『愚かだと思わないか、アスラン?』
『愚か、ですか?』
『人は争う。何のために?』
『守りたいものがあるからでは?』
『そう、守りたいものがあるから人は争う。では何を守りたいのだ?』
『何を?』

あれはいつ交わした会話だっただろう。
隊長と二人になることは多かったから、いつどこでが思い出せない。

『大切な人を守りたい。故国を守りたい。同胞を守りたい。中には己の矜持を守りたいものもいるだろう。
だが、アスラン。それら全ては人の欲だ』
『欲…』
『どのような理由があれ、人が争うその根源は人の欲。人の欲が為せる業。そう考えれば、人が存在する限り平和が訪れることはない』

そう言って嘲笑ったあの人に、俺は何も返せなかった。ただ黙ってあの人を見ていた。何も言えない自分が悔しくて拳を握って。
けれど今なら分かる。悔しかったのではないのだと。哀しかったのだと。
反論したいのにできない。それはあの人放つ言葉ほどの強さを持っている言葉が俺の中にないからだ。
それゆえにあの人に俺の言葉は届かない。そんな自分が哀しかったのだ。

「俺は、あなたの存在一つでこうも動かされるのに」

痛む胸は。
洩れた笑みは。
顔を覆う両手は。

もう全部全部あなたのために捧げよう。

狂愛

目の前を光が点滅する。小さな光、大きな光。様々な光が至る所で点滅を繰り返している。それは暗い暗い背景によく目立つ。
それを眺めるのは一人の男、一人の青年。男は口元に笑みを浮かべて、青年は無表情にその光をただ眺めている。
男の名はラウ・ル・クルーゼ、青年の名はアスラン・ザラ。ザフトにおいてひとつの隊を任されている男とその部下だ。
光の元には彼らの隊がいる。そして命を懸けて戦っているのだ。誰が敵で誰が味方かも分からない戦場の上で。

「アスラン」
「はい」
「世界は滅びる」
「はい」

そう仕向けた。
多少のイレギュラーはあれど、大方クルーゼの筋書き通りにことは運んだ。
もうすぐだ。もうすぐクルーゼの望みは叶う。クルーゼが笑う。
アスランはそんなクルーゼに顔を向けて、隊長、と呼びかける。

「そろそろあいつがくる頃でしょう。私も出ます」
混戦している戦場から一人だけこちらに向かってくるものがいる。アスランがおびき寄せた、といってもいい。
クルーゼは無表情の部下を見下ろす。
「それほどに彼が大事か?アスラン」
どこの誰とも知れぬものの手ではなく、己の手で殺すことを望むほど。
婚約者も友人も仲間も父親も故郷も。全て全て捨ててクルーゼだけを選んだアスランは、けれど今この時になっても幼馴染を捨てなかった。さりげなく彼をフォローしていたことも知っている。
アスランははい、と頷く。
「あいつは私の幸せの象徴でした。ただのアスランとして過ごせた唯一の時間でした。だからこそこの手で殺す必要があるのです」
あなたを選んだその日から決めていた。
大切な大切な宝物。それを木っ端微塵に打ち砕くことを。そのために今日まできた。
その言葉にクルーゼがくっと嗤う。
「ならば行ってきたまえ。君を構成する最後の砦を壊しに」
「はい」
敬礼をしたアスランから視線を外し、クルーゼは再び点滅する光を眺める。
カツン、と音が耳に届く。音は次第に遠ざかり、とうとう聞こえなくなった。

「愚かだな、アスラン。だが同時に君ほど愛しいものもいまい」

クルーゼを選んだがためにアスランは心から血を流している。感情を壊している。
それでもクルーゼから離れようとはしないアスランは愚か。愚かだからこそ愛しい。

「最期まで君にはつきあってもらおう」

だから必ず戻りたまえ。

* * *


どうしてこんなことに!! キラは泣きたい気持ちを押し殺してフリーダムを操る。
刃を交わす相手は赤い機体、幼馴染が操るジャスティス。

「アスラン!もうやめて!!」

ザフトに所属するアスランは敵であるキラを影ながら助けてくれていた。
敵対していても彼は昔のまま。優しいアスランだと思っていた。
戦いたくない。一緒に戦おう。そう言いたくても不思議なほどアスランと対峙することはなくて。
だから影で助けてくれるアスランのためにもこの戦争を止めてみせると誓った。
ザフトにいるアスランにはできないことがキラにはできる。だからこそアスランは助けてくれたのだと。キラにそれを託してくれたのだと。そう信じて。
なのに!!

「どうしてこんなことするの!ずっと僕を助けてくれてたじゃない!なのにどうして!」

日々拡大していく戦争。
世界は今滅茶苦茶だ。誰が敵で誰が味方か。それすら分からないくらいに滅茶苦茶だ。まるで誰かが世界を掻き混ぜたかのよう。
その誰かがアスランなのだと知った。
信じられなくて。信じたくなくて。だからこうしてアスランを追ってきた。
それがアスランの描いた筋書きなのだと気づかずに。

「なあ、キラ。大切なものがあるだろう?」
「あるよ!あるから戦ってるんだ!」
「そうだな。あるから戦ってるんだよな」
俺だって同じなんだ、とアスランが嗤う。
ぞくっとした。
こんな笑い方をアスランはしただろうか。嘲るように、突き放したように。
「あの人が欲しいんだ、俺は」
「…え?」
「あの人が欲しい。だから俺は戦うんだよ、キラ」
「何を言ってるの…?」
欲しいんだ、とアスランがまた繰り返した。
「あの人はこの世界がある限り傷つくんだ。憎み続けるんだ。俺のことは見てくださらないのに、この世界のことはいつだって見ていて、いつだって頭を占めていて」
だから滅ぼす。
あの人の願いだから。それだけじゃない。俺の望み。俺のための。

「全て滅ぼせば残されたものに目をやらざるを得ないだろう?」

だから俺は戦うんだよ、キラ。
そんな言葉に怒りは湧かない。怒りではなく恐怖。
これは誰だ。アスランじゃない。だってアスランはこんなこと言わない。

「お、かしいよ。可笑しいよアスラン!そんなの可笑しい!」
「そうだな。分かってる、俺は狂ってる」
「なら!今からでも遅くない!戦争を止めて!」
「もう止まらない」
「止められる!!」
一緒に戦おう。
その言葉が可笑しいことは分かっている。だって戦争を悪化させたのはアスランだ。でもだからこそ、だからこそ償いの意味も込めて戦争を止めて、平和を取り戻すために力を貸してほしい。
大好きな親友。大切な幼馴染。どうかあの頃の君に戻って。
そう願って声を張り上げる、のに。

「嫌だ」

「アスラン!!」

「だってようやくここまできたんだよ、キラ。あの人の側には俺一人だ。俺だけなんだ」
なら後少しだ。そうだろう?
その声が恍惚を帯びているように聞こえて、再び恐怖する。そして頭を横に振って、そんなの!と返す。
「その人が誰かなんて知らない、けど!でも!全部終わった後に君だって殺されるかもしれないんだよ!?」
絶対にアスランを見てくれる、なんて保証はないのだ。
アスランを利用しているだけではないのか。アスランの自分を想う気持ちを利用して、そうして自分の望みを果たそうとしているだけではないのか。
なのにアスランは嗤う。

「それでもあの人は最後に俺を見るだろう?」

「アス、ラン」
もう駄目だ。
そう思った。アスランはもう駄目だ。
キラは歯を食いしばる。
アスランにはもう何を言っても届かない。もう何を言っても止められない。
ならば、目の前の赤いMSを睨みつける。頭のどこかで何かが割れる音がした。

「なら、僕が君を撃つ!!」

これ以上こんなアスランを見ていたくない。


* * *


しん、と静まり返った宇宙に漂うのはすでに塵と化した物体だろう。
元は戦艦であったもの、MSであったもの、MAであったもの、そして人であったもの。
この中に一体どれほどの命が息づいているのだろう。探すのは困難だ。
もう点滅する光が見えない暗闇を眺めながらクルーゼは口元を上げる。そしてカタ、という物音に振り返った。

「戻ったか、アスラン」

返事はない。
けれど入り口にもたれるようにして立っているアスランがくっと呻いた。生きている。
傷だらけだ。血が流れ足元に血溜まりを作っている。息も絶え絶えな様子のアスランは床に膝をついた。
近づいて同じように膝をつく。そして手を伸ばして顔を隠している髪を掻きあげると、新緑の目がこちらを見上げた。

「キラ・ヤマトはどうした?」
「…殺し、ました」
「そうか」
けれどこの様子ではアスランの命も危うい。よくもここまで帰ってこれたものだと思いながら、アスランの答えに満足して笑む。
「アスラン」
「は、い」
「ならば君はもう私のものだな」
「隊、長?」
何を、と言いたげな声に答えず、もう力の入らない体を抱き寄せる。
白の軍服にアスランの血が移り、赤へとその色を変えていく。
「たい、」
「戦場は静かだ。今命あるものは数えるほどしかいまい」
「そう、で、すか」
アスランが目を閉じる。髪を撫でてやればまた開かれる目。
「私の望みは叶った。世界は滅ぶ」
「はい」
「残る望みも叶った」
「…ほか、にも、望み、が?」
見上げてくる目に笑う。

「アスラン・ザラ。君に残されたものは私だけだ」

その言葉の意味を悟ってか、アスランが目を見開いた。そして笑った。幸せそうに。
頬を撫でて唇に己のそれを落とせば冷たい感触。
ああ、もうこの命は尽きる。

「たい、ちょう」
呼ぶ声を封じるように今度は深く口づけて。
頬に置いた手を、抱き寄せていた手を白い首に。
呻く声。けれどそっと閉じられた目。抵抗はない。

「その命すら私に捧げろ、アスラン」

微かに開いた目が微笑んだ。

後はもう動かぬ肢体を腕に抱いて、近づく寿命の終わりまで静かな宇宙を眺めて時を過ごすだけ。

end

リクエスト「クルアス(ザラ設定)でZAFT・オーブ・地球軍すべてを滅ぼしてしまう話」でした。
え、と。あの、あれえ?何で最後こうなったのか書いた本人にも分かりません(え)。
おまけにアスラン、あれザラ?狂アスじゃなくて?もっと酷い人にするはずだったのに、狂ってますね(汗)。
…クルアス完全なる愛の成就な話でした。

リクエスト、ありがとうございました!

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