慈悲深き歌姫。
癒しの歌姫。
我らが聖女。

あなたがいてくれるだけでいい。
あなたがプラントにいる。
あなたが微笑んでくれる。
ただ、それだけでいい。


いかけるのは、過ぎ去った記


ああ!わたくしはただ歌いたかっただけ。
大好きな歌を歌って、それを聞いてもらって喜んでもらえる。それが嬉しかっただけ。
なのに象徴と呼ばれ、歌姫と呼ばれ、気づけばその名を己の一部と捉えている自分がいた。

戦争を止めたかった――ならば語り続ければよかった。
平和を願った――ならば肩書きそのままに歌い続ければよかった。
保護した彼を平和への導きの一端と信じて、――仮にも敵軍兵士を匿って。
フリーダムを託し、地球へと送り出した。――プラントの武器を盾を奪い取った。

反逆者。そう呼ばれた。そして父を失った。
けれど全ては平和のためと、涙を呑んで戦った。

ああ!何を勘違いしていたのだろう。
わたくしの手はそれほど大きくないというのに。
わたくしの肩はそれほど広くはないというのに。
なのにわたくしは救えると信じていた。わたくしとキラとカガリさん。そしてアスラン。
皆が揃っているのだ。世界をこんなにも思っているのだ。救えないはずがないと。







「ミーア!」
――腕の中で冷たくなる体。
「もっと、違う形で…お会いしたかった」
――アスランが泣いて泣いて泣いて。

彼女を利用し、捨てたデュランダルを許さないと。そう思った自分を今ならば言える。




思い違えるな、と。




彼女を利用したのはデュランダル。けれどその原因を作ったのは誰、と。







「ラクス、大丈夫?」
「キラ」

疲れてるね、と心配そうなキラに、大丈夫ですわと笑う。
そうしなければ言うからだ。オーブへ帰ろうと。

ラクスはもう十分プラントのために働いたよ。プラントはもう大丈夫だ。後はここの人達に任せて、僕らはオーブに帰ろう。

だめなのだ。それはもうできないのだと今更気づく。
二度の大戦。治めたのはオーブとわたくしだと世界は認識している。
オーブにはカガリ・ユラ・アスハ。そしてAA。プラントにはラクス・クライン。そしてエターナル。
それに加えてジャスティスがオーブに、フリーダムがプラントにある。最高の功績を修めたMSとそのパイロットがそれぞれの国に。
だから世界は静かだ。様子を見ている、警戒している。だから…静かだ。その均衡を崩してはいけない。

キラがでも、と言い募るのを笑顔で止める。
ああ、笑うことばかり上手くなった。笑顔一つで癒しも安堵も与えられるけれど、逆に脅すことも制止することもできる。
…知りたくもなかった。

武力で勝利した結果がこれだ。
思いだけでも力だけでもだめだ。
けれど思いを語ることがあまりに少なすぎた。武力が先に立っていた。それに気づいていなかった。

癒しの歌姫。
平和の象徴。
そのわたくしがいるのだから。
そのわたくしが動くのだから。
その全ての言動は正しく平和への導きなのだと、そう思い込んでいはしなかったか。

重い。重いのだ。もう何もかもが重くて仕方ないのだ。
キラに弱音を吐けたのも、縋りつけたのも、もう昔の話だ。今はできない。
キラはわたくしを優先してくれるから。わたくしが辛いと泣けば慰めてくれる。そして一緒に頑張ろうと励ましてくれる。
けれどその回数が増えれば周りに対して憤り始め、オーブへ帰ろうと言い出す。
オーブにはカガリがいるから大丈夫だよ、と微笑む。それはできないと説明すれば、やはり周りに憤る。
キラにとってわたくしはわたくし。一人の女の子でしかないから。
それが嬉しくて、そうして側にいればいるほど好きになった。なのに今は違う。

わたくしがラクス・クラインだから。そうである以上一人の女の子では駄目なのだと。
ラクス・クラインとして動き、戦争を止めた。そうしたのは他ならぬ自分。世界にラクス・クラインを示したのは、他ならぬ自分。
だからこそわたくしも一人の女の子なのだ、ラクス・クラインである前に一人の少女なのだ、と叫ぶことは許されない。
そう気づいてしまった今ならば思う。
お願いです。わたくしがラクス・クラインであるということも理解し、受け入れてください、と。
キラには理解できないことだと知りながらも。

もっと早く気づけばよかった。せめて一度目の大戦が終わり、オーブへ降りる前に。
そうしたらその名を手放せた。肩書きを外せる機会はその先にはなかったのだから。
そうでないならプラントに戻って歌い続けるべきだった。平和を歌って、癒しの歌姫であり続けるべきだった。
そうであれば今更になってこれほど苦しむこともなかったのだ。全てに、キラを含めた全てに苦しむことはなかったのだ!

重い重い重い。何もかもが重い。プラントもキラも、全部全部重い。
プラントのラクス様と呼ぶ声。期待に満ちた目。それが辛い。
キラの目を見るのも辛い。可哀想にという目。どうしてラクスがこんな思いしなくちゃいけないのという目。

ああ!わたくしは歌いたいだけだった。本当はそれだけだった。そこから始まったのに。
なのにもういや。歌いたくない。でも歌いたい。でもこんな気持ちで歌いたくない。ああ、でも歌いたい。
そんな思いを抱えたまま歌うことの何と辛いこと!




ああ、ただ歌が好きで、歌うのが楽しかった毎日が輝いていた頃に戻りたい…。




色とりどりの花が咲く庭で、色とりどりのハロ達と一緒に歩いて大好きな歌を歌う。
それを聞いて微笑むお父様やアリスさん。そのうちオカピーがお茶を運んできてくれて、ありがとうと微笑む。
そこに知らせが入る。アスラン様がいらっしゃいました、と。
わたくしは思わぬ訪問に喜んで、ハロ達を置いて、お父様達すら置いて玄関へとアスランを迎えに走る。
いつものように花束を持ったアスランが、お久しぶりですと小さく笑って。わたくしはいらっしゃいませと笑うのだ。
アスランから花束をもらって、頬に口づけをもらってわたくしも口づけを返して。そうして庭に向かえばハロ達がアスランに飛びついて。
笑顔に溢れていた。大好きな人達が側で笑っていた。わたくしも笑って、歌を歌って、ハロ達と戯れて。
アスランとお父様を呼べば、二人共手を振り返してくれて。アスランはお父様に一礼してわたくしと庭を散歩してくれて。

そんな毎日に戻りたい。

そう思って顔をしかめた。どれ一つをとってして戻れないものを。
お父様はもういらっしゃらない。アリスさんにももう会うことはない。オカピーももういないし、クライン邸ももうない。
お気に入りだった庭も荒れてしまったし、ハロもピンクちゃんを除いて手元にはいない。
アスランは…もうわたくしのアスランではない。

全てを失うきっかけはわたくし。全てを傷つけたのもわたくし。わたくしの行動の結果が今だ。
なのに戻りたいなんて都合が良すぎる。

キラがラクス、とわたくしを抱きしめた。それに体を預けながら、思うのは過去。
キラと出会うより前。アスランが軍人になるより前。
目を伏せて、キラと恋人の名を呼びながら、頭に浮かぶのは優しいかつての婚約者。
今、彼がわたくしを見たならば一体何を思うのだろうか。キラのように可哀想と言うだろうか。
それともわたくしに銃を向けたあの時のように、わたくしを睨みつけてくるのだろうか。







オーブから使者がきた。その護衛の中にアスランがいた。
アスランはわたくしと目が合うと軽く目を見開いて、そうして苦しそうに目を細めた。握られた拳が震えている。
その瞬間、泣きたくなった。安堵した。

彼はかわいそうにと言わない。当然のことだとも言わない。
今のわたくしの状態を理解して、けれどどちらの思いも持っているがために何も言わないでいる。

「お久しぶりですわね、アスラン」
「ええ。お久しぶりです、ラクス」

使者との話し合いが終わり、アスランと言葉を交わす時間をもらった。
使者はカガリさんから何か言われていたのか、あっさりと許してくれた。
アスランと言葉を交わして、他愛のない近況を報告しあって、思った。

アスランは一人の少女のことも、ラクス・クラインのこともわたくしとして見てくれているのだと。

それだけで、少し肩が軽くなった気がした。

end

リクエスト「運命後。ラクスがプラントに戻ったしばらく後、アスランのことが好きだったことを思い出す」でした。
議長に就任して数年後、あまりに重い責任に潰されそうなラクスです。
イメージソングはサンホラの「海の魔女」でした。

リクエスト、ありがとうございました!

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