「これから子育てをしようと思うのだが」

雲のリングを持つ男は、雲の名を体現するかのようにふらふらと世界中を飛んでは、気紛れにボンゴレへ足を踏み入れる。
今日はその気紛れが働いた日だったが、それを持ち前の超直感で悟ったのかどうか、待っていたようにボスが言った。
雲たる男は、ボスが羽交い絞めにしている黒い物体を目にするなり回れ右をした。そして後ろから飛んできた炎を避ける。
眉を寄せてボスを見れば、ボスは相変わらずの無表情でもう一度、淡々とした口調で言った。

「これから子育てをしようと思うのだが」

そして言った。




「手伝え」




子育てしましょ




ボスが羽交い絞めにしていた黒い物体は子供の姿をしている。
年の頃は六歳くらいだろうかと思ったが、ボス曰く十歳らしい。どうでもいいが。
その十歳らしい子供は、警戒した猫のように部屋の片隅でこちらを睨みつけている。
けれどボスも雲も気にせずティータイム中だ。
二人向かい合って互いに紅茶を一口飲むと、ボスが口を開いた。

「暇だろう」

ビュッと雲がスプーンを投げた。それをひょいっとボスが避ければ後ろの壁に刺さった。
スプーンの柄の部分しか見えないそれは、当たっていればどうなっていたのだろうか。
目を見開いてそう思ったのは子供だけで、ボスは普通に紅茶を口にした。慣れている。
雲は悔しそうにするでもなく足を組み替えると、確かに暇ではあるがと息をつく。

「子供の育て方など知らない」
「俺も知らない」
「お前が育てる義理がどこにある?」
「気に入った」

その答えにお前らしいな、と雲が眉を寄せた。
ボンゴレリングを与えられた守護者からしてそういう理由で選ばれているのだ。
国王、宗教家、ライバルマフィアなど、ボスが気に入ったという点を除けば守護者に統一性はない。
雲とて何を生業にしているのかも分からない男だ。それでもボスが気に入った。だから雲の守護者。
ならば子供を拾って育てるという理由が『気に入った』でも納得するのが当然だ。

「まあ、暇つぶしに手伝いはするが…」
そう言いつつ子供を見れば、キッと睨まれた。
「言っておくが、いつもの様に黙って姿を消すな」
「何故?」

「子育てには二親が必要だ。Mamma」

ぶんっと今度はティーカップが投げられた。それはさすがに避けずに、ぱしっと手で受け止めた。
少し痛かったらしく、眉が寄ったボスは仕方がないとため息ひとつ。

「わがままだな」
「そういう問題か」

そうして二人は普通の会話に戻っていった。
部屋の片隅では子供が一人、何こいつら、と言わんばかりの顔で眺めていた。


* * *


『衣食住を提供してやる。その代わりに守護者になってもらう』

ぽかんとした子供は、我に返るなり部屋から飛び出そうとした。
羽交い絞めにして命の危険はお前の元の暮らしと変わらんから構わんだろう、と言ったところで、雲の気配を感じた。
ちょうどいいところに、そう思って、ドアを開けた雲に挨拶するより先にこれからの予定を告げた。

「酔狂だな」

雲が子供の頭を鷲掴みにしているのは、子供が近づいた雲から逃げようとしたからだ。
じたばたと暴れる子供は手も足も雲に届かないせいで、床で駄々をこねる子供を連想させるだけの動きになっている。
けれどじっと子供を見ている雲に次第に怯えたようになる。それでもじっと見る雲。
それらを紅茶を飲みつつ眺めていたボスが軽く眉を寄せた。

「何かお前の興味を惹くものでもあったのか?」
「あった」
噂には聞いていたけれどとどこか楽しそうな声。それにへえ?とボスが目を輝かせる。

雲は気のままに世界をふらふら彷徨っているせいか、国や人種問わず様々な情報を持っている。
情報屋というわけではないのだが、時に洩らされる話がボンゴレにとって重要な情報であることもある。
だがその情報は雲の気紛れ一つで与えられるものだ。幹部などはドンボンゴレの守護者なのだから、
ボンゴレのためになる情報を与えるのは当然だと憤るが、ボス自身はそうでもない。
ボスが選んだ守護者は皆、ボスが気に入った相手だ。ありのままの彼らを気に入っているのだ。彼らの意に添わぬ変質は望まない。
だから幹部がどれほど騒ごうとボスはつまらなそうに言うのだ。気紛れでも情報を与えてくれることに感謝すべきだろうにと。

そういうわけで、彼の聞いた噂とは何だろう。どうやら子供にまつわるものらしい、と興味を惹かれるのは仕方がない。
雲が子供の頭を鷲掴みにしたままボスを振り返った。

「お前は相変わらず変わり者が好きだな」

ふん?と首を傾けたボスからまた子供に視線を戻して、雲は子供の頭から手を離した。
その瞬間、子供がだーっと走って雲から離れ、執務机の影に隠れた。




「あれは幻術が使える」




そうして何とか生き延びてきた子供だと雲が笑った。
ガタッと執務机の影で子供が怯えたようだが、ほおとボスは感心したように相槌を打った。
そして立ち上がって子供の元へと歩くと、子供がまた走る。けれどそちらには雲がいて、慌てて引き返せばボスがいる。
執務机の後ろを通ったせいで前はボス、後ろは雲。右手は執務机で左手は壁と逃げ場がなくなった。
ぐっと胸元を握って警戒心たっぷりに近づくボスを睨みつければ、ボスはしゃがみ込んで目を細めた。

「その調子で自分の身は自分で守れ。我が霧の守護者たる子供よ」

子供が目を見開いた。
ボスは子供の頭を撫でて、あれを見てみろと雲を指差す。つられて子供が雲を見るといつのまにだろうか。
雲はソファに座って、冷めた紅茶を口にしていた。

「あれは気のままに流れていく、どこで何をしているかもしれん男だ。だから雲の守護者と名づけた」
「雲…?」
「空を流れる雲そのままの男だ。何者にもとらわれず我が道を行く孤高の浮雲。お前は霧だ」
「霧」
「幻術を使うのだろう?実態のつかめぬ幻影。お前はそれを使って己が身を守る。だから霧だ」
何かをしろと言うわけではない。好きに生きればいい。ある程度育ったなら手を放そう。
ドンボンゴレの霧の守護者であることは変わりないが、どこで何をしていても構わない。そう言って立ち上がるボスに、子供は眉を寄せる。
「どこで、何を?」
「敵対したければすればいい」
雲が口を挟む。子供が振り返れば、雲が笑っていた。
「この男の守護者にはライバルマフィアもいるからな。私とて味方ではない」
「基本は傍観者だな」
当然のようにしれっと言う雲に、これまた当然のように頷くボス。それに子供は戸惑う。
この二人は可笑しい。初対面から可笑しいけれど、ずっと可笑しい。

路上で生活していた子供は、姿を見られた瞬間、暴力をふるわれることも多かった。
ある日、どうしてだったろうか。幻術を使えることが分かった。そのため身を守る術を得たが、今度は別の種類の人間が現れ出した。
養う代わりに幻術を自分のために役立たせよと手を伸ばす人間が。だからボスも同じだと思っていた。

たまたま目が合った。感情の見えない目がじっと子供を見てくるのに睨みつけて。
暴力をふるう人間には見えなかったが、人は見かけで判断してはいけないことを十分に知っていた。
だから優男に見える男でも油断はできない。この男が暴力をふるう人間か、幻術を目的にする人間かは分からないが、
どう逃げるかを判断するために男の動きを注意深く見ていた。
なのにこの男は軽く目を見開くなり一つ頷いて、気に入ったと笑ったのだ。
そして子供が行動に移る前に抱き上げられ、逃げようとする子供をボスと走ってくる男が運転する車に放り込まれた。
その挙句が守護者になれ、だ。そのくせ雲がどうして気づいたのかは知らないが、子供が幻術を使うことを知っても、
自分のために使えと言わない。幻術を使う子供に興味はあっても、幻術自体に興味はないらしい。あっさりしている。

雲とて同じだ。噂の幻術を使う子供が目の前の子供だと知って、けれどだからどうしたということもない。
興味深そうにしていたのは初めだけだ。それ以降はボスと同じくあっさりと子供から離れた。
挙句に、ボスの守護者だというのに味方ではないと言う。ボスもボスでそれでいいと言う。

可笑しな二人。

それが子供の警戒心を僅かに解いた。


* * *


「さあ、選べ」

両手を広げたボスが積み上げた服の数々を前に、子供が目を見開いた。そしてボスを見上げ、また服に目を落とす。
おそるおそる手を伸ばして服の山から一着摘み上げる。そしてぴしっと固まった。
「それがいいのか?なら着替えてこい」
いや、その前に風呂かと立ち上がったボスに、雲が背中に蹴りを入れる。
「よく見ろ。現実逃避しているだろう」
危うく服の山にダイブするところだったボスが現実逃避?と子供を見る。子供はいまだ服を手にしたまま動かない。
着方が分からないのか?と口にしたボスは、子供の性別が男で今子供が手にしている服が女物であることに気づいているのだろうか。
気づいているのだろう。ただ気にしていないだけだ。

「前々から思っていたが、お前のそれは大らかだ、器が大きいというよりも、何も考えていないだけじゃないのか」
雲がボスの背についた自分の足跡を横目に、適当に服の山から一着取り出すと、子供から女物の服を取り上げてそれを渡す。
それにようやく動き出した子供が雲を見る。
「着たいなら止めないが?」
女物を差し出す雲にふるふると激しく首を横に振った子供は、何がそんなに嫌なんだと不思議そうに首を傾げたボスに顔を引きつらせた。
それを無視して雲が服の山から女物を取り出し、ボスに投げる。ボスはそれを受け取りながら、自分の腕の中に積まれていく山を見下ろす。
「着ろと?」
「着れるものならばな」
処分しろと言っているんだ、と雲が最後の一着をボスに放る。
狙ったのかどうなのか、ボスの頭に乗ったそれをボスが頭を振って腕の中の山へと落とす。そして雲に一言。


「着るか?」


ビュンッと雲が内ポケットからペンと取り出し投げた。もちろん避けたボスに代わって壁に突き刺さったのは言うまでもない。
そんな二人を視界の内に、子供が遠い目をした。
この二人は真面目なのか不真面目なのか。仲がいいのか悪いのか。一体どちらなのだろう、と。
そんな子供の頭の中には、これから自分がこの二人に『育てられる』という事実はすっぽりと抜け落ちていた。


遠い空の彼方で誰かが十字を切った。憐れな子羊に幸あらんことを。

end

リクエスト「初代雲×初代大空で初代霧(10歳)」で
・自分たちの子供のように霧を溺愛。
・霧が人間不信なのを二人でなおしていく。
でした。…溺愛する前っぽいですね。でも兆しは見えます!見え、ませんか?(汗)

雲は雲雀さんっぽくなくてもいいというお許しをいただきましたので、好き勝手作らせていただきました。
朧気にあった雲が書いてる内に形になっていくのが楽しかったです。というか、漫才が楽しかった。
何でこんな雲空になったんだろう。

リクエスト、ありがとうございました!

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