世界に新しい風が吹き込んだ。今はまだ世界に慣れぬ風。それが世界とどう共存していくのか。
良風となるか悪風となるか。賢者となるか愚者となるか。
いま少し、時が経つまで誰にも分かりはしないけれど、彼らはただ静かに暮らすだけ。
家族仲良く静かに賑やかに暮らす、それだけが望み。




穏やかな生活に、時折落とされる波紋。


「レイ、レイ、レーイー!!」
ばたばたと音を立てて自分を呼ぶ声に、手にボールを抱え、野菜とマヨネーズを混ぜていたレイが振り向いた。
ちょうどドアを開けたその声の主は、燃えるような赤い髪と灰色の目をした美少女だ。
「フレイ」
静かに帰ってこいと言う前に、フレイがレイを見つけてむすっとした顔をした。
「やっぱり先に帰ってたわね」
「先に言っておいただろう。今日はアスランに買い物を頼まれてるから先に帰ると」
「一緒に行くって言ったじゃない!」
ぽいっと鞄をソファに投げて、フレイがレイの背にぴたりとひっつく。
はあ、とレイは手は止めずにため息をつく。その様子に揚げ物をしていたアスランがくすくすと笑う。
「一応、フレイの教室に迎えには行ったらしいぞ」
「ええ?」
会ってないわよ、私、とフレイがアスランを見る。
レイは目立つ。纏う雰囲気は静かだけれど、如何せんその容姿が目を惹く。さらさらと流れる金の髪と静かな色を湛える青い目。そして白磁の肌の美少年だ。
だからレイがくればクラスの女子が騒ぎ出す。フレイが気づかないはずがない。
どういうことよ、とフレイがレイを見上げれば、レイはフレイを振り向きもせずにサラダを混ぜ続ける。

「忙しそうだったからな」

淡々と。いつもと変わらない感情がこもっているのかも分からない口調。
けれどレイの母親役のアスランと姉役のフレイには分かった。拗ねている。
レイが帰ってきた時にすでに話を聞いていたアスランはくすっと笑って、フレイはきょとんとした顔をした。そして意地悪そうに目を細めると、レイの背に乗り上げる。

「男の子からの呼び出し受けてたところにきたのかしら?」
「そう聞いただけだ」
「妬いたの、レイ?」
「違う」

レイがサラダを混ぜる手に力を込めた。フレイはレイの顎を後ろからすくって笑む。
「可愛い弟で、お姉ちゃん嬉しいわ。だあいじょうぶよ。私はレイが大好きだから、レイが一番よ?」
だから妬かないの、と顔を近づければ、やめろと若干焦った様子でレイがのけぞる。
そんな二人に揚げ物を終えたアスランが笑いながら近づくと、レイからボールを受け取る。
アスラン?と顔を上げたレイに、うんとボールの中を見て頷く。
「ありがとう、レイ。後は分けるだけだから、フレイと遊んでこい」
「ですが」
「あら、分けるなら私とレイでやるわよ。アスランは休んでなさいよ」
貸してとレイから離れたフレイがボールを手に取る。
だが、と言い出すアスランに、今度はレイが大丈夫ですからとアスランの背を押す。
「あなたにはラウが帰ってきた時、一番に出迎えるという仕事があるんですから」
「そうよ。それがないと私達のお父さん、拗ねるわよ?」
旦那のご機嫌取りで大変な思いするのは奥さんでしょう、と言われると、アスランはああ、と遠い目をして大人しくリビングへと入っていった。
一度拗ねたクルーゼを宥めるのには実に苦労するのだからその反応も仕方がない。機嫌を直していても直っていない振りをすることもあるし、逆に何か仕掛けてくる時もある。その被害を被るのはいつでもアスランだ。
けれどそんな相手が好きだと言うのだから、アスランも物好きねえとフレイは思う。そんなフレイもクルーゼのことは好きなのだが。もちろん恋愛感情ではなく。
同じくクルーゼ大好きっ子のレイは、皿を数枚取り出してさっさと揚げ物を移していく。フレイもレイの隣でサラダを分けながら、で、と顔を寄せて囁いた。

「妬いたの?レイ」
「しつこいぞ」

素直じゃないんだから、と笑うフレイの顔は嬉しそうで、横目で見たレイも口元に笑みを乗せた。




クルーゼが仕事から帰ったら四人仲良く食事。それが毎日の決まりごとだ。
クルーゼとアスランの前にレイとフレイが隣合う。元々令嬢と令息ばかりだ。時折交わされる会話以外は静かなもの。
賑やかな食卓とは無縁の、けれど居心地の悪さなど欠片も感じない四人がふと視線をテレビに移した。

「ラクス・クライン、四年ぶりのライブ?」
ふうん、とフレイがだから何、と言わんばかりの顔をする。テレビではアナウンサーが興奮を隠しきれない様子で、映る人々も待ってました!や楽しみです!やらと大騒ぎだ。
「プラントにとっては大騒ぎするに値することだ」
「そうなの?そんなに人気あったの?」
こくん、とレイが頷く。そしてアスランを見るのに、フレイもアスランに視線を移す。
二人の視線を浴びるアスランは困ったように首を傾げる。
「そうだな。アイドルとしても、ラクス・クラインとしても、彼女を上回る人気はそう出ない」
「その二つって違うの?」
「ああ。アイドルとしてのラクスは、ピンクの妖精と呼ばれ親しまれ、彼女の歌声は癒しを運んだ。だから癒しの歌姫。ラクス・クラインはプラントの平和の象徴。彼女が謳う平和にプラントは縋った」
「そしてアスランと二人合わせて、プラントの未来だな」
クルーゼの追加の言葉に、フレイがきょとんとする。
曰く、出生率の低下に悩まされるコーディネーターに希望を与えるための役割。それを与えられたのがアスランとラクスなのだと。遺伝子によって出生率が最も高いとされる二人。その二人を希望として、出生率の低下に不安を覚える必要はないと。 そして二人に子供が生まれれば、婚姻制度の不確かさが薄れる。反発も少なくなるだろう。
よってプラントの未来。アスランとラクスはそう呼ばれたのだと説明され、ふうんと頷きながら、フレイ以外の三人が分かっているのに、少しむっとする。
仕方がない。フレイ以外はプラントの人間でフレイは違う。けれど面白くはない。
少し拗ねたような視線を送ると、クルーゼが笑ってアスランがきょとんとした。
「どうした?フレイ」
「…なんでもないわ。それより、ねえ。ならキラのことはいいの?」
今ラクスの隣にいるのはキラだ。二人の仲を公表していなくても、見ていれば分かるだろう。テレビに映る彼らは視線が合うと微笑みあう。ラクスとラクスを守るザフトの白服を着た少年。
誰も騒がなかったのは、ラクスにはアスランという常識が国民の中に根づいていたからかとフレイは納得する。
けれどそろそろ騒ぎ出しても可笑しくはないくらいの年月は経った。しかも対の相手とされるアスランが、一切表に出てこないのだ。代わりにと言わんばかりに側にいるキラがラクスの何なのか、 そろそろ気になり始める頃だろうとフレイは思う。そう思いながら、胸に痛みが走ったのには気づかない振りをした。

「ああ、都合よくその話題だ」

レイの言葉に、え、と三人が視線をテレビに戻す。
ラクスのライブの情報に湧き立っていたスタジオで、ラクスとキラの関係についての推論が飛び交っていた。
AAもしくはオーブ軍で共に戦った戦友だ。
ラクスがオーブに身を寄せていた折、知り合った友人だ。
それにはどれも、キラはオーブ代表の知己である。オーブ代表がラクスを心配して。そういう前置きがつく。

「何でそこで恋人って出てこないのかしら」
アスランが笑って、クルーゼが嘲笑う。
「それがプラントの民だからだ」
レイが淡々とそう告げたのに、フレイが眉をしかめる。
「何よそれ。ちょっと怖くない?」
その一言ですまされるのかと。そこまで盲目的でいいのかプラント。そんな言葉に三人がそうだな、と頷いた。そうでしょう?とフレイが頷いて、でもだからなのねと納得したような顔。

「私、あの子ってAAで保護した時に会っただけで全然知らないけど、話聞く限り自分にすごく自信があるじゃない? テレビとか見てても自分にっていうか、自分の言葉とか正義とか。そういうのが絶対って思ってるみたいな感じよね。それってプラントのそういう悪習っていうのかしら。それのせいじゃないのかしらね」

プラントの国民だからで通じるものがある。それと同じでラクスだからで通じるものもあるのではないか。
癒しの歌姫、プラントの平和の象徴、プラントの未来。そんな一人の肩書きにしては大層なものが三つもあるのだ。おそらくラクスだからで通じるものも済まされるものもあるのだろうと思う。
それは酷く恐ろしいことだと思う。フレイが父親に何でもかんでも許されていたそれが、ラクスは国から許されるのだ。

「怖い国ね、プラント」

そして考えるような仕草をするアスランとレイとは違い、クルーゼが笑う。
彼はとっくに気づいていたのだ。プラントという国の恐ろしさに。そのある意味犠牲者といえるラクス・クラインのことに。

「だからあの子は自分が本当の平和に導けるなんて思ったんでしょう?自分の正義が世界において正しいなんて思ったんでしょう?同じ事がカガリ・ユラ・アスハにも言えて。その二人に許されてきた、肯定されてきたキラも同じで。だからあの子達は見えないんでしょう?あの子達の正義に傷つけられた人のこと」

自分達がしたことは間違っていないから。ただ戦闘を、戦争を止めたかっただけだから。世界に平和を取り戻したかったから。
そんな純粋な思い。それを持っているのはキラ達だけではないのだ。誰もが同じなのだ。
キラ達が間違っていると評したザフトも連合も。ただ守りたいものを守るために戦っていた。
戦わずにあれるのならそれが一番だ。けれどどうしてもそれが許されなかった。攻撃されるなら反撃を。そうしなければ守れない。失うだけだ。そうやって戦っていったのだ。他にとれる方法が思いつかなかったから。

「あの子達なら確かに平和を導けると思うわよ?だって一国に持つ影響力が半端ないじゃない。それをどう使うかで結果は変わるのよ。平和の歌姫と中立の国の代表。それってすごく大きな武器じゃない?」
何を基準に平和というのか。それもまた難しい話なのだけれど、それでもラクス達ならば起こるだろう争いを止めることもできるのではないか。
そう言うフレイに、クルーゼがそうだなと同意する。
「彼女達にはカリスマがある。人が従おうと思える力。人が安心感を得られる力。そう誰もが持てるものではない。それを上手く使えば彼女達はこれ以上とない平和の使者、統治者だ」
上手く使えば、だがねとクルーゼが食事を再開させる。
アスランとレイは眉を寄せて、手にしている茶碗をじっと睨みつけている。
「つまり彼女達の押しつけとも言える正義は、我々国民が原因だと?」
レイが呟いて、アスランがため息をついた。

心当たりはある。ありすぎる。ラクスを批難する者など、プラントにはいなかった。
カガリについてはアスランはもちろんのこと、キラもラクスも間違っていないと繰り返した。
カガリの願いは間違ってはいない。カガリの努力はいつか実る。大丈夫。いつか必ず皆に伝わるから。キラにしても同様だ。
けれど確かに間違ってはいないのだ。間違っていると断じることなどできないのだ。
問題は。

「言い方、か」
アスランがぽつりと呟いたのに、視線が集中する。
「彼女達の言うことは間違っているわけではない。彼女達の理想は耳に心地いいし、誰もが夢見るものだ。それを彼女達ならば実現してくれるのではないかと、そう思ってしまうのは事実だ」
それもまた、彼女達の力なのだろう。けれどそれに甘えて依存して。そうしてきたからこそ、今のラクスがカガリがある。
「だが彼女達だって人間だ。全てが正しいわけではないし、正しいことなど人それぞれで、これといったものなんてない。なのに俺達は彼女達は間違っていないと言った。彼女達の理想は正しいと肯定した。彼女達の全てを正しいと、無条件でそう信じた」
そうではなくて、彼女達を信じているけれど、相対する者もまた間違ってはいないのだと伝えるべきだった。相対する者の言っていることも分かるのだと。それを踏まえたうえで共に考えようと。
彼女達の視野を広げるのは、狭い世界しか見せなかった自分達の役目だった。

「ですがあなたは伝えたでしょう?彼らに」
ミネルバに乗っていた時、さんざんに彼らに訴えていたのを知っている。
彼らを全肯定していなかったことを知っている。否定もしていなかったが、それでも他の道を示していたことを知っている。
そんなレイの言葉にアスランは小さく笑う。
「だから言い方、だ」
「言い方?」
「俺はずっとあいつらは間違ってないと言ってきた。四面楚歌に陥ったカガリが泣いた時も、キラが苦しんでいた時も。俺はお前達は間違ってないと言ってきた。全面的に正しいわけではないと分かっていた。それでもあいつらが選んだ道を間違いだと断じることはできなかった。そう言ってあいつらに立ち直ってほしかった。そのせいだ。あいつらが俺が異を唱えても受け入れないのは」
俺は初めに言い方を間違えた。
ああいう考えの人もいる。それでも頑張ると決めたんだろうとカガリを慰めた。
お前は守ると決めてそうしてそのために戦ったんだろう。それは間違いなんかじゃないとキラを慰めた。
そこに一言必要だった。でも彼らもお前達と同じなんだ。守りたいものがあって、目指すものがある。それだけは分かってほしい。その一言が。

「言っても詮ないことだ、アスラン」
クルーゼの声にそうですね、とアスランがうつむく。
「彼らは君の手の届かないところにいる。もう君の手に負える場所にはいない。後は彼らと彼らの周り次第だろう」
「…はい」
「これから気づく可能性とてある。それが遅かろうと早かろうと、彼らはもう後戻りはできない」
「でも軌道修正くらいはできるわよね?」
フレイが首を傾げて言えば、クルーゼが笑って頷く。
「ほら、だから落ち込まないのよ」
あんたが落ち込んだらレイも釣られて色々考えちゃうのよ。二人揃って真面目なんだからもう。
そう言ってフレイも食事を再開させるのに、アスランとレイが顔を見合わせる。そして食べるか、とアスランの言葉に、レイがはい、と頷いて箸を動かす。
クルーゼはそんな家族を見て、そしてテレビを見る。
そこにはラクス・クライン。その後ろに小さく見えるキラ・ヤマト。

きっと彼らは気づかない。気づくことはできない。彼らを取り巻く大人達は、彼らを至上としているのだから。
英雄、救世主、聖女。そんな言葉で彼らを神聖化させて。それはオーブにも言えることだ。
彼らはどちらかが危機に陥った時、残った方が手を差し伸べるだろう。それが正しいと信じて。そうして国に影響が出たとき、国民は目を覚まし始める。その時が彼らの終わりだ。
彼らは分からないのだから。どうして駄目だと言われるのか。どうして『正しいこと』を理解してくれないのか。

「ラウ?」

不思議そうな三人に笑って、テレビの中の二人に、そしてプラントやオーブに向けて嘲笑った。

end

リクエスト「クルアス夫婦でレイとフレイがラブラブのアンチAAオーブ」でした。
何かアンチっぽくない…?本当はキララクカガと対峙するはずでした。でもそうすると凄く長くなってしまいまして、会わせるのをやめた結果こうなりました。
そして隊長はさりげにまだ復讐心は持ってました。ラクカガがいなくなれば、国は荒れますから。立て直すにしても、その影響は大きい。それが楽しみな隊長(…)。

リクエストありがとうございました!

end

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