Secret promise




「クルーゼ隊ってのはあれだな。変な部隊だな」
「そうでしょうか?」
「そう思わないお前さんも十分変だな」

訓練の内と廃棄プラント一つ使っての追いかけっこ。
ペイント弾と刃のつぶれたナイフが武器で、班を二つに分けて逃げる班と鬼の班を決める。
逃げる方はペイント弾に当たるか捕まるかすれば終わり。鬼はペイント弾に当たるか仕掛けられた罠にかかるかすれば終わり。
そうしてどちらかが全滅するまで続けられるらしいそれは、始まりは上司の暇つぶしからきているらしいから驚く。
他にも様々な上司の暇つぶしから始まる訓練があるらしい。聞いているとどんな男だ、ラウ・ル・クルーゼと思わず呟く。
隊長の暇だな、という一言は艦長の胃を刺激するらしく、それも楽しみの一環ではないかと先輩が言っていました。
そう言うアスランの言葉からも、クルーゼという男が相当捻くれていることが分かる。

アスランから聞いた話によると、クルーゼはムウ・ラ・フラガの父親、アル・ダ・フラガのクローンらしい。
アスランもキラからの又聞きで、詳しいことは知らないのだということだが、遺伝子上ではムウの父親になるということだろうか。
本当にムウがネオだというのならば自分の父親…。いやいやいや、考えるまい。

クルーゼと言われて思い出すのは、プラントの精鋭と名高いクルーゼ隊の隊長。
先の戦争で戦犯となった今はもうない男。そういう情報としてのクルーゼだけだ。なのに時折頭を過ぎる姿がある。

ムウと呼ぶ声、上がる口元は愉悦に彩られ。嘲笑すら含むこちらに向けられる感情は、どこか執着を感じさせる。

クルーゼがムウの父親のクローンだというのなら、クルーゼとムウの直接的な関係はないのではないだろうか。
そう思いたい自分に、クルーゼと自分は確かに面識があるのだとそれだけで知れる。

覚えていない。ムウとしての自分など知らない。けれど知らないはずの男を思い出す。
それを皮切りとして零れ落ちてくるムウの記憶を見てみぬ振りをしていることに、もう気づいている。

「大佐のお子さんは仲がいいんですね」
思わず目を閉じたネオは、アスランの声に思考の渦から顔を上げる。
「おう?ああ、仲いいぞ〜。長男がな、わんぱくな次男とぼーっとしてる末っ子の面倒よくみてくれてな。
しっかりもののいいお兄ちゃんなんだよ。次男も末っ子苛めてばっかなんだけどな、
末っ子が迷子になったら真っ先に探しにいってくれるし、誰かに絡まれてたら助けにいってくれるしでなあ。
素直じゃないのが可愛いんだよ。で末っ子がまた可愛くてな。ネオネオって可愛く笑って懐いてきてくれるのがたまら…なんだ?」
視線が生温かい気がして、いつの間にか握っていた拳を下ろしてアスランを見ると、いえ、と笑う。
「話を聞く限り、本当に仲がいいみたいですし、大佐も大層可愛がってらっしゃるんだなと」
その視線が親馬鹿と語っているような気がするのは、リーにもよく同じような視線で見られたからだ。
悪かったなと拗ねて見せれば、そんなことはと途端に慌てだすところは全く違うのだが。

自分はネオ・ロアノークだ。けれど恐らく本当にムウ・ラ・フラガなのだろう。
今足元に零れ落ちている記憶が山を築いている。それに目を落とせば恐らくは思い出す。
目を逸らしているというのにいくらかは思い出しているのだから、目を落とせば絶対に。
けれど怖い。そう嫌なのではない、怖いのだ。思い出すのと比例するように消えていくネオの記憶があるからだ。
捨てたくないのだ。ネオとして生きてきた日々を。なのに少しずつ少しずつ消えていく記憶。
それが植えつけられた偽りの記憶なのか、自分が確かに培った記憶なのかが分からない。それがまた怖い。


だから、まだ足元は見ない。


* * *


「アスラン、最近ムウさんと仲いいよね」
「そうか?」
うん、とキラが嬉しそうに笑ったのに、アスランも小さく笑う。
アスランとムウさんが仲良くしてくれて嬉しいと言葉でも聞かされ、内心複雑な思いに駆られる。
キラにとってアスランとネオはつい最近まで敵対していた相手だ。
アスランはネオの指揮の下、乗艦していたミネルバを襲われているし、ネオはミネルバによって部下を失っている。
キラ達にとってはこの艦にいる人間は全て同じ意志の下で戦っているのだ。
ザフトに所属していた、連合に所属していた。そんなことは関係がない。仲間でしかないのだ。
だからアスランとネオが元いた場所でそうしていたようにいがみ合うことがないことに安堵している。

ちょっと違うんだけどな。

そう思うが口にはしない。しないまま、キラが嬉しそうに話す事柄に微笑んだまま頷いた。




キラと別れて自室に戻る道すがら、最近様子のおかしいネオを思い出す。
ネオは時々硬く目を瞑って拳を強く握る。その姿に怯えているのだと気づいたのはそう前のことではない。

彼はムウの記憶を思い出していないのに、ネオが知らないムウが知っている行動をする時がある。
例えばAAのことなど知らないネオが、意識もせずにブリッジと通信を繋いで見せたことがあった。
後でどうして自分がAAのコードを知っているのかと愕然としていた。
彼は自分はネオだと主張する。ムウではないと。けれどそれが怯えからくる主張へと代わっていったのはそれからだ。

ネオの話を聞いていると、ネオは大切に毎日を生きていたことが分かる。ムウではなネオの毎日。
大切な部下、大切な子供達。だからこそ彼は拒絶する。ムウを拒絶して、ネオであろうとする。
けれど彼がどれほど拒絶しようと、ムウの記憶は足元から彼の内へと戻っていっているのだ。
心が頭が記憶を取り戻すより先に、体がもう取り戻しかけているのだから、恐らくはネオがムウを思い出す日は近い。

アスランはふう、と息を一つつく。
アスランにはどうにもできない。できる領域の問題ではない。

「俺は、あの人に救われたのにな」

クルーゼを思うことをネオは許してくれた。AAでは禁忌であるその名を呼ぶことを許してくれた。
そのことがどれだけアスランを楽にしてくれただろうか。
AAでは禁忌であり、憎むべき人。その人をいまだ隊長と呼び、慕う。そんな裏切り行為を責めずにいてくれる彼は今苦しんでいる。

「俺にできることは…」

ふっと自嘲の笑みを浮かべる。
これがあの人の救いになどならないだろうに、と目を閉じて、自室への道をネオの部屋へと変更した。


* * *


スティング。アウル。ステラ。

そう頭の中で繰り返すことが、自分の中にネオを根づかせるための呪文になってしまっている。
大切な大切な子供達をそんなことに使いたくはないというのに。

スティング。アウル。ステラ。

もういない大切な子供達。危険な戦場に送り出すネオを慕ってくれた大切な。
忘れたくなどない。塗り替えられたくなどない。ネオとムウどちらかを選ぶのならば、迷わずネオを選ぶ。
それは今の自分がネオだからだ。分かっている。ムウの記憶を取り戻したなら、別の答えを選ぶのだろう。

スティング。アウル。ステラ。

ムウの記憶はすぐそこまできている。足元に山を築いていた記憶が、どんどん高くなってすぐそこまできている。

逃げられない。

見ない振りをしているだけで、頭の片隅に浮かぶものがある。
戦場を駆けるムウ。無理やり戦場に送り出したキラが泣いている姿。苦しみながらも艦を守ろうと必死に指示を飛ばすマリュー。
他にも断片的な記憶が浮かんでは消える。それに手を伸ばしたら終わりだ。この苦しみからは解放されるだろう。


けれどそうして残るものは誰だろう。


「スティング、アウル、ステラ」

今の自分を見たならば、子供達はどんな顔をするだろうか。







「大佐」
「よ、アスラン」
ネオの部屋を訪れて声をかければ、返る笑みが疲れている。それに軽く眉をしかめて側に寄る。
どうした、と怪訝そうなネオを見上げる。そして一つ息を吸って告げる。


「大佐がこの先どういう存在になろうと、大佐のこともお子さんのことも忘れません。俺がずっと覚えてます」


ネオの目が見開かれる。

これが何の救いになるというのか。
忘れることに恐怖する人に、思い出すことに恐怖する人に一体何の救いになるというのか。
なりはしない。救いになど決してなりはしないのだ。
分かっている。分かっていたのにわざわざ告げたのは自己満足だ。彼に救われたように何かしたかった。それだけだ。
そう自嘲して、ネオにその表情を晒す前に一礼して部屋を出る。目を見開いたまま動かないネオを置いて。

なのにネオは動いた。部屋を出てすぐ、呼び止められた声に振り向いて。

「忘れるつもりはない。だがもし忘れたなら、話してくれないか」
「え?」
「ムウに、ネオのこと、子供達のこと。話してくれないか」

そうしたらきっと思い出してみせる。だからと懇願するように言うネオに驚いて。
そうしてはいと安心させるように微笑んでみせると、ネオが笑った。







何を言われたのだろうと思った。思って出て行く姿を見て理解した。
ああ、そうだ。ここにいた。ネオを知っている人間が。子供達を知っている人間が。
忘れている全てを思い出せばネオは消える。自分がネオを忘れてしまえば、ネオはこのまま忘れ去られていくのだろうか。
ネオとして生きた毎日があるのに。大切なものを手に入れた毎日があるのに、それが全部なかったことになる。
それが一番嫌だ。一番怖い。けれど。

「アスラン!」

ここにいた。ここに、ネオを覚えていると、忘れないと言ってくれる存在。
大切な子供達を覚えていると、忘れないと言ってくれる存在。




ネオがネオであることを忘れても、ネオがネオを見失っても、ちゃんと生きた証はここに。


end

リクエスト「Secret preachingの続編」と
「Secret preachingの設定でムウの記憶が戻り、ネオの記憶がなくなるが
アスランが一人でステラ達を忘れないとネオに誓う不幸バージョン。ネオの記憶ありの幸せバージョンでも可」でした。

前半は続編で、後半が記憶云々話のつもりなんですが…戻る前です。戻る前の記憶に抵抗するネオです。
記憶失くしたネオは思いついたには思いついたんですが、ものすごく短くて。
明らかに小話行きの長さなので、そちらにアップするということでお許しを(汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送