彼女の別れは唐突に、彼の別れはようやくに。




別れよう。
その一言に、カガリは目を大きく見開いた。どうして、と問うた声は可笑しいほどにかすれていた。

突然の言葉。前触れもなく突きつけられた言葉。それを放った恋人は、好きな女性が他にできたのだと言った。
真っ直ぐにこちらを見て、はっきりと。
それを目に、こんなこいつを見たのは久しぶりだな、なんて場違いなことを思いながら、口は嘘だ、と言葉を紡いでいた。
首を横に振ってのその言葉は、信じられなかったからではなく、信じたくなかったからだ。

彼はカガリの支えだ。四面楚歌。そんな状態に追い込まれているカガリの支え。
彼にだけは泣きついてもいい。彼にだけは弱音を吐いてもいい。彼はそれを受け入れてくれる、許してくれるから。
カガリは彼が好きで、彼もカガリを好きでいてくれるから。だからこそ安心して弱さを曝け出せた。
なのに。

俺はこれから先も君に同情することはできる。君を慰めることはできる。君の背を押すことはできす。だが…、




愛することはできない。




いつからだろう。ずっと感じていた。君に好きだと言われて、君に好きだと返して。けれど違和感がずっとあった。
君を恋人と呼ぶ自分を冷静に見ている自分に気がついた。
ああすればいい。こうすればいい。それを君が望んでいるのなら、恋人としてそれを与えてやらなければいけない。
そんなのは違うだろう?

違う。違、う?違わ、ない?だって恋人だろう。恋人ならそう思うものだろう?
でも、彼の言い方だと義務に聞こえる。恋人ならしなくちゃいけない。彼自身の意志じゃない。そう聞こえる。
それって…それって…。

「お前、は…お前自身の気持ちは、そうじゃない、のか?」

彼が言った。

すまない。

体中から血が逆流するような感じがした。
涙が込み上げてくるような気がした。
歯が震えて、舌が凍りついて。

「…辛、いんだ」

戦時中は救われた、君の存在に。けれど君には婚約者がいた。将来を約束された相手がいた。
そんな君に好きだと言われて、恋人だと呼ばれる。それが酷く辛かった。苦しかった。
それでも側にいたのは俺のわがままだ。君の側にいて、君に必要とされるのなら、それでもいいと思っていた。その時は、まだ。

時が経つにつれ、君は俺を逃げ場にするようになった。辛い現実からの逃げ場。
君は俺に君を肯定する言葉を欲したし、否定されることを恐れてそういった言葉を拒絶した。
だから俺は君が少しでも笑えるように、君が心休まるようにと必死で肯定する言葉を探した。
そうして時を重ねるうちに、好きだという言葉が恐ろしくなった。君にとって好きだという言葉はなんだろう。
俺にとって好きだという言葉はなんだろう。俺達は一体何を好きだと言って一緒にいるのだろう。
一緒にいるのが辛い苦しい。そればかりの俺達は、それで本当に恋人だといえるんだろうか。
そんな時に彼女に出会った。

話しているのが楽だった。側にいるとホッとした。彼女の弱音を聞いて、でも苦しくなかった。
求められているのは聞くことだけだったから。彼女は肯定されたいわけではないと分かっていたから。
だから彼女を肯定する要素を探さなくてもよかった。

彼女に弱音を吐くことが許されていた。彼女は肯定するし否定もする。考えてくれて怒ってくれて慰めてくれる。
でもそれは可笑しくはないかとは言っても、間違ってるとは言わない。結局、決めるのはあなたなのよと言う。
彼女の意見を無視しての結論だとしても、自分で考えて決めたのなら口出す権利はないと言う。
それは苦しくもあったけれど同時に酷く楽で、嬉しくて。いつしか彼女に惹かれていった。

「…っ、私じゃ、だめなのか」
ぐっと拳を握って聞けば、ああ、と彼が頷いた。
「何、で…何が違うんだ…っ!その女と私の何が違うんだ!!」

同じじゃないか。何も違わないじゃないか。
彼の弱音ならカガリも聞く。慰めだってするし、怒りもする。
一人で悩む彼を無理やりにでも外に連れ出すし、無理やりにでも吐き出させる。それをしてきたつもりだ。
彼はすぐに一人で背負うから。自分の内に閉じ込めて、ぐるぐると考え込むから。

カガリの弱音に肯定ばかりを返す?時には説教じみたことを言うのに?
確かにそれに怒って泣いて叫んで反論するけれど、後でちゃんと感謝する。彼はカガリのために言ってくれたのだと。
たとえそれをカガリが望んでいなくとも、彼はカガリのことを思って説教するのだからと。
だから感謝して謝りに言ってありがとうと言えば、小さく笑ってくれ、て…。ああ、そして彼はなんて言ったっけ?
もういいよ、と。それはもう怒ってないよ、という許しの言葉だと思っていたけれど、
もしかして、もう忘れてくれていいよ、という突き放した言葉だったのではないだろうか。そんなまさか。

彼に叫ぶ。
私のどこが悪いんだ!どこがだめなんだ!言ってくれないと分からない!直せない!
けれど彼は目を伏せて、首を横に振る。

俺はもう疲れたんだ。怖くなったんだ。君といるのが怖くて辛いんだ。
ごめん。傷つけてごめん。弱くてごめん。でも、もう側にいられない。別れよう、カガリ。

叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
だめだだめだだめだいやだ!!
好きだ好きだ好きなんだアスランお前がいなくなったら私はどうすればいいこわいこわいこわいこわいんだ!!

俺はもう君を肯定してやれない。逃げ場になってやれない。
…俺こそが君に逃げ場を求めてたのかもしれない。だからきっと上手くいくはずがなかったんだ。
なのにそれでも君に縋ったから、ただ傷つけあうだけになった。でもそれじゃだめで。俺も君も、きっとだめで。

ぼろぼろと涙を流して、呆然として。
そうして聞こえたのは、ああ、違う。上手く言えないけれど、と言う彼の声。

嫌いになったわけじゃない。ただ愛せない。辛くて苦しい。だから、ごめん。

最後に聞こえた音は、バタンというドアが閉まる音。
見えるのは誰も座っていないソファと、机の上に置かれた辞表。そしてハウメアの守り石。
それを認識してようやく。




ああ、一人だ。




そう思った。

end

リクエスト「アスランが正式にカガリと別れて他の女性と付き合う」でした。
他の女性はご想像にお任せします。私の中ではミーアとかフレイとかなんですが、時間設定が種と運命の間なので、
どっちもいねえじゃん!という事態に(笑)。でもそんな時間軸ですので、カガリはぐだぐだなカガリです。
アスランも言ってることが微妙に卑怯な気がするのは私だけでしょうか…。

リクエスト、ありがとうございました!

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