「ようこそ、ネバーランドへ!」

彩り鮮やかな花畑の中、目が覚めたアスランが聞いた初めの声がそれだった。
突然のことに理解が及ばず、きょとんとするアスランに紫の瞳の少年、キラは笑った。

「僕も君も永遠の少年ピーターパンなんだよ」

と。




ティンカーベルの恋模様。




懐かしいなあ、と透き通るような青空を見上げ、アスランが呟く。
アスランのティンカーベルであるミーアが、なあに?とアスランの肩の上で首を傾げた。
ミーアと出会ってどれほど経ったろうか。この世界に存在するピーターパンという種族には、相棒たるティンカーベルが必ずついている。
ティンカーベルが生まれる花園で、自分が惹かれた花に触れるだけでいい。それだけでティンカーベルは生まれる。
そうしてアスランが触れた花から生まれたのがミーアだ。

「ここで目が覚めた時はキラの言ってることが理解できなくて、妄想の中で生きてる奴なのかと思ったなあ」
お伽話の主人公と自分を当て嵌めるなんて、現実逃避しないとやっていけないことでもあったのだろうかと、
ついつい可哀想なものを見る目で見てしまったものだ。
今思えば失礼なことしたよな、俺と反省するアスランに、ミーアはいいんじゃない?とアスランの肩から降り、
片膝立てて座っているアスランの膝の上に降りる。
「十分妄想の中で生きてるもの、あの人。だからピーターパンには一人のティンカーベルの常識ぶち破っちゃうのよ」
どこか憤慨した様子のミーアにアスランは笑い、人差し指で桃色の髪を撫でる。
嬉しそうに目を閉じるミーアのように、背に羽を生やした小さな少女、ティンカーベル。彼女達の中でキラは有名だ。
何人ものティンカーベルを持つ、ということで。

「あいつもなあ、どうしたもんだろうな」
「知らないわ。大体、自分のティンカーベルを探してるって、初めのティンカーベルが自分のに決まってるじゃない」
なのに何が原因か、キラは初めのティンカーベルが本当に自分と永遠を共にするティンカーベルなのかと疑ってしまった。
そうして新たにティンカーベルを生み出した。
そんなピーターパンは他にはいなかった。自分のティンカーベルと出会えば、次もとは思わないものだから。
けれどキラはまた疑って、次のティンカーベルを生み出して。その繰り返し。

「あいつ、自分でも気づいてない何かを抱えてるんじゃないか?」
「アスランはあの人に甘すぎるのよ。あたし達にしてみれば仲間がかわいそうだわ」
怒るミーアにごめん、と謝って、隣に積んでおいたイチゴを渡す。途端に目を輝かせて受け取ったミーアに、
アスランはつい笑みが洩れる。

こんなに可愛い存在に、ただ一途に自分を慕ってくれる存在に、どうしてキラは不安になったりしたんだろうな、と
今度は口に出さずに思った。


* * *


「久しぶり、フレイ」
「そうね。久しぶり、キラ」
赤い髪のティンカーベルは、笑顔のキラにそっけなく返す。そしてそのまま飛んでいってしまいそうなのを、キラは慌てて止める。
「待って、フレイ!」
「なによ」
私はこれからマスターの所に帰るんだからと不機嫌そうに言われ、キラはマスターと繰り返す。
うう、と頼りなく肩を落として、上目遣いで自分の目線より上を飛んでいるフレイを見る。

「帰ってきて、くれないかな」
「いやよ」

つーんと顔を背けるフレイに、キラは手を合わせる。
「お願い!もう絶対君以外探したりしないから!」
「浮気者はもうこりごりよ」
「フレイ〜」
真剣な目で、けれど泣き出しそうな顔のキラに、フレイは溜息をつく。
そしてキラの目線まで降りてくると、腰に両手をおいて体を曲げる。
「私はもうキラのティンカーベルじゃないの。自分で他の人見つけたの」
キラだって知ってるでしょう、と言われれば知らないとは言えない。
キラがたくさんのティンカーベルを生み出したことも有名なら、キラの初めのティンカーベルが他を探したことも有名。
そして選んだ相手が問題であるのだということもまた有名だった。

「でもあの人、ピーターパンじゃないでしょ?」

しかもこの世界に存在するたった一人の大人。この世界を支える柱の護り人。
フレイがキラの側を離れてその相手を選んだと聞いた時の衝撃。
ありえない。色々な意味でありえないこと。それはキラ以外の誰もが思ったことだ。
けれどキラはそれ以上に、フレイが他の誰かを選んだことに衝撃を受けていた。そして気づいた。
フレイが自分の永遠の相棒、ティンカーベルなのだと。

「あら、他のピーターパンにはちゃんとティンカーベルがいるのよ?なのに相手に選べるわけないじゃない」

私と同じ思いを仲間に味わわせたくないもの、と笑う姿は妖艶で。けれど言葉は痛い棘。
だからキラは何も言えなくなる。ごめんと言うには遅すぎて。ごめんと言うには傷つけすぎた。
けれど諦めきれないから、去っていくフレイを明日もまた追いかけるのだ。


* * *


お馬鹿さんですわね、と水鏡でキラを見ていたラクスが笑う。
ラクスもキラに生み出されたティンカーベルだった。
呼ばれて花の中から外へと出て、そうして微笑んでラクスを見ていたキラ。彼のティンカーベルとなったのだと思って嬉しかった。
けれど彼にはすでにティンカーベルがいて。戸惑った。そして泣きたくなった。
それからも彼はふと思い出したかのようにふらっとティンカーベルの花園に行って、そうしてティンカーベルを生み出した。
フレイが怒って、そうして去ってしばらく、ラクスも去った。そうしてこれまた前代未聞なことに癒しと導きを司る湖の女神となった。

「ラクス」
「こんにちは、ラクス様」
「あら、アスラン。ミーアもいらっしゃいませ」
湖の上、水の椅子に腰掛けていたラクスは来訪者に微笑む。
ミーアが飛んでくるのを受け止めて、陸へと近づく。
ラクスは湖から離れられないから陸へは降りられないが、その代わりにアスランが水際まで歩いてくる。
「また見てらしたんですか」
水鏡へと視線を向けるアスランに、ええと苦笑する。
厄介なものだ。キラの元を離れても、時々気になって仕方がなくなる。
アスランが気遣わしげにラクスを見るのに、ラクスは視線を落としてミーアの髪を人差し指で撫でる。
その様子にアスランは何も言わず、その場に腰かける。

アスランとミーアは時々こうしてラクスに会いにくる。それは二人に限ったことではなく、誰かしらラクスの元へとやってくる。
だから自由に飛べるティンカーベルから、湖から離れられない女神となったことを後悔したことはない。
キラには必要とされなかったけれど、ラクスを必要としてくれるものがたくさんいるのだから。

「歌を聞かせていただけませんか?」
アスランの声に顔を上げる。
「あなたが歌を望まれるのは珍しいですわね」
いつもはラクスが歌うか、ミーアに願われて歌うかだ。アスランはそれを静かに聞いている。
アスランに願われて歌ったのは過去に一度。それも辛そうな顔をしてラクスに会いにきた時だけだ。
「ミーアとあなたの歌を聞きたいんです」
お願いできませんか、と照れくさそうに首を傾げたアスランと、嬉しそうにラクスを見上げてくるミーアにラクスは笑う。
では、とミーアを両手の上に乗せて湖の中心まで歩く。そうしてミーアと二人、顔を見合わせて笑って。


二人の歌声が森の中に響き渡った。


* * *


この世界を支える柱の護り人、ラウは遠くで自分の名を呼ぶ声を聞いて足を止めた。
振り返れば己のティンカーベル。手を差し出せばその上に降り立つフレイは、怒ったようにラウを見た。

「おかえり、フレイ。どうしたね?そんなに怒って」
ただいま、と返しながら、フレイは引き寄せられる手の上で座る。
「キラに会ったの」
「なるほど?」
くっと笑い、止めていた歩みを進めるラウは、フレイに肩に乗るように促す。
それに従ったフレイは、ラウの肩の上で足をぶらぶらと揺らす。
「何だかんだで君もまだ彼に未練があるからな」
「何よ。引き止める言葉一つくらい言ってくれてもいいんじゃない?」
くくくっとラウが笑う。

思い出す。自分の前にフレイが現われた日のことを。
ふざけんじゃないわよ、と叫んでいた。そして落ちていたドングリを両手で掲げては投げていた。
彼女があの有名なキラのティンカーベルかと分かったのは、フレイが叫ぶ中にその名があったからだ。
そのまま眺めていたラウは気づいたフレイと目が合い、そしてここは抱きしめて慰めるところでしょう!と真っ赤な顔で、
けれど睨みつけるような目で指を差された。そんな出会い。

「そうだな。君がいなくなれば私は退屈で仕方がないな」

あの出会いから、どうしてだか自分の周りにはフレイがいるようになった。
気がつけばフレイはラウのティンカーベルとして、いて当たり前の存在となった。だから今更去られてもなと思う。
フレイがキラの元に戻ると言っても、簡単には許してはやらないだろう。虫籠に閉じ込めてもいいとさえ思う。
――鳥籠では逃げられる可能性が高い。
そんなことを知ってか知らずか、フレイがそっけなく言った。

「…しょうがないからいてあげるわ」

けれど横目で見た姿は嬉しそうに笑っていたから。


フレイ好みの虫籠でも用意しようかと思った。


* * *


「振られた」
「キ、キラ、重い…」
座っていたアスランは背中からのしかかられ、呻く。けれどキラは聞かない。
「振られたああ!!!」
「わかった。わかったからどけ!」
「慰めてよ、アスラン」
「頭撫でてやるからどけ!」
なに、それどこの子供とぶつぶつ言いながら、キラがアスランの背中から降りる。
安堵したように息をついて、アスランがよしよしとキラの頭を撫でると、キラが目を潤ませる。
「アスラーン!!」
「どわあ!?」
力一杯アスランに抱きついたキラに、支えきれなかったアスランが倒れる。
頭を打ったらしいアスランが呻くのに気づかず、アスランの胸の上でうう〜とキラが目を閉じる。
ああ、落ち着く。そう思って、キラはそのまま寝てしまおうと思ったのだが、そこに甲高い声が響いた。

「ああ!!ちょっとあたしのアスランに何してるのよ!!」

ちぃっとキラは舌打ちする。うるさいのがきた。
キラは目を開いて、キラの髪をひっぱるミーアを手で追い払おうとするが、敵もさることながら見事に避ける。
そしてキラの眼前に現われ、きゃんきゃん騒ぎ出した。

「うるさいな。いいじゃん、ちょっとぐらい」
「だめに決まってるじゃない!」
「独占欲強い女は嫌われるよ」
「おあいにくさま。アスランは可愛いって言ってくれるもの!」
「ちょっとアスラン、君。女の趣味悪いよ?」
「早くどきなさいってば!」

このまま無視してもいいけれど、実害がある。うるさい。耳元で延々と叫ばれれば、安らぎも何もあったものではない。
渋々アスランの上からどけば、ミーアがすぐにアスランの頬を両手で叩いた。

「アスラン。アスラン?平気?何もされてない?」
「…あのさ、僕がアスランに何するってのさ」
ちょっと抱き枕になってもらおうと思っただけなのに、と唇を尖らせれば、ミーアが誰がさせるものですか!とまた叫んだ。
キラははああ、と溜息をついて空を見上げる。夕暮れ時だ。
何だか寂しくなって、どうやらいまだ頭の痛みに苦しんでいるらしいアスランの胸の上へと戻った。
ちょっとおおお!!!とミーアの声が聞こえたが、キラは耳を塞いで目を閉じた。


そうして今日も一日が終わっていくのだ。

end

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