今再び、機はこの手に。

すうっと意識が浮上した。
目を開けてしばらくは氾濫する記憶を整理するために、ただ天井を眺める。
そうしながら様々な記憶を処理していくが、その記憶の滑稽さに思わず笑いが洩れる。

『私』であった記憶は二年前で終わっている。
『俺』であった記憶はつい先程で終わった。

「面白いことをしてくれたものだな」

原因は何だったのだろうか。波うつ金の髪か、青い目か、遺伝子の相似か。それら全て含めて、この身がナチュラルであるからか。ナチュラルでありながら、コーディネーターとして多くの戦歴をあげたからこそ欲したのか。


失くしたエンデュミオンの鷹の代わりに。


「ムウ。目が覚めたのね」
ドアが開いて女が一人入ってくるのに意識を外に戻す。
視界に入った女は誰か。『俺』であった頃の記憶を探れば、女がマリュー・ラミアスと名乗る場面が出てくる。足つきの…いや、AAの女艦長。ムウ・ラ・フラガの恋人。
「よかった。あなた、三日も眠っていたのよ」
安堵の笑みの後ろから、またドアが開いた。マリューが振り返って笑って、入ってきた影に向かって呼びかけた。

「キラくん」

ぴくっと体が反応した。
キラ。キラ・ヤマト。最高のコーディネーター。
視線を流すと、以前に一度会ったときよりも大人びた顔がこちらを見て驚いたように目を開いた。
「ムウさん」
よかったとキラも笑う。

愚かだ。
愚かだ。愚かだ。
こんなにも近くにいる。手を伸ばせば届くほど近くに。
そんな場所で無防備に笑いかけてくるなど、実に愚かだ。

「俺は、ネオ・ロアノークだ」

そう言って背を向ければ、背後から笑う気配。
彼らは取り合わない。ネオ・ロアノークはムウ・ラ・フラガであると知っているから。
だから彼らは疑わない。ネオ・ロアノークがムウ・ラ・フラガではないという真実を。

ネオ・ロアノークがラウ・ル・クルーゼであるという確かな真実を。


* * *


停戦後の救援活動をしながらも、地球連合軍は敵に回ったフラガを探していた。フラガがAAを庇って死したことなど分かっていて、それでも探していた。
惜しかった。ナチュラルでありながら、一人でもコーディネーターと渡り合えるフラガを失くすのはあまりに惜しかった。死んでいても彼の遺伝子にその強さの情報があるかもしれない。他のナチュラルとは違う何かが。それを求めた。
つまりは解剖目的。

けれどフラガは見つからない。代わりに見つけたのはザフトの将。
溶けたMSの中にいながらかろうじて息のある男の容姿が、彼らが探すフラガに実によく似ていることに気づき、連れ帰った。
男の名はドッグ・タグにこう書かれていた。

『Rau le Creuset』

ザフトの名高い将だ。何度煮え湯を呑まされただろうか。その将が今、生きてここにいる。

フラガによく似たその男は、調べてみれば驚いたことにその遺伝子の半分がフラガとぴたりと重なった。親と子の遺伝子は半分は同じものだという。ならば彼らの関係は親子ということになる。
けれど年が近すぎたし、フラガの父親はすでにこの世にはいない。どういうことなのだろうか。

考える彼らはそれよりも、と新たな考えで頭を占めさせた。
フラガは見つからない。けれど手に入ったクルーゼ。クルーゼの優秀さはよくよく知っている。ならば意識を失っている今がいい機会だ。彼をこちらへ引き入れてしまえばいい。今は停戦しているが、いずれはまたコーディネーターを殲滅させるために動くのだ。そのためにこちらに有利な駒は必要だ。
けれどザフトの将が従うはずがない。分かっている。だからこそ彼らはクルーゼの記憶を消すという手段に出た。
ちょうど完成した研究があった。それを使えばクルーゼはラウ・ル・クルーゼではなくなる。
必要なのはその能力。人格など必要ではない。そのために彼らはネオ・ロアノークという人格をクルーゼに植えつけた。

「思い返せば、あまりに私らしくなく愉快だな」

くくっとクルーゼが嘲笑う。
まるでフラガのような振る舞い。兵器である三人の子供への愛情。
どれも自分らしくなく、思い出すたびに笑いが込み上げてくる。
けれどふっと気づく。前半は植えつけられた記憶のせいだが、後半は違う。

「…ああ、なるほど。私はあの子供達に私やレイを重ねたのか」

大人の欲望の犠牲者。己の人生であるにも関わらず、他人に人生を定められた子供。
ゆえにネオは三人の子供を見捨てられなかったのかもしれない。
ネオの記憶にはないが、無理やり閉じ込められていたクルーゼの記憶がそれを促したのかもしれない。
くだらない。そう言えないのは、クルーゼがレイを愛しているからだ。だから三人の子供を愛したネオであった自分に愚かな男だと言えない。

「甘いことだな」

言えることはそれだけ。そしてネオを、ひいては自分を嘲笑って起き上がる。
ベッド脇に綺麗にたたんで置いてあるオーブ軍服を目に留め、目を細めて鼻で笑う。けれど手に取った。
二年前に会ったフラガを思い出しながら袖を折る。少し抵抗があるが、仕方がない。油断は大きければ大きい方がいい。
次に辺りを見回す。誰もいない医務室。武器と成りうるものは十分にある。
クルーゼは医療道具のいくつかを上着の内ポケットに忍ばせ、薬品棚にも目をやる。

マリュー達がどうしてクルーゼをフラガだと思い込んだのか。クルーゼには分からない。生体データは調べたのだろうか。そうだとしたら別人だとはっきりと分かるはずだ。
ならば調べていないのだろうか。外見だけで判断した?それともネオであった時に会話した数日で判断した?
どちらにしろクルーゼに不都合はないが。

彼らはクルーゼをフラガだと信じている。仲間だ恋人だと油断している。
それが演技である可能性もあるが、恐らくは本気。それを見分けるだけの目は持っているつもりだ。
だが念のためその可能性も考慮しておく。そのうえで使えそうな薬品や医療道具をくすねておく。
それが終わるとクルーゼは端末に近づいて何やら操作する。満足そうにその作業を終えると、医務室から足を踏み出した。

「ムウさん、どうしたんですか?」
「まだ休んでた方がいいんじゃないのか?」
通路を歩いてしばらく、キラとオーブの姫、カガリがクルーゼを見つけて駆け寄ってくる。
それに運動しないと体が鈍るのだとぶっきらぼうに告げる。あくまで自分はフラガではなくネオだという態度で。
それに二人はあんまり無理をするなと言って、呆れたように笑う。
「あ、マリューさんのところに行きませんか?」
「は?」
「ああ、いいな。少し話してこいよ。記憶が戻るかもしれない」
盛大に顔をしかめてみせる。だが二人はクルーゼの腕を引いてブリッジへ向かう。彼が内心笑みを浮かべているとも知らずに。


クルーゼの世界への憎悪も絶望も、いまだ彼の身の内にある。
何よりすぐ側に彼の最大の憎悪の矛先がいるのだ。それは増幅することはあっても治まることはない。
二年前、遂げられなかった復讐を。

今、この艦はクルーゼに命を握られたも同然。逃げ場はない。

end

リクエスト「ネオの記憶が戻ってみたらクルーゼだった」でした。
前置きが長くなって肝心なことが書けてませんね(汗)。すいません。

隊長は死んでしまったけれど、キラには勝ったんだと思ってます。精神的なことで。
世界も隊長の望み通りな展開になってましたし、きっと満足だったんだろうなあと。
でもこの隊長は復讐再開な隊長です。ネオで過ごした二年間はラウには流れてないのでまだ気持ち的に二年前のままなのと、すぐそこにキラがいるのとで復讐の炎が再燃です。世界を滅ぼすのに利用するか、このままAAを堕としてしまうか。
そんなことを考えつつご機嫌な隊長でした。

リクエスト、ありがとうございました!

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