ねえ、どうしてと少女が泣く。


オーブ代表の隣に立つラクス・クラインは言う。
今プラントにいるラクス・クラインの言葉に惑わされるなと。

混乱する。
どちらが本物?どちらが偽者?
堂々と言葉を放つラクス・クライン。怯えたように目を揺らすラクス・クライン。
答えはすぐに出た。


「ラク、ス…様?」


プラントのラクス・クライン、いや、ラクス・クラインを騙った少女が呟いた。そして嘘、と後ずさった。

「AAと…一緒?嘘!」

少女は自ら偽者だと宣言したも同然の言葉を発したことに気づいていないのか、しきりに嘘と繰り返す。
プラントの国民ははっきりと知る。少女に騙されていたこと。
よりにもよって少女はラクス・クラインの名と姿と声を偽って、心の安寧たる彼女を汚した。
湧き上がるのは当然、怒り。なのに少女の叫びに一気に冷めた。




「アスランを堕した艦に、あなたはいらっしゃると言うんですか!!」




アスラン。アスラン・ザラ。ラクス・クラインの婚約者だ。
どうしてここに彼の名が出てくる?堕した?AAが?そのAAと一緒にラクス様が?

「どうして、どうしてですか!あたし、ずっと信じてました。あなたがプラントに帰ってきてくださること!それまでの間、あなたの代わりをしてほしいって。プラントにはあなたが必要だからって!」

少女が泣いて、叫ぶ。
プラントに帰ってくることを信じていた?それはプラントにラクス・クラインがいなかったと言っているように聞こえる。
いや、いなかったのだ。何故ならここ最近、少女しか見ていない。雑誌もテレビも何もかも、少女しか見ていない。
少女が現れるまでは、その姿はおろか声すら聞いた日はなかった。

「あなたはオーブにいらっしゃると聞いてたけど、でも!どうしてですか!プラントは撃たれたんです!また核を撃たれたんです!オーブだってミネルバを撃ってきました!代表を送り届けたすぐ後に!」

なのにあなたはまだオーブにいるんですか。大西洋連邦の同盟国に、プラントを撃った大西洋連邦と同盟を結んだ国に!!
そう叫ぶ少女の声は、国民に衝撃を与えた。
そう、そうだ。プラントは、我々は死ぬところだった。

「アスランは!アスランはプラントを守るために戦ってた!オーブのことだって守りたいって戦ってた!あなた達がいたからよ!あなた達のことだって守りたかったから!だから!なのにアスラン責めて!撃って!戦場に介入してきたのはそっちのくせに!国にも戻らないで泣いてただけの代表のために、国に帰れって言ったアスラン堕して!」

国にいない代表に何ができるのだ。
戦闘を止めたい。オーブ軍を退かせたい。なら国へ帰れとと言ったアスランに何の間違いがあったのだ。

「なのにあなたは、そんな彼らと一緒にいるなんていうんですか!」

少女の悲痛ともいえる叫びに、けれどラクス・クラインは微かに眉をひそめただけ。
そして静かな声で、少女に告げる。

「カガリさんは平和を願っていらっしゃいます。ですが、その気持ちを分かってくださる方があまりに少なかったのです。 ですから国に戻れませんでした。戻ればカガリさんは実権を奪われ、オーブの理念を貫き通そうとされる意志を汚されたことでしょう」

ラクス・クラインが悲しいことです、と目を伏せた。

「ですから、カガリさんの意志をしっかりと伝えることを必要としたのです」

その甲斐あってか、オーブの軍人はついてきてくれた。
たくさんの軍人を艦を失ってしまったのは辛いことだ。けれど彼らはその身をもってオーブの三度の出兵を防いでくれたのだ。カガリの意志を受け取って。

「アスランは確かに守りたいと、再び軍服を身に纏われたのでしょう。ですがアスランはカガリさんの意志を、わたくし達の願いを遮ろうとなさいました」

「…だ、から、堕されても仕方がないと、あなたがおっしゃるんですか、ラクス様」

呆然とする少女。呆然とする国民。
婚約者ではないか。仲睦まじい様子を覚えている。二人手を取り合って微笑んでいた姿を覚えている。
なのに自分と意見が違った。それだけで堕してしまえるのか、婚約者を。

ラクス・クラインは、そうではありませんと緩く首を横に振った。

「フリーダムのパイロットは、アスランに分かっていただきたかっただけなのです。聞いて、考えていただきたかっただけなのです。本当にその道でいいのか。軍に復帰して、戦って。そうして本当に守りたいものを守れるのか。平和を得られるのか」

ただその想いでしたことなのだ、と微笑むラクス・クラインに、プラント中がぞっとした。
少女が力を失ったように座り込んだ。見ていて分かるほどに震えている。そして酷い、と呟いた。
婚約者だ。婚約者のことだ。なのにラクス・クラインはフリーダムを擁護するのだ。微笑みさえ浮かべるのだ。
少女は泣き出しそうに顔を歪めて言った。図らずも同じことを脳裏に浮かべた国民の声を代弁するように。




「あなたは、オーブの味方…なのね?」




だからアスランを切り捨てる。プラントを切り捨てる。そういうことなのね。
震える声で少女が言えば、ラクス・クラインが悲しそうな顔をした。

「そうではありません。わたくしは誰かの味方をしているのではないのです。わたくしが願うのは平和です。争いのない世界です」

憎しみが憎しみを生む世界を終わらせたい。
ナチュラルもコーディネーターもない、同じ命あるものだと気づいてほしい。ただそれを願い、歌うのだ。

けれど言葉に説得力は見出せない。国民が知ってしまったからだ。

誰の味方でもない、プラントの歌姫――オーブ代表の隣に立って、
ミネルバを撃ったオーブを庇う、平和の象徴――まるでオーブは何も悪くはないと言わんばかりに、
アスランを堕したフリーダムを庇う、プラントの未来――微笑みあった婚約者すら切り捨てる。

それを、知ってしまった。

「どうか考えてください。戦う者は悪くない、悪いのは全て戦わせようとする者。それは本当でしょうか?悪いのは彼ら、世界、あなたではないのだと語られる言葉の罠にどうか陥らないでください。我々はもっとよく知らねばなりません。デュランダル議長の真の目的を」

ラクス・クラインが厳しい顔でそう言うと、映像が切れた。
残されたのは呆然とする国民。大きく見開いた目から流れる涙で頬を濡らした少女。




「あなたは、アスランを切り捨てて。そして核の恐怖に、死の恐怖に再び怯えたあたし達にも、癒し一つくださらないのですね」




少女の力ない言葉が、頭に酷く大きく響き渡った。


* * *


本物のラクス・クライン。偽者のラクス・クライン。
それが大事だ。ラクス・クラインを騙った偽者を許してはいけない。

そう思うのが当然だった。考える必要もないくらいに当たり前のことだった。
けれど本物のラクス・クラインはプラントにはいない。プラントの敵国で平和を歌う。
ロゴスの党首を匿った国の代表の隣で、本当にロゴスが悪いのかと。お前達は本当に悪くはないのかと問いかける。
このままではオーブが世界中の敵となってしまう。だからその言葉はオーブを守るためのものに聞こえてしまった。
デュランダルを名指しすることで、世界中の敵意の矛先をオーブからプラントへと向けようとしたように聞こえてしまった。




プラントの歌姫、プラントの平和の象徴。そう呼ばれ、慕われた彼女は、オーブを守るためにプラントを生贄にした。




プラントの国民はそう判断した。




「ミーアが受け入れられたんですって」

ふらふらっとした足取りでソファに座ったミーアの顔色は悪い。
何とか見せる笑顔も力なく、アスランは苦しそうに眉を寄せてミーアの前に膝をつく。
そしてミーアの髪を撫でると、ミーアと呼ぶ。

「ミーアがプラントの歌姫なんですって」

そのまま頬に下りてそっと撫でて、顔を近づけると、アスランはもう一度呼ぶ。

「ミーア」

ミーアの瞼が揺れた。そしてゆっくりと伏せられていた目がアスランを見る。じっと見て、そして顔が歪む。

「うれしいって、思えないの。ラクス様がプラントのために歌ってくださらないなら、ミーアがラクスでいいじゃないって思ってた。なのにうれしいって思えないの」

どうしてかしら。そんなミーアをアスランは抱きしめる。抱きしめて、髪を撫でる。

「君は、ラクスが好きだったんだな」
「プラントでラクス様が嫌いな人なんていないわ」
それにそうだな、と小さく笑って、だから君は喜べないんだ、と続ける。

「君が歌姫だと国民に認められたということは、ラクスがプラントの歌姫としてふさわしくないと認められたということだ。ラクスがふさわしくないと認められたということは、ラクスがプラントを裏切ったんだと認められたということだ。国民が慕ったラクス・クラインに裏切られたと、皆が感じたということだ」

だから喜べない。そう言えば、アスランの腕の中でそういうことなのね、とミーアが小さく頷いた。
そしてアスランの胸に顔を埋めて、小さく笑う。

「なら笑わないとだめよね」
「え?」
「ミーアが歌姫なら、ミーアは笑わなきゃ。皆、辛いもの。苦しいもの。悲しいもの。だから少しでも和らぐように、ミーアは笑って歌って皆に元気になってもらうの」
「…そうか」
「そうなの」

腕の中でミーアが身じろぐ。少し腕の力を緩めれば、ミーアが顔を上げて笑った。
今度はいつものミーアらしい向日葵のような笑顔。けれどそれもすぐに揺らぐ。

「だからアスラン」
「ああ」
「今は泣いてい?」




「いいよ」









プラントの国民は選んだ。
ラクス・クラインはプラントの歌姫に非ず。
我らの歌姫は、我らのために歌った少女。ラクス・クラインに怒って、泣いて、叫んだ少女。
彼女こそが我らの歌姫。プラントの歌姫。


今は恋人の腕の中、泣いているけれど、次に姿を見せる時はきっと笑顔で。

end

リクエスト「アスミアでミーアが自らラクス代役を暴露。プラントはミーアを自分達の歌姫と認める」でした。
こんなしんみりした終わりになるはずじゃなかったのに…おかしいな(汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

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