もう一人のMermaid




目が覚めたら二年の年月が経っていた。
そうと気づいて一番に思ったのは会いたい。キラに会いたい。
けれど長い間寝たきりだったせいで、衰えた筋肉は動くことを許してはくれなかった。
動けるようになって日常生活を送れるようになるまでには、じれったいほどの時間を必要とした。
キラに会いにいける。そう思った瞬間、要した時間すら霞んで見えたけれど、長い長い時間だった。

走って、走って、走って。まだ少し思い通りには動かなかったけれど、ただ走った。
今の世間の状況を学ぶよりも、会いたくてたまらない人の下へと走った。
会いたい、会いたい、会いたい。
そればかりだった。それ以外、頭に何もなかった。だから考えもしなかったのだ。




キラの隣で微笑む誰かがいることを。




「馬鹿ね」

笑う。
キラの隣で不安そうにしているラクス。
幸せに過ごしていたキラとラクスに影を落とした。
笑う。
自分のことばかり考えて、そうして誰かに不安を与えて。
ラクスに時々、揺れる目でキラを見つめさせるような真似をした。

海辺をなぞるように歩きながら、フレイは海を眺める。

キラが好きだ。けれどキラとの関係は互いを傷つけあうものだった。
元々キラに近づいたフレイの目的は、キラを癒すことではなかった。好意どころか悪意をもって近づいたのだ。
なのにキラを好きになった。
それはフレイの勝手で、キラはフレイとの関係を間違ったと言った。だから終わりにしようと彼は言ったのだ。

「馬鹿ね」

なのにそのことも忘れてこんなところまでキラに会いにきた。

満足しなければいけない。キラはフレイの生存を喜んでくれた。
それだけで十分と、満足しなければいけない。

「そろそろ帰らないとだめね」

いつまでもここにいるわけにはいかない。
キラとラクスのためにも。そして自分のためにも振り切らねば。キラのことは振り切らねば。

そうして笑って、

目を閉じた。




ふらふらっと海辺を散歩して、そろそろ孤児院に帰らなければと踵を返す。
あまりに長い間外にいるとキラが探しにくるのだ。心配そうに走って。
それはフレイを喜ばせると同時に悲しませた。

心配してくれるのは嬉しい。息を切らせて走ってきてくれるのも嬉しい。
けれどそれはフレイを好きだからじゃない。フレイと同じ好きの気持ちからではない。
キラにはラクスがいる。可愛い恋人がいる。その恋人の不安に揺れる目を見るのも辛い。
今の自分の立場を否が応にも自覚させられるからだ。だからキラが走ってくるまでに帰らなければ。

そう思って顔を上げると、こちらに向かって歩いてくる一組の男女を見つけた。
フレイと同じキラ達の客人。アスラン・ザラとミーア・キャンベル。

プラントからキラ達に会いにきた彼らと話したのは、キラから紹介された時だけだ。
彼らと話すことはないし、フレイとアスランの間には因縁がある。

フレイはアスランに最愛の父を殺された。目の前で父の乗る艦が堕とされるのを見た。
あの絶望を恐怖を悲しみを今も覚えている。そして自分の中に侵食してきた憎悪を覚えている。
けれどアスランを仇と思うには時間が経ちすぎた。そして色々なものを見すぎた。
コーディネーターをただ化け物と嫌悪していた頃とは、あまりに変わりすぎた。

憎くないわけではない。大切なたった一人の父だった。
けれど誰もが戦っていた。大切なものを守るために命をかけて。
それを知ってしまったから…けれど話せば憎しみが堰を切るようにも思えた。だから話さない。
そう決めた男がこちらに気づいたのか、ミーアからフレイへと視線を動かした。

目が合った。

二人固まって、降りる沈黙。
それにミーアが気づいて、アスランを見てフレイを見た。そして迷ったように首を傾げながら声をかけてきた。

「おはよう」

アスランと視線が外れたことにホッとしながら、おはようと返す。それだけ。
フレイは足を進めて二人の側を通り過ぎる。アスランとはもう目が合わないし合わせない。
ミーアも何も言わない。知っているのかもしれない。アスランとフレイの因縁を。
しばらく歩いて振り返ると、二人はまた歩き出していた。ゆっくりと歩を進めて、手を繋いで仲良く。

ミーアに初めて会った時、驚いた。ラクスと同じ顔、同じ声。浮かべる表情は全然違ったけれど、あまりにそっくりで。
事情はキラから聞いた。ラクスを演じるために全て捨てたのだと。家族も友人も自分も全て。
それはプラントの前議長に騙され、歌手になりたいというミーアの願いを利用したものだったのだけれどと。
けれどそうされるほど必要とされているプラントでのラクスという存在に驚かされた。
そんな相手を恋人にしながら、自然体でいられるキラ。プラント中から求められながらキラを選んだラクス。
自分が入る余地はない。そう思った。

視線の先でミーアがアスランの腕を引っ張って海へと入っていく。
アスランが慌てているようだが気にせず、きゃあきゃあと声を上げながら笑っている。
それを見て優しい微笑みを浮かべるアスラン。

そういえばキラがラクスをAAから返しに行った相手はアスランだと聞いた覚えがある。
それはアスランがキラの親友だったから。そう思っていたけれど、どうやらそれだけではないのではと思うようになった。
アスランが無意識なのだろう。ラクスをエスコートする場面を何度か見た。それを当然のように受け入れるラクスも。
キラは癖みたいなんだと笑うし、ミーアもアスランの腕に抱きつきながら、ばつの悪そうな顔をするアスランの頭を撫でていた。
まるで仕方がないわねと言わんばかりに。

そういう癖に覚えがあった。
父がそうだった。外に出る時はいつもフレイをエスコートしてくれた。
話しながらでも体が勝手に動くようで、フレイもそれが当然のように受け入れていた。
つまりアスランとラクスは、それが当然だと思える関係だったということではないだろうか。
そうでなければ他人の恋人にエスコートしたりされたりを恋人の前でするはずがない。
そしてそれを互いの恋人が仕方がないと許すはずがない。

「…どうやって今を受け入れたのかしらね」

二人はその仕草から上流階級の人間であることは間違いない。ならば恋人というよりは婚約者だろうか。
若いうちから婚約者がいるというのは、上流階級の人間にはよくある話だ。フレイにもサイがいた。
ならばラクスは婚約者を捨て、婚約者の親友を恋人に選び、アスランは婚約者とよく似た少女を恋人にしているということになる。
けれど彼らの間にぎくしゃくとしたものは感じない。
アスランがラクスを見る目は友人を見る目だし、ミーアを見る目は愛しさに溢れている。
ラクスもアスランに対して自然に話しかけるし、自然にキラに寄り添う。
あまりの自分との違いに少し顔をしかめてしまったが、彼らの中では納得済みのことなのだろう。
それを羨ましいと…。

フレイはキラに、コーディネーターに復讐することばかりを考えて、サイとは喧嘩別れのような形で終わってしまった。
サイのことが好きで、でも復讐心の方が強くて。キラに抱かれながらその行為を嫌悪したし、サイを想って泣いたりもした。
なのに気づけばキラが好きで。その時にはもう何もかもが遅くて。…結局、何も手元に残らなかった。

ミーアが足を滑らせたらしく、海へと落ちる。アスランがその腰を抱いて受け止めて難を逃れたが、
そのままの体勢で説教を始めたらしい。ミーアが項垂れた。

「…私も、いつかはああやってキラを忘れて誰かの隣にいることができるのかしら」

そう思って、小さく笑う。
今は考えられない。今はどうしてもキラを想ってしまう。振りきれ振りきれと呟きながらも、どうしても。

フレイはアスランとミーアから視線を外して、孤児院への道を歩く。
孤児院の玄関下でフレイと呼ぶ声に一歩一歩と足を進める。




ちゃんとこの想いは昇華してみせるから。




フレイはキラと孤児院のテラスで不安そうに立っているラクスに微笑む。

「明日、帰るわ」

え、と目を見開いた二人に、また遊びにきてもいい?と首を傾げて見せた。

end

リクエスト「Mermaid」の続編と「フレイから見たアスミア」を一緒にさせていただきました。
「Mermaid」は元々、矢印ばっかりでキラフレにするつもりもなかったのでこうなりました。
フレイから見たアスミアは、関係が関係なだけに本当に見てるだけになりました(汗)。
この話で唯一幸せに笑ってるカップルな気がします。

リクエスト、ありがとうございました!

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