それはささやかな願いで、同時に欲深い願い。




行かないで、行かないで。どうか行かないで下さい。
ここに。お願い、ここにいて下さい。

わたくしを見てなど言いません。
わたくしを愛してなど言いません。
ここにいて下さるだけでいいのです。

誰を見ていても構いません。
誰を愛していても構いません。
ここに。どうかここにいて下さい。

わたくしの見えるところに。
わたくしの聞こえるところに。
どうか、どうかお願い。


それだけでいいのです。










「ラクス」
「アスラン」

ミネルバが寄航した基地から少し離れたところにアスランはいた。
ちょうど一日の休暇をもらい、部屋に閉じこもっているよりはと街へ出た。そこに現われたのだ。
ラクスに贈ったたくさんのハロ。そのうちの一体、ラクスがネイビーちゃんと呼んでいたそれが。
驚いて、思わずラクス?と声を洩らせば、アスランにまとわりついていたネイビーが反応し、
アスランをラクスの元へと案内するかのように動き出した。
その先にラクスがいると思い、とりあえず追いかけたが半信半疑ではあった。
だからそこにラクスが一人立っていたのにますます驚いた。

「何故、あなたがここに。キラはどうしたんです?お一人ですか?」
慌ててラクスに駆け寄ると、ラクスがくすっと笑った。
「まあ、アスラン。そんなに立て続けにおっしゃられましたら、わたくし答えられませんわ」
「あ、すみません・・・じゃない!ラクス!」
「はい、アスラン」
ラクスがただただ嬉しそうに微笑んだ。それにアスランは言葉を失くす。
「ラクス?何かあったんですか?」

様子が可笑しい。
そもそもラクスが一人でこんなところにいることが可笑しい。
ラクスは心配そうな顔になったアスランに、そう、ですわねと小さく首を傾げた。
そしてそっとアスランの頬に手を寄せた。

「ラ、クス?」
「わたくし、キラ達とお別れしてまいりましたの」
「お、別れ?」
「はい」

アスランが軽く目を見開き、頬にあてられた手をそっと掴んで、そのまま下ろすと、ラクスが哀しそうに微笑んだ。
そしてアスランの胸に顔を埋めた。


「ごめんなさい」


「・・・ラクス?」
訳が分からない。理由を。そう、理由を知りたい。
何故ここにいるのですか。何故一人なのですか。お別れとはどういうことですか。何故謝るのですか。
けれどラクスの肩が震えている。
だからそれを全て後回しにして、アスランはラクスをそっと抱きしめた。
ラクスが一瞬体を硬くし、そして今度はぎゅっとアスランに抱きついて泣いた。




それが歓喜であったことは、ラクスしか知らない。








アスランがいない。いないいないいない。

わたくしの見えるところに。
わたくしの聞こえるところに。
どこにもいない。

キラが哀しそうな顔をする。

『アスラン、ザフトに戻ったんだ。僕らと一緒にきてくれないって』

カガリさんが嘆く。

『あいつ、私達が犠牲を出したって。そんなことせずにオーブに帰れって言うんだ!』

そうして慰めるクルー達。
慰めて、アスランもきっと分かってくださいますわと微笑むわたくし。
その心が荒れ狂っていたことを、一体誰が知っていたろう。

いやいやいや。あなたの姿が見えないのなら、わたくしがここにいる必要はないのです。
ああ、あなた。あなたの声が聞こえないのなら、わたくしがここにいる理由はないのです。

いつもいつもそう。戦争があなたを連れて行く。
あなたはいつも戦場へと去って行く。わたくしに背を向けて。
待っていればあなたは帰ってきてくれる。
でもいつまで待てばいいの?ずっとずっとあなたの帰りを待って待って待って。
そして。

ああ、わたくしが追いかけていけばいいのですね。

そう思って。
そう。そうなのです。平和を願ったのです。終戦を願ったのです。


あなたを取り戻すそのために。


あなたといたくて戦場へと追いかけて。
あなたと共にいるためにあなたを突き放して。
あなたとの繋がりが切れることがないようにキラを癒した。
そのことであなたがわたくしから心が離れてしまっても。
カガリさんを選んで、微笑んでいても。
それでもあなたが側にいてくれさえすればよかった。

平和の歌姫。癒しの歌姫。平和の象徴。
もうそんな『歌姫』は存在しないのです。
存在するのは愛するあなたの側にいるためならばなんでもする『女』だけなのです。
だから、あなたがいないそのことに耐え切れなくなったその時に、わたくしは裏切った。
キラを。カガリさんを。そしてわたくしを信じ慕ってくださる方々を。










「どうして、ラクス!どうしてこんな」

キラが泣きそうな顔で叫ぶ。
ラクスは微笑む。

「わたくしは、キラ。あなた方とは一緒に行くことはできません」

カガリが分からない、と頭を振る。
ラクスは微笑む。

「だめなのです。あなた方が、ではなく、わたくしが。わたくしはもう耐えられない。
そうです。そもそも初めから間違えたのです」

AAクルーが呆然としている。
ラクスは微笑む。

「わたくしが持っていた繋がりは、他人がこの手に渡して下さったもの。だからこそ不安でした。
他人によって簡単に断ち切られるのではないかと。そんな時でした。
わたくしではない何かと強い強い、めったに執着を示さない彼が執着を示す繋がりの糸を持つ方に出会ったのは。
わたくしは思いました。ならばこの方といればわたくしの持つ糸が断ち切られたとしても、
まだ別の糸がこの手に残るのではないか、と」

何を言っているの、とキラ。
何の話だ、とカガリ。
訝しげな大人達。

「愚かと分かっていたのです。それでも欲しかったのです。
けれどそれもわたくしの目に見えなければ意味はない。聞こえなければ意味はないのです。
だから、わたくしはここでお別れいたします」

ラクスは微笑む。
幸せそうに、誰一人として見たことのない至上の喜びをその身に受けているかのような微笑み。




「愚かな女と、最低な女と思って下さいませ。わたくしは所詮、わたくしの想いだけを大切にしているに過ぎないのです」




どうか側において下さい。あなたの側に。
そのためならばこの身を利用されようと構いません。
だから、アスラン。どうかわたくしを側に。

わたくしを見て下さい。
わたくしを愛して下さい。
わたくしを側に置いて下さい。

あなたの、側に。





end

ラクスはこの後、アスランといるためにあえて議長に利用されることを選びます。
ミーアと二人で活動したり、ミーアと別々の場所で活動したり。
それはばっさり切ってしまったんですが、いつか書いてみたいです。

一応、灰色部分は上から下にかけて時間が過ぎてますが、黒色部分は上から下にかけて時間を遡ってます。
時間軸は不明ですが、ラクスはエターナルとはまだ接触してません。

リクエスト、ありがとうございました。

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