ふっと意識が浮上した。暗闇の中、しばらくぼうっと天井を見つめていたけれど、違和感を感じて眉を寄せた。見知らぬ天井、というわけではないが、寝る前に見た見慣れた天井とは違った。
起き上がって暗闇に慣れてきた目で部屋を見回す。ますます眉を寄せ、そして目を見開いた。

「な…」

有り得ない。片手で額を押さえてふるふると首を振る。有り得ない、有り得ない。これは夢か。そうでないはずがない。頭が混乱する。
アスランはオーブにいるはずなのだ。なのにここは…。

「うあ?アスラン?」
「…っ」

かけられた声にびくっと震える。それに声をかけた主も驚いたようで、寝惚けていた気配が消えた。
もう一度アスラン?と声。どうかしたのか?と続く声は訝しそうで。体を起こした気配。
アスランはゆっくりと顔を上げて、声の主の方を見る。
先程はシーツにくるまっていた塊が見えていた。その塊が何かなんて容易く想像はつく。この見覚えのある部屋。向かいに眠る誰か、なんて一人だ。

「ラス、ティ?」

ここはヴェサリウスのアスランとラスティの部屋。

「アスラーン。大丈夫か?」
ひらひらと目の前で振られる手にアスランははっとする。平気?と振られていた手がそのままアスランの額を押さえる。少しのけぞったアスランは大丈夫だ、とその手を掴んで額からどかす。
「もうすぐヘリオポリスだってさ」
「…ああ」
そこで失われた命が目の前で笑う。思わず目を細めると、起きろってと額を指で弾かれる。
「お前にもう一つ記憶があるってのは俺も分かってるけどさ、引きずられたら元も子もないだろ?」
「…分かってる」
「なら笑えって。難しい顔してたら余計気、張るだろ?」
むにっと両手がアスランの両頬をつまみ、ぐいっと引き伸ばす。一瞬何が起こったのか分からなかったアスランは、現状を理解すると、ラスティの両手首を掴み、腹に蹴りを入れる。
ぐほっと声を上げて床にうずくまったラスティを前に、アスランは引っ張られた頬を撫でる。ちょっと痛かった。
「ひ、ひでえ、アスラン」
「頬を引っ張る必要がどこにあったんだ」
「だってお前、笑えって言われても笑えねえじゃん」
ラスティのような友人の前でなら、無理に笑えと言われても笑わない。気恥ずかしさが先に立って笑えない。だからどうした。
けれど気持ちはありがたい。気を張るアスランを気遣ってのことだと分かっているからだ。

「ラスティ」
「ん〜?」

おーいて、と言いながら立ち上がったラスティを座ったまま見上げる。
いつも側にいてくれる友人。不器用な自分を分かってくれて、呆れもせずにつきあってくれる友人。たくさんのものを貰った。たくさんのことをしてもらった。その半分も返せないまま喪った友人。
何がどうなったのか、自分はその記憶を持ったまま、もう一度十六歳の時を生きている。
これは夢なのだ。そう思おうとしても、いつまで経っても目覚める気配はない。何度も夜を迎えて、何度も朝を迎えた。それでも目覚めない。ならば現実だと思ってる方が夢なのだ。けれど世界で起こる出来事は、自分の記憶を辿るかのように起こる。
戸惑った。そして怯えた。そんなアスランをずっと気にかけてくれていたラスティが問いつめて。何でもないと頑固に言い張るアスランに一向に引かずに問いつめて。そうして可笑しいんじゃないのか、という目で見ることもなく、真剣に考えてくれた。そのラスティを喪った場所が近づいてくる。

「死ぬなよ」

きょとんとした顔がアスランに向けられる。そして笑顔。
また手が伸びてきて、今度は頬ではなく頭に。くしゃくしゃと髪を撫でて、まっかせなさい、と声。
死なないで。死なないで。生きていて。もう一度だってラスティが撃たれるところなんて見たくない。見たくなんてない。

この時はそればかり思っていた。


捻じ曲げた未来


ストライク。唯一奪取に失敗したMSだ。ストライクの担当はラスティ。
失敗した理由はどこから入り込んだのか、一般人がストライクのコクピット近くにいた軍人に向けていた銃との間に割り込んできたからだ。一般人を殺すわけにはいかない。とっさに逸らした銃口。一般人の腕にあたった。その直後に軍人が一般人を抱いてコクピットに入った。

一般人はキラ。キラ・ヤマト。軍人はマリュー・ラミアス。アスランはその二人をよく知っていた。そしてこれからどうなるのかも。
とりあえずラスティを乗せてイージスでヴェサリウスに帰還して。ミゲルの後少しで討てるというところでストライクを逃がしたという報告を聞いて。けれどそれは連合の新型艦の介入のせいだと聞いて。

「変わってる」

ラスティは生きている。キラはストライクに乗せられたけれど、操っているのはキラではないようだ。腕に怪我をしていたからだろうか。そして記憶より早いAAの出撃。

「どうする」

今なら、今ならAAを堕とせるかもしれない。キラはストライクを操っていない。ストライクに乗せられた以上、AAにも乗っているだろうが、戦場に出されることはないかもしれない。それに介入してきたAAにストライクが入っていったということは、キラの友人達はAAには乗っていない。
クルーゼが出した命令は捕獲。持ち帰った四機だけでも驚かされる機能。残りの新型MSと新たに姿を現わした艦を野放しにするわけにはいかない。できるならば捕獲を。その機能を解析し、ザフトの新たな力に。
一般人がストライクのコクピットに連れ込まれたという報告は、ラスティがクルーゼにしている。それも多少なりと関係しているのだろう。
今回のことはオーブにとってプラントに対して後ろめたいことだ。ザフトがヘリオポリスを戦場にしたことは、オーブの裏切り行為の発覚で強くは責められないだろう。そこに連合に攫われた一般人の救出。プラントにとって不利にはならない。

「…それならキラは戦わなくていい」

ただ、記憶の中で親しくしていたマリュー達は違う。敵軍の兵士だ。捕虜となることは確実。ぐっと拳を握る。
悪い人達ではないのだ。それを知っている。だからできるなら彼らを捕虜になどしたくはない。

『アスラン』

聞こえた声に我に返る。ラスティだ。
今MAに乗ってAAと戦っているラスティは、辛いかもしんないけど、と硬い声。

『欲張るな』
「…ラスティ」
『あれもこれもなんて無理なんだ。絶対に何かは捨てなきゃならないんだ』
「…」
『お前は今、何を一番したい?』

何を、一番?
ラスティは生きている。ミゲルも生きている。ストライクは奪取できなかったけれど、キラはストライクに乗っていない。キラの友人もAAに乗っていない。それは望ましいことだ。けれどこのままAAを逃がしたら、もしかしたらキラはいつかコーディネーターだとばれてストライクに乗ることになるのかもしれない。そうでなくても、キラはAAから降りられずに戦場の中、どこまで連れて行かれるのだろうか。
ここでAAを捕獲すればキラはAAから降りられる。オーブに帰れる。戦うことなんて知らずに暮らしていける。ならニコルだってキラに殺されることはない。

そしてラクス。ラクスはどうするのだろうか。キラを助け、フリーダムをエターナルを奪い、そしてプラントと連合に武器を向け、平和を謳い、停戦に持ち込んだラクスは。
キラがいなければ戦力は大幅に下がる。キラに会ったからこそ、ラクスがあの方法を取ったのだとしたら。本当のところは分からないけれど、もしかしたら他にも策を持っていたのかもしれない。けれど、だ。けれど。

「キラがいなければ…あんな馬鹿な真似はしないのかもしれない」

二度目の大戦。フリーダムとAA、そしてエターナルの修復、隠匿。新型MSの製造。一国の元首の誘拐。テロ行為。強制される世界に反対し、力で捩じ伏せ、勝ち取った勝利。そしてラクスはプラントの最高評議会議長に就任し、キラにザフトの白を与えた。
アスランの記憶の中のラクスは、キラとカガリと手を取り合い世界に平和の歌を響かせている。それは今の所順調だ。表面上は、だが。水面下では世界は様子を見ているだけで。隙を狙っているだけで。そのためラクス達の平和は表面上だけ築き上げられ、土台は脆くできていた。

分かっていたことだ。アスランはギルバートの思想に同調できなかった。けれど実はラクス達にもできなかった。ただ他に行くところがなかっただけ。そしてギルバートを止めたいという気持ちは同じだったから。
それだけだったから、ラクス達の平和への導きが必ずしも上手くいくとは信じていなかった。もちろんできることはしようと決めていた。決めていたけれど、いつかラクス達の導きは、ラクス達の平和への活動は破綻するだろうとも思っていた。そうなればラクス達はどうなるだろうか。考えるだけで恐ろしかった。だからそうさせないためにどうするか。それをいつも考えていた。

「…っ」

マリュー達AAクルーのことは嫌いではない。その人となりは好ましいものだと思っている。けれど、ラクス、キラ、カガリと比べるとどうか。比べるようなことではないのだけれど、敢えて比べる。天秤はどちらに傾く?

「…ラスティ」
『ああ』
「悪かった。行く」
『了解』

ここにいるマリュー達には関係ないことだろう。けれどアスランは今ここでAAを捕獲することに罪悪感を持っている。罪と、裏切りと感じている。責めてくれていい。憎んでくれていい。それでも、決めた。
MAに変形してAAに向かう。並んだMAにはラスティ。

『俺はお前にAAと戦わなくていいって言ってやれない。その代わりじゃないけどさ、アスラン。お前が罪だって、裏切りだって感じてるそれを、俺も一緒に背負うよ』

向かってきたMAを避けて、ラスティのMAが相手をしている間にAAに。そして…。

これが夢だったらよかったのだろうか――それだと喪うものが多すぎる。
これが現実でよかったのだろうか――裏切ったという思いがのしかかる。

この世界に生きるキラもラクスも知らない。彼らの辿った道を、彼らが味わった辛苦を、彼らが決めた覚悟を。それら全てを無理やり捻じ曲げた男がいることを。

それを罪と感じながらも、後悔なんてして…いない。

end

リクエスト「運命時代の記憶を持ったアスランが種でAAを撃つ」でした。
ラスティが目立っててすみません。戻るならラスティが生きててほしい。生きてるならアスランの心の支えに!という我がままのせいです。撃つAAにキラ込みだったら、ますますすいません!

キラがストライクに乗らないというだけで、結構未来が変わるよなあと思いました。AAはきっとあんなに長く逃げられなかった。ラクスだってキラと会ったことで、自分がしようとしていたことを若干変更したんじゃないかなあ。そんなことを思いました。

リクエスト、ありがとうございました!

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