は赤へと向かうより白へ向かう方が多い。それは軍服の色の意味を知るからだ。
エリート色の赤から尊敬を受ける色が白だからだ。他者が実力主義のザフトにおいて白服を纏うものが赤服を纏うものより厄介。そう判断するのは当然だからだ。

誰が知っていたろうか。白服を纏う彼が白兵戦の経験が片手程もないことを。
誰が知っていたろうか。白服を纏う彼が赤服を纏うものに軍事訓練を受けていることを。

肉を裂く感触、浴びる血潮の温かさ、断末魔の叫び。それらに気をとられるな。
気をとられないわけがない。加えて生身にぶつけられる敵意、殺意。助けて、そう叫びたくなる。

守ること、生きることを考えろ。
戦う、戦う、戦う。怖い気持ち悪い嫌だ。
初めてMSに乗って戦った頃の気持ちが蘇る。いや、それ以上か。

いくら口で言いきかせても、実際に経験しないことには実感も湧かない。
確かに。聞くと経験するとでは全く違う。これが白兵戦。鉄の塊越しではない戦場。頼りは自分の手足。守ってくれる盾はない。救いは襲撃者が軍人ではないことか。
それはイコールして一般人だということだが、そこまで頭が回る余裕などない。MS戦では不殺を貫くことを己に課していた。けれど今はそれをする余裕もない。

ああ、そもそも教わったのは殺す方法だった。殺し方を徹底的に。
殺さずに戦う方法を、そういえば教わっていない。

そうして戦う彼は気づかない。守るべき相手から離れてしまったことを。


* * *


「どういうことですか!!」
ラクスの怒りにミーアがびくっと体を震わせた。
アスランが肩に手を置けば、怯えた目でアスランを見上げ、ぎゅっと軍服を握った。

怖かった。
銃が飛び交う中に身を置いたのはこれで二度目だ。どちらもただ守られるだけだったけれど。
すぐ近くで銃の音がして、すぐ近くで人が死んでいく。自分もいつそうなるのか分からない。
一度目より二度目の方がそれを身近に感じて、怖くて怖くて怖くて。
けれどアスランがいた。アスランが側にいた。
ミーアを殺そうとする人を傷つけて、殺して。そうしてミーアの手を引いて安全な場所まで連れて行ってくれた。そこで何人かの軍人にミーアを預けて、アスランだけは引き返して。

アスランが人を殺すのも怖かった。アスランは軍人だ。分かっていてもその手が人を殺した。そう思ってしまった。
ミーアを守るためだということは分かってる。ミーアを守るためにアスランは人を傷つけた、殺した。
その事実もまた怖かったけれど、だからこそミーアは叫んだ。待ってるから無事に帰ってきてと。
その後はアスランの無事ばかり願っていた。だから気づかなかった。ラクスがいないことに。

「キラはわたくしがお願いしてプラントにきていただいたのです。そのキラをわたくしの護衛から外すなど…っ」

そう憤るラクスの左腕は肩から吊り下げられている。縫うほどの怪我を負ったのだ。しばらくはそのままだという。
ラクスにも護衛はついていた。ミーアをすぐ側で守るアスランと同じように、キラがラクスのすぐ側で守っていた。なのにラクスは怪我をした。ミーアのように安全な場所へやってこなかった。
キラが守るべき存在のラクスから離れたからだ。
他の軍人もラクスの元へ行こうにも初めの立ち位置が離れすぎていた。そしてラクスもキラを心配するあまり、避難しようとしなかった。

結果ラクスは軍人達の中を突破してきた一人の男に切りつけられた。
運よく左腕だけですんだのは、ミーアを預けて戻ってきたアスランが男に向けて発砲したからだ。
その後ラクスはアスランに連れられてミーアのところにやってきた。
そしてキラが、キラを、そう繰り返すラクスを置いて、アスランは三度戦場へ戻った。

ミーアは憤りの声を目の前の議員に向けるラクスから目を逸らし、アスランに寄り添う。
そんなミーアの肩を抱いて、アスランが気分が悪いのかと聞いた。それに首を横に緩く振る。

「アスラン」
「どうした?」
「あのね」
「アスラン!」

ラクスの声にアスランとミーアは顔をそちらに向ける。ラクスが顔を歪めて、アスランともう一度呼んだ。
「アスランからもおっしゃってください。キラのことを…っ」
キラは何も悪くはないのだと。キラも頑張ってくれたのだと。ラクスを守ってくれたのだと。
そう訴えるラクスに、けれどミーアはそれは無理だと思った。だってラクスが怪我をした。キラは守るべき対象に怪我をさせた。

キラは元々ザフト内であまりいい感情を持たれていなかった。
アカデミーに入らずにザフトに入り、いきなり白を拝領し議長の護衛に就いたそのあまりにイレギュラーの連続にいい感情を抱くほうが難しい。そのキラの失態。
ザフト内でのキラの白服を纏う能力についての疑問の声が大きく上がったのは当然のことだ。
ここでキラに処分を下さなければ騒ぎは大きくなる。そんなことはミーアにも分かる。だからアスランがラクスの求めに応じなかったことに驚かなかった。

「キラの、ヤマト隊長の失態はそれだけ大きなことなんです、クライン議長」
「な…っ、わた、くしは、わたくしはこうして無事でおります!」
「それはアスラン・ザラがいたからこそです」
キラの功績ではないと議員が言う。
あそこでアスランが戻ってこなければ、発砲しなければラクスはもっと酷い怪我を負っていたかもしれない。最悪この世の人ではなかったかもしれない。
「ですが、ですがキラだけを責めるのは…っ」
「確かにヤマト隊長だけの責ではありません」
非は誰にでもある。キラにもラクスにも他の誰にでも。
「ならキラを解任など!」
「いいえ」
どうしてとラクスが叫ぶ。キラを守るために必死に。
直接ラクスの護衛の任にあたっていたキラの責任は重い。ミーアにでも分かるそんなことが分からないと言わんばかりに。

「…アスラン」
「ああ」
「守り方が、間違ってる気がするの」

アスランがミーアの頭を撫でた。


* * *


謹慎処分に従っているキラが会いたいというので、アスランは時間を見つけて部屋を訪れた。
ラクスの護衛解任の話はラクスから聞いているようで、絶対にそんなことはさせないと。キラがラクスをどれだけ想ってプラントにきてくれたのか、どれだけ頑張ってラクスを守ってくれているのか必ず分かってもらうから、だから安心してくれ。そう言われたのだとどこか困ったような顔で言った。
決してそれを心から喜んでいる様子ではない。それに軽く目を瞠ると、キラが小さく笑った。

「アスランは分かってたの?こうなること」
「こう?」
「うん。アスラン、何回も言ってたじゃない。実戦は全然違うって。MS戦と白兵戦を一緒に捉えるなって」
一度聞けば十分なのに、どうしてそんなに何回も言うのだろうと思っていた。経験してようやく分かった。
そう言ったキラに、アスランは軽く眉を寄せる。ああ、酷く憔悴している。
「…俺はアカデミーで軍人教育を受けている」
「うん。僕は君からだね」
「本当はもっと多くのことがあるんだ。お前に教えたのはほんの一部で」
「うん。一番必要なことを先に教えてくれたんだよね」
ラクスの護衛である以上、戦えないといけない。なのにキラは戦い方を知らなかった。銃の使い方はAAで習っていたが、撃ち方を、であって戦い方ではなかった。
だからアスランがキラに教えたことは、キラにとって初めて知ったことばかりで。

「アカデミーでの訓練は、死ぬか生きるの毎日だった。クルーゼ隊に配属になってすぐに、新人ばかりで戦場に放り込まれたこともある」
連合の基地のある島だった。小さな島で連合兵も少数。けれどアスラン達より余程多い人数で。
その中を限りある食料と水、そして武器で制圧しなければいけなかった。
「死ぬかもしれないと、アカデミーの頃も思ったけど、それ以上だったよ」
死んでいく仲間だっていた。いつ自分もそうなるのか分からなかった。怖くて死にたくなくて。ただ皆必死で。
生き抜いた先、隊長であるクルーゼは言ったのだ。これが戦場だと。これが実戦だと。引き返すなら今だと。
これで怖気づくような部下はいらない。今後邪魔になるだけだと、そう言いたいのだと分かった。
「誰も口を開かなかった。部屋に帰っても、俺も同室の奴も一言もしゃべらなくて」
考えた。ずっとずっと。思い出しては考えて、考えては思い出して。そのたびに辛くて、逃げ出したくてたまらなかった。

「…でも、やめなかったんだよね」
ああ、とアスランは小さく笑う。
「俺はプラントを守りたくて志願したんだって思い出して。これ以上失いたくないって思ってザフトに入ってここまで頑張ってきたんだって思い出して」
「…やめた人はいたの?」
「いいや」
誰もやめなかった。
やめるならもっと早くにやめている。アカデミーでの死ぬような訓練を耐え抜くより先に。
それに気づいたから、誰もやめなかった。

「…僕はラクスを守りたくて、少しでも支えになりたくてプラントにきたんだ」
だからラクスに側にいてほしいと言われて、二つ返事で頷いた。
ラクスの護衛としての役目を与えられた時も、ザフトの白服を渡された時も深く考えなかった。ただラクスを守りたかった。
「気持ちだけで何が守れるんだって、昔カガリに言ったのは僕だったのに」
MSは動かせても生身で戦ったことはなくて。銃は撃ててもいつも後ろにいて、今回のように一人で戦ったことはなくて。
なのに守れると思っていた。
ラクスを守りたい。それだけで守れるんだと、きっと思っていた。そんなわけはないのに。
キラはそう自嘲するように笑った。それに緩く首を振る。

「気持ちだけでも守れるものはあるさ」

「…え?」
「気持ちだけで守れるものもあれば、守れないものもある。今回は守れないものだったんだよ、キラ」
ラクスの立場、キラの立場。それは気持ちも力もいるものだった。むしろ力が欠けていては決していけないものだった。だからアスランはキラに力をつけさせようとしたのだ。
「…僕は、どうすればいいの?アスラン」
「それはお前が考えることだよ、キラ」
「でも!…どうすればいいのか、分からないんだ」
もっと強くなればいい。今度こそラクスを守れるように。けれど怖いのだ。もう嫌だと叫ぶ自分がいるのだ。
ラクスは守りたいけれど、肉を裂く感触や血の温かさが今も残っている。死にゆく人が死にたくないと呟いて、誰かの名を呼んで。そうして力尽きて。それが忘れられない。鉄の塊越しでは見えなかったものに…耐えられない。

「…っ、たくさんの人を殺してきた、のにっ、今更だって分かってる!でも、アスラン。怖いんだ。怖いっ、もう嫌だっっっ!!!」

頭を抱えて泣き出すキラに、アスランはそっと膝をついて抱きしめる。
優しいキラ。知っている、子供の頃から優しかった。人を傷つけることを嫌がっていた。
だからMSに乗るのも本当は反対だった。キラが守りたいからと自分で決めて乗っていたから何も言えなかった。
けれどMS越しだからこそキラは戦えたのだと思っていたから、無理に止めなかったというのもあった。
キラが直接その手で肉を裂く感触を知ることがないから。知ってしまえばキラはきっと戦えなくなると思っていたから。
…結局、それを知らせる助けをしたのだけれど。

「キラ。ミーアが言うんだ、俺に。大好きだって。そして名前を呼ぶんだ。駆け寄ってきて抱きついてきて、笑って怒って泣いて。それが俺は凄く好きで。すごく安心できて」

髪を撫でる。
キラを抱きしめて髪を撫でて。そんな当たり前のことを最後にしたのはいつだったろう。そう思いながら。
答えはアスランが与えてやれるものではないから。けれどキラをこれほどに追いつめた原因の一つはアスランにもあるから。
だから少しでも楽になればと、答えを見つける助けになればと優しく言葉を紡ぐ。

「ミーアは何もしてあげられないけどって言うんだ。俺はいつもそんなミーアの気持ちに救われて、守られてるのに」
「それが気持ちだけでも守れるってこと?」
「そう、だな」
そこに力はいらない。必要ない。気持ちを向ける誰か、受け取る誰かが必要なだけだ。
「……ラクスを、守りたいんだ」
「ああ」
「守り、たい」
こと、とキラがアスランの肩に額を預ける。
守りたい。もう一度キラが呟いて。

震える体を抱きしめて、キラが顔を上げるまでずっと部屋は静寂に包まれていた。

end

リクエスト「キララク→アス+ミアで、アスランはミーア(歌姫)のキラはラクス(議長)の護衛。
ラクスとミーアが襲われ、アスランはミーアだけを助け、キラはラクスを護りきれずに追い詰められる」でした。
この後のキラの選択肢は、このままザフトにいる、アカデミーからやり直す、ザフトをやめてプラントに留まる、オーブへ帰る、です。お好きなもので想像していただければと思います(おい)。

リクエスト、ありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送