The tolerable quantity


お願いだから、とアスランが祈るように言葉を紡ぐ。
どうかどうか戦争にだけはしないでほしい。お願いだから、お願い。
その声は悲しいほどに切実で。一体どれほどの思いを込めているのだろうか、とギルバートは思う。

アスラン・ザラ。
英雄であり同時に火種である青年。
ザラ派が今も喉から手が出るほど欲しているザラの後継者。
クライン派が警戒して監視しているザラの旗印となり得る脅威。

自らが火種となることなど望まぬ青年は、己の心を殺してアレックス・ディノを名乗る。
持ちえる力を封印して。己の力の半分も使えぬ国で歯がみしながら平和への道を模索する。
けれどそれももう限界だ。アスランの心も限界だ。

ギルバートはアスランの後ろへと視線をやる。別室で全て見ていた男が入ってきた。
それに気づいたアスランも顔を上げて振り向いて…目を見開いた。

「久しぶりだな、アスラン・ザラ」

笑みを刻んだ唇から洩れた言葉。
アスランは唇を震わせた。組んだ両手が小刻みに震えている。これは恐怖なのだろうか。それとも驚愕なのだろうか。歓喜では絶対にない、とアスランの友人達は言うだろうけれど。

「クルーゼ、隊、長…?」

隊長。
その名称にギルバートは小さく笑った。

隊長。隊長。ああ、彼の中では未だクルーゼは隊長なのだ。クルーゼが何をしたのかを知っていてなお、隊長、なのだ。
アスランの中のクルーゼという男は一体どれだけ根深く息づいているのだろうか。

「生き、て?」
ふらふらっと立ち上がったアスランにクルーゼがゆっくりと近づく。
ぐらっと体が揺れたアスランがソファの背に手を置いて体を支えると、すぐ前にきていたクルーゼが座りたまえ、と肩に手を置いた。
「です、が」
「命令だ、アスラン」
「…了解、しました」
もうクルーゼはアスランの上司ではない。なのにアスランはその言葉に従ってソファに再び腰を下ろす。それを満足そうに見やって、クルーゼがギルバートを見た。
ギルバートは呆れたような顔をしている。一体どちらに、とは聞かずにクルーゼもアスランの向かいに腰かける。それを目で追っていたアスランは、困惑した顔でクルーゼの隣に座るギルバートを見た。

「彼はつい先日まで意識不明の状態でね、目が覚めるかどうか定かではなかったのだよ」
「え…」
だから戦死ということにしてあった。
世間で彼が戦犯と呼ばれているのはパトリック・ザラの子飼いであったからだ。世界を滅ぼさんと暗躍していたことは一般では知られていない。けれど面倒な立場の人間ではあった。意識があれば軍事裁判にかけられるが、意識がない。意識がなく、病院に収容されていると知れればパトリックにあまりにも近しい男に危害を加えんとするもの達が現われないとも限らない。
ならば、と。意識が戻るとも戻らないとも知れない男ならば、と。評議会はクルーゼを戦死と発表した。
「意識が回復したとしても、彼は評議会預かりだ。表の世界には出られないだろう」
だから問題ない、とされた。
アスランの目が揺れた。
「実際にこうして奇跡的に意識が回復したのだけれどね、アスラン。彼に頼らざるを得ない事情ができたのだよ」
「事情、ですか?」
「そう。君を呼び戻した今と同じように」
びくっとアスランが体を揺らした。

ミネルバでどうしてギルバートがアスランの名前を出したのか。どうして他に知られる危険を冒したのか。
アスランは気づいていたはずだ。プラントに戻ってきてほしい、という言葉が隠されていたそのことに気づいていたはずだ。気づいていない振りをしていただけで。
アスランが今ここにいること。それがその答えなのだと、アスランは本当は気づいているはずだ。

クルーゼの視線がアスランに。
震える体。強く強く閉じられた瞼。組まれた両手が色を失くしている。
今、アスランの頭に浮かぶのは何だろうか。オーブに置いてきた友人達だろうか。このプラントだろうか。

「私、は」
「アレックス・ディノ、と?」
「いえ。…いいえ」


「私はアスラン・ザラです」


それ以外にはなれないのです、とアスランが目を開いた。強い目。けれど儚い笑み。覚悟は、決まったか。それもまたすぐに試されることになるだろうが。
隣のクルーゼが笑ったのが分かった。

「ならば話そう、アスラン」
「話、ですか?」
「そうだ。君のお姫様達の話だ」
「…え?」
どういうこと、とアスランが眉を寄せた。
お姫様達。つまりアスランが守りたいと思っている人達。ラクス・クライン、カガリ・ユラ・アスハ。この場合はキラ・ヤマトも入る。
「デュランダルが言ったな?私と君を必要とした事情ができた、と」
「はい」
デュランダルが立ち上がり、これを、とスクリーンを表示させる。そのスクリーンに映るのはどこかの格納庫。
訝しげに見ていたアスランが、次第にその表情を驚きへと変化させる。嘘だ、と紡がれたのはその唇。

「ZGMF-X10Aフリーダム」
「嘘だ」
「AAの格納庫で撮られた写真だ」
「嘘、だ」
「今、AAはオーブのマルキオ邸の地下に眠っているのだよ」
「嘘だ!!」

アスランが立ち上がった。けれど視線はスクリーンから離れない。
信じられない。信じたくない。けれどアスランは目の前の現実から逃れられない。

「だっ…て、だって、あれは!フリーダムもAAも廃棄されたはずだ!修復されているはず…っ」
ない、と言いたいのだろう。けれどアスランの顔は今にも泣きそうに歪んだ。
写真が変わったのだ。灰色になって眠るフリーダムを眺める少女が二人。それは横顔だったけれど、間違えようがない。微笑みあう少女はアスランがよく知る二人。

「ラク、ス…カガリ…」

どうして、どうして君達が。
アスランが力なく呟いた。

戦争が終わった。ラクスは表に出ることはなく、キラや孤児達の面倒を見て暮らしていて。カガリは平和のためにと日々駆け回っていて。
集まれば笑って。このまま平和を維持するためにがんばろうと笑いあって。
それにフリーダムは必要なのか?AAは必要なのか?万が一必要なのだとして、核兵器が搭載されているフリーダムを修復する必要はあるのか?

核。核。核。アスランが憎むべき兵器。コーディネーターが憎んでいる兵器。
それを搭載したMSを操ることは、本当に辛かった。苦しかった。けれど願いだったのだ。あのMSは願いだった。たくさんの人達の願いを乗せていた。
その願いはアスランのものでもあって。たとえアスランがプラントではない、別の場所で戦っていてもそれは何も変わらなくて。
戦争が終わって。核を載せたMSもなくなって。
ジャスティスは粉々に。フリーダムはまだ形は残っていたけれど、もう使えなくて。だからオーブが処分するのだと言っていた。それでもう核を搭載したMSはなくなったはずだった、のに。

「どうして、ですか、ラクス。どうしてなんだ、カガリ」
ふらっとアスランが体を揺らして、ソファへと倒れそうになるのを、いつの間にか立ち上がっていたクルーゼが支える。
ギルバートはそれを何も言わずに見守る。

「君は何も知らなかった。フリーダムとAAが修復されていたことも。オーブが隠匿していることも」
「たい、ちょう」
「だが君は彼らと共に戦ったのではなかったかな?戦後はオーブ代表の側近くに在ったのではなかったか」
「…っ」

耳元で囁くように放たれる言葉はアスランを切り裂く刃だ。
信じられないものを見て、信じたくないと葛藤する心に、更に鋭い刃を突き立てる。

「ラクス嬢とオーブ代表は君に黙っていた。何故だね?君が修復に反対することが分かっていたからだ」

平和を訴えるのに必要なものは想いと力。そういう彼女達が勝ち取った平和への入り口。その先に核を載せた兵器はいらない。二度と核による被害は出したくない。そう願うアスランを彼女達は知っている。そんなアスランがフリーダムの修復に同意するはずがない。
ラクス達はそれを知っていた。聞かなくとも分かっていた。だから黙っていた。反対されるだけの理由があるということも承知で。

「彼女達は何故そうまでしてフリーダムを修復したのだろうな?彼女達は平和を築き上げんとする大切な時に、何故核を必要としたのだろうな?」

平和のために走っていると見せかけて、オーブの代表は自国の地下に恐ろしい兵器を隠し持っている。何のために?

「…い、つか」
「いつか?」
「いつか、必要となった時の、ため、に」
「それはいつだね?」
「…わから、ない。くるかも知れない、いつか、だと」

そのために修復したのだとしか思えない。
また戦争になった時のための力。また戦争になった時に止めるための力。戦争になった時に自分の主張を届けるための力。
それは、それはそれはそれは!!

「核でしか成し得ないことかね?」

アスランの体が崩れ落ちた。

「死ぬつもりだったんです。本当はジャスティスを自爆させる時に、俺は死ぬつもりだったんです。でもカガリが言いました。生きる方が戦いだと」

それで気づいた。俺は逃げようとしていたのだと。
失った。たくさん失った。守れなかったものがあまりに多すぎた。そして疲れた。
もういやだった。もう何も失いたくなかった。もう辛いことはいやだった。だから逃げようとしていた。

「カガリに言われて、これからが俺の戦いなのだと。勝ち取った平和を持続させるために戦わなければと、そう、思って」

けれど結局はほとんど何もできなくて。何かをすることは許されなくて。できることは本当に限られていて。
プラントに帰りたかった。プラントに帰って何かをしたかった。させてほしかった。でもそれはできないのだと分かっていた。ザラだから。

「毎日歯がゆくて。でもそれが父上を止めることもできない俺の、罰なのだと思って」

アレックスとしてできることをする。そう思って毎日を過ごした。
苦しかった。辛かった。それでも、少しでも平和に役立てるのならと毎日。

「国を守るために必要なのだと分かっています。軍備を整えることは、国を、国民を守るために必要なのだと。それが逆に争いを呼ぶこともあるのだということも分かっています。それでも必要なんだ…!!」

でも、フリーダムはいらない。いらない、いらない、いらない!!

「母上は核で殺された!多くの人が核で殺された!死んでなお核に汚染された大地から離れられずに、土の中で眠ることもできずに漂って…!!」

それをラクスは知っているはずだ。ラクスだってプラントの国民だ。ユニウス・セブンに核が落とされた光景を見たはずだ。亡くなった人の多さを目にしたはずだ。嘆き、叫ぶ声を聞いたはずだ。
なのにそれをどうして平和になったこの世界に再び存在させるのだ。確かに大きな力だ。もしもの時に大きな戦力となる。けれど!!

「何故、核を再び平和に持ち込もうと思えるんです!!必要な時がくるかもしれないから?なら核に頼らなくてもできることはあるじゃないか!何故、何故、核を…っ、母上を殺した兵器を、どうして!!」

床に膝をついて頭を抱えて叫ぶアスランの後ろに立つのはクルーゼだ。
アスランの逆鱗は核だ、とギルバートに教えたクルーゼは、己も床に膝をつき、アスランの肩に手を乗せた。

「アスラン。オーブはAAとフリーダムの維持のために莫大の資金を投入している。だがラクス嬢、彼女もまたオーブと同じように戦艦を維持し、MSを製造しているのだよ」

アスランが先程の慟哭が嘘のように静まった。そして音もなくクルーゼを見上げた。
どういう、と唇が動いた。
「資金の流れが可笑しいと調べさせたんだよ」
答えるのはギルバート。アスランの目がギルバートに移る。それに目を細めた。
「その過程で分かったことなのだけれどね。ザフト統合開発局にユニウス条約に違反するということで開発が止められたMSがあったということを知っているかね?」
いいえ、とアスランが小さく首を横に振った。
それに頷く。
「その開発途中の機体と設計データが奪われていたのだよ」
「な…っ」
「ご丁寧に開発局のサーバーからデータを削除されていてね、おかげで気づくのが遅れたよ」
「ま、さか、それをラクスがした、と?」
話の流れからそうとしか思えない。アスランは嘘だと言ってほしい、そんな目でギルバートを見るが、ギルバートは縦に首を振った。
「これを見てほしい。ようやくの思いで見つけ、潜入したものが撮ってきたものだ」
スクリーンに映った写真がフリーダムの前で笑いあうラクスとカガリから切り替わる。未だ開発途中のMS二機。それを見守るバルトフェルドの写真に。
バルトフェルドはラクスの片腕と言ってもいい存在だ。ラクスができないことをする。そんな彼が映った写真が意味することは一体何か。
アスランが目を見開いた。

アスランにとってのナイフが更に突き立てられた。
アスランにとっては裏切りでしかない真実が次々と目の前に現われるのだ。それを突きつける己が胸を痛めるのは筋違いだけれど。それでもギルバートはアスランを痛ましいと思う。
ギルバートと同じようにナイフを握るクルーゼは、神妙な雰囲気を作りながらも、恐らく隠れている目は笑っている。彼はどうやらアスランの顔が歪むのを見るのが好きらしい。我が友人ながら何と悪趣味な。
そんな内面を知らせずに、ギルバートは神妙な顔で先を続ける。

「このMSを見つけた時、思ったのだけれどね、アスラン。エターナルがどうなったか、君は知っているかね?」
「エター、ナル」
ラクスがプラントから奪い、己の旗艦とした戦艦だ。戦後ラクスと共に姿を消した。
「途中でAAと別れました。別れて、プラントへ…いや、違う。あれはラクスが」
そこまで言って、アスランがあ、と口を押さえた。

『ご苦労様でした。後はよろしくお願いいたします』
真剣な目のラクスに答えたザフト兵は、お任せ下さいと敬礼した。
『ラクス様のお呼びがあれば、我らエターナルクルーは何をおしても馳せ参じます』
それをザフト兵達のことだと思っていたけれど、あれはもしかして。

「……エターナルは、プラントに戻ってはこなかったのですね?」

アスランが今までと違ってしっかりとした目でギルバートを見た。それにギルバートは微かに目を見開くが、クルーゼは口元を上げた。
「先程入った情報だ。オーブ代表がフリーダムに攫われた」
「は…?」
アスランがクルーゼを見上げた。
そう、攫われたのだ。結婚式の最中、カガリは突然現われたフリーダムに連れ去られた。そしてAAがオーブから飛び立つ姿が確認された。
「な、にを、何を考えて…!!」
隠し持っていたと聞いたばかりのAAとフリーダム。それが現われたと聞いたアスランは、色を無くした顔に憤りを乗せた。

オーブが大西洋連邦と同盟を結んだことはアスランも知っていたのだろう。プラントに上がってからでも情報は得られる。
オーブは荒れるだろう。復興途中のオーブは問題をいくらか抱えていた。それが更に増えたのだ。オーブに住むコーディネーターをどうするのか、という課題もできた。これからカガリは忙しくなる。大変なことになる。
けれどカガリは頷いてしまったのだ。代表であるカガリが頷いた。それは決して翻らない。同盟を結んだのはカガリ。
なのにフリーダムはカガリを攫っていってしまった。そしてどこかに隠れてしまった。

オーブを捨てて。

「プラントが我々を必要とした理由は分かったな?」
「…はい」
「核は再び撃たれた。プラントは最大の努力でもって大西洋連邦との和解に望むだろう。だが、プラントには不安がある。大西洋連邦にかかりきるにはその不安はあまりに大きい」
「はい」
アスランがクルーゼを見た。
「彼女達は力を隠し持っている。その力は脅威だ。どう使うつもりなのか、全く分からないのだからな」
「…私は何をすればよろしいですか?」
「彼女達から力を奪い取る。それが私と君に与えられた任務だ」

頷いたアスランの頬に涙が一筋零れ落ちた。

end

リクエスト「運命設定クルーゼ生存でアスランがギルに会いに行った時にクルーゼと感動の再会」
・AAとフリーダムの修復を持ち出し、ギルとラウの話術(詐術)にてアスが完全にプラント側に。オーブを見限る。
でした。

ギル視点なのでアスランの心境の変化が分かりにくかったらすみません(汗)。
とりあえず核はアスランにとってタブーなんだと思ってます。
パトリック達がそれを使ったMSを作ったのは納得したくなかったけど、そうせざるを得ない心境を理解したから納得した。でもラクス達が修復したフリーダムにはそうせざる得ない事情なんて見えなかった。だからそれが許せない。ということでした。
本当、分かりにくくてすみません(滝汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

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