夢を見た。
きれいなきれいな夢。
お伽話のような、甘く優しい夢。




いつわりをつむぐおのれ




「おはようございます、ラクス」
「お、はよう、ございます、アスラン」

階段下を通りかかったアスランが微笑んでラクスを見上げるのに、ラクスは目を軽く見開いた。
今朝見た夢と重なって驚いたのだ。
そんなことは知らないアスランは、ラクスのために手を差し出す。
それに手を乗せ、ラクスは残り三段の階段を降りる。
ありがとうございます、とのラクスにいえ、とアスランが返す。
そうして微笑み合って気づく。

「あ、すみません。つい」
「いえ、わたくしも同じですわ」
エスコートされることに慣れていたから、何も思わずにエスコートされた。
「必要、ありませんでしたね」
「そうでしたわね」
苦笑するアスランと一緒に笑う。

ああ。

頭の片隅で声がした。









どうしてこうなったの。














声が、嘆いた。














「ラクス」
「キラ」
テラスに立っていたラクスに、最後に起きてきたキラが声をかける。
ラクスは振り向き、自分の隣に歩んでくるキラを見上げる。
「いい天気だね」
「ええ、本当に」
二人、笑い合いながらおはようを交わす。

「何見てたの?」

「え」
何も可笑しな事などない自然な問いだ。なのにラクスの胸の鼓動が跳ねた。
「ああ、アスランとメイリン?」
「・・・はい。先程からああして海岸を歩いていらっしゃいますの」
「へえ」
ラクスは胸で拳を握る。
キラに気づかれないように目を伏せ、軽く息を吸って吐くと目を開けて、キラと同じようにアスランとメイリンを見る。

二人は手を繋いで笑っている。
メイリンはサンダルを片手に持ち、時折水を蹴って。
アスランはそれを微笑ましそうに見つめて、突然しゃがみ込んだメイリンに引っ張られてバランスを崩したり。
そんな二人を眺めながら、ラクスは今朝見た夢を思い出す。

階段を降りるラクスにアスランがおはようございますと微笑んで。
それに返した自分はアスランにエスコートされて階段を降りる。
ここまでは今朝のラクスとアスランと同じだが、夢ではその後二人手を繋いだまま朝の散歩に出かけた。
アスランとメイリンのように海岸を歩いて、足元にアスランから贈られたハロ達が転がって。
波の音を聞きながら他愛のない事を話して、笑って。

過去、来ると信じて疑わなかった。
現在、訪れなかった。
未来、在り得たはずの。


アスランの隣に当たり前のように寄り添うラクスという一コマ。


「ちょっと複雑だよね」
「え?」

キラの声に我に返り隣を見上げると、キラがラクスを見下ろして苦笑する。

「アスランさ、あの子に取られたみたいな気がする」

ズキッと胸が痛んだのを隠し、そうですか、と苦笑してみせる。

アスランを取られた。
それはラクスも思ったことがある。過去に二度。
一度はAAで常にアスランと一緒にいるメイリンを見た時。
アスランの介抱をして、アスランの手となり足となり動くメイリン。
めったに人に頼ることをしなかったのに、メイリンの肩をためらいなく借りたアスラン。

どうして、と思い出したのは伸ばした手を拒まれた時のこと。
あの時、無理やりにでも抱きしめればよかったのかもしれない。
抱きしめて抱きしめて、そうしていればもしかしたら。

二度目はコペルニクスで、ミーア・キャンベルという少女と会った時。
生きていたのね、と罠を仕掛けたことも忘れて、嬉しそうにアスランに駆け寄ってきたミーア。
大丈夫だと、ミーアに必死に呼びかけていたアスラン。
そうしてアスランはラクスをキラに預け、ミーアを抱きしめ守っていた。

そこはわたくしの居場所だったのに、と思った。
アスランだけを一心に見つめるミーアを見ながら、どうしてそこにいるのはわたくしではないのと思った。

カガリが相手ならば、もっと心穏やかにいられた。
それはカガリがキラの姉で、ラクスの親しい友人であるからだろうか。

アスランとカガリが恋人であった時は、ラクス達を交えて四人で世界を形成することができた。
だからアスランを取られたとは思わなかった。
だがメイリンは違う。アスランとメイリンが一緒にいる時は、大抵二人の世界が形成されている。
ラクス達と会話していても、ふっとした時に二人の世界ができあがる。
それが一瞬だとしても、確実にラクス達が弾かれる時があるのだ。

そして。

「アスラン、プラントに帰るんだって聞いた?」
「・・・はい」

メイリンはプラントの人間だ。そしてアスランもまたプラントの人間だ。
そして二人は軍人だった。プラントを守りたいと志願してなった軍人だった。
このままオーブでラクス達と生活し続けるという保障はどこにもなかったのに、このまま時が過ぎるのだと思っていた。
それに気づかされた上、アスランを引き止めるためのものがないことにも気づかされた。
もしもカガリがアスランの相手であったなら、その事実こそがプラントへ帰るという選択をアスランに躊躇わせるものになったろう。
カガリはオーブの人間で、オーブの国家元首だ。アスランと行くことができない。

「もう決めたんだって。プラントに帰って、どうなるかも分からないのに」

止めたのに、考え直してって止めたのに。自分はちゃんと罰を受けなければならないからって。
メイリンのこともちゃんと説明しなきゃいけない、そう言って。
拳を握ってうつむくキラに寄り添うと、そっとその頬を撫でる。

もう考えなくても体が勝手に動く。体が勝手に判断する。ついていかなかった頭は、それから働き始める。
たとえ自分が慰めて欲しくても、癒して欲しくても、キラを最優先に、と。
キラを慰める言葉は?キラを癒す言葉は?
アスランのことばかりが頭を占めているというのに、もう一人の自分が考え、囁く。

「大丈夫ですわ、キラ。向こうにはイザーク様もディアッカ様もいらっしゃいます。そしてクライン派の方々も。
よくよくお願いしておきますわ。大丈夫。アスランはわたくし達と共に戦って下さったのです」
「でも」

泣き出しそうなキラをそっと引き寄せ、髪を撫でればキラが縋りついてくる。
大丈夫、もう一度その言葉を口にしようとした時、マルキオがテラスへと出てきた。
ラクスとキラは顔を上げマルキオを見ると、マルキオが通信がきていると柔らかいいつもの口調に少し硬さを含ませて言った。
ラクスは顔を引き締めると頷く。そして心配そうなキラに微笑む。大丈夫、と。


* * *


「お待ちしておりました、ラクス様」
「申し訳ありません。ラクス様をおいて他に相応しい人物がいないのです」
「ご了解くださり、ありがとうございます」

戦後、カガリに協力してオーブで平和の歌を歌おうと思っていた。
オーブから全世界へ歌を届けようと思った。
そのラクスにプラントから帰還要請がきた。

『プラント最高評議会議長に就任していただけませんか?』

何を、と思った。
自分は政治に明るくはない。そしてまだ十代に過ぎない身だ。
けれど連絡を取ってきた議員は言ったのだ。
プラントはラクスを求めている。ラクスの癒しだけでなく、ラクスの存在を求めている。
そして再びプラントが道を踏み外さないように、ラクスに導いて欲しいのだと。
政治面は自分達が精一杯フォローする。だからどうか、と。

悩んだ。当然だ。
しかしふと頭に過ぎったのだ、アスランが。

アスランはプラントへ帰る。
ラクスはキラを選んでいる以上、キラから離れるわけにはいかない。
当然アスランとは離れることになる。
だがこの話を受ればアスランと離れずにすむ、そういうことではないのか。
キラに側にいて欲しいと願えば、ついてきてくれるだろう。本心を悟られることなく。
ならば、受けてしまえばいいのではないか。

何ということを。
そう叫ぶ自分もいた。
何という愚かな事を考えるのです、と叱り付ける声に、けれどと反論する。

アスランと一緒になれないというのなら、アスランと共にいられないというのなら、
せめて近くにいたいと願って何が悪いのです。
議長という仕事を侮るつもりはありません。プラントの、世界の平和を思わぬわけではありません。
そこにアスランと同じ場所にいたいという願いを織り交ぜるだけ。それだけなのです。

気がついたら返事を返していた。

「お一人、お連れになるとのことでしたが、ラクス様お一人ですか?」
「彼は後程、オーブの方と上がってまいりますわ」
「ああ、オーブからお一人こられるのでしたな」

キラは自分も行く、と言った。ラクスを守りたいのだ、と。
ラクスが頑張るのに、自分一人じっとしているわけにはいかない、と。
カガリもキラを連れて行けと言った。一国の代表の椅子は思った以上に辛いし孤独だからと。
恋人のキラが側にいれば辛い時には縋りつけるし、孤独を感じることはないだろうと。
その言葉にありがとうございますと微笑みながら、心ではごめんなさいと己の醜さに嫌気がさした。

何よりもキラを最優先。
そう決めたのは誰だ。
自分よりもキラを。
そう定めたのは誰だ。

結局は自分を最優先していたに過ぎないではないか。

アスランを突き放した。キラを選んだ。なのにアスランへの想いに遅まきながら気づいて。
けれど今更だった。今更キラにアスランが好きなのだと言えない。アスランに好きですと言えない。
どちらも傷つけるから。
違う。そうではない。
自分が傷つくから。告げるのが怖いから。キラを失いたくないから。アスランを失いたくないから。
それによって失うだろう何かを失いたくないから。

アスランが自分の前からいなくなる。けれど追いかけていける術がある。
キラを傷つけることなく。アスランを傷つけることなく。
そうしてラクスは失いたくないものを何も失わずにすむ。
だから議長という名の術に手を伸ばした。

見事に自分本位。自分のためだ、どこにもキラのためになることなどない。

「それにしてもアスラン・ザラをオーブ軍に、オーブ軍のフリーダムをザフトにとはよくお考えになられましたな」
「目に見える形での和解が必要かと思いましたから」
「そしてプラントにいまだザラ派が潜んでいる以上、彼にプラントに戻られても困ります。
裁判にかけようにもザラ派が黙っておりますまい。下手をすれば内乱になります」
「ラクス様の下に彼が下るという形で押さえることも可能でしょうが、そこにオーブが関与するとなると、
ザラ派もそう簡単に手を出すこともできないでしょう」

そんな理由は後づけだ。
アスランを失わないための鎖に過ぎないのだ、それは。

キラがラクスについていく。ならばオーブの准将の地位は空く。そしてカガリを一人にしてしまう。
マリューもフラガもいる。カガリを慕うオーブの軍人達もいる。
けれどカガリが辛い時、苦しい時に側にいる人がいなくなる。カガリが縋れる人がいなくなる。
ならばアスランをキラの後任、准将にするのはどうだろうか。
プラントに帰ると言うアスラン。けれどこっちは心配なのだ。
メイリンのことはアスランだけでなくラクスも証言して守る。
アスランが自分の罪を思うのならば、それも与えよう。
だからアスランにはオーブの軍服を着てもらって、カガリを守ってもらおう。
それにアスランならばプラントもよく知っているし、ザフトにも顔が知れている。
オーブとプラントの仲立ちに、これ以上信頼できる人物もいまい。

そんな話をした。
ラクスの中ではそういった話ではないのだが、キラとカガリに納得してもらうためにそう誘導したことは否めない。

偽ってばかりだ。
キラにもカガリにもアスランにも。そしてプラントにも。

全てはラクスのために。

「知名度、そして戦力的にもどちらにも不公平はありませんし、フリーダムはオーブ代表と少なからず血が繋がっているとか。
牽制にもなりますね」

どちらも様々な理由から完全に断ち切れない相手を交換する。そう、人質と言ってもいい。
ザフトに攻撃をしかけてきたオーブ。
オーブを侵攻したプラント。
完全に信じ合うなどできはしない。それを多少なりと解消するための人質。

さすがラクス様だと、そう褒める彼らにラクスは思う。
平和の歌姫。癒しの歌姫。そう呼ぶラクスがそのような案を出したことに、どうして眉をひそめないのか。
それこそがラクス・クラインという名の恐ろしさなのだと、ラクスは気づいていないが故に思う。
己の胸の内を知ったならば、彼らは幻滅するのだろうか、と。

「それでは皆さん。これからよろしくお願いいたします」




ラクス・クラインもただの愚かな女なのだと、気づくのだろうか、と。




end

「偽愛」の続編です。
不毛なところが好きだ、と言っていただいたので不毛不毛と繰り返しながら書いたんですが、何か違う?
人質云々はふと思っただけで、難しく考えるときっと可笑しいのかもしれません。が、今はそこまで考えられない(殴)。
しかも議長ラクスなんて書くつもりじゃなかったのに(汗)。

漠然としていたために書けなかったものもありましたが、ラクスはキラとアスランに対して退くに退けなくなった挙句、こうなりました。
アスランの胸に飛び込むには遅すぎて。キラから離れるにも遅すぎた。
そうして諦めたつもりが諦めきれず、そんな時に差し出された餌に飛びついて、更に偽りを重ね続けることになった。

残るは破滅しかないような気がします・・・(汗)。

リクエストありがとうございました!

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