崩壊の足音

「フ、レイ…っ、フレイ、守れなか…っ」

キラが泣く。
ラクスがキラを抱きしめて、キラがラクスに縋りつく。側でカガリがキラの背を撫でる。
それを黙ってじっと見ている。先程までは自分もキラと一緒に涙を流していたはずなのに。

「フレイ、フレイ、フレイ…っ」

宇宙にただ一人漂っていたキラは、見つけた時はすでに涙を流していた。守れなかったと呟いていた。
フレイ…あの人と戦っていたのは僕だったのに。なのに攻撃を許してしまった。もっと早くあの人を止めていれば。
そう呟いて泣いていた。

フレイ。フレイ・アルスター。キラの大切な少女。その少女を失ったキラ。
大切な人を失う痛みを知っている。どれほど辛いだろう、苦しいだろう。なのに、ああ…なのに。

回収したフリーダムを見上げる。プロヴィデンスと戦っていたフリーダム。全て見ていたんだろう?目で訴える。
教えて欲しい。あの人は、クルーゼ隊長は…。
頭を廻るのはそればかり。側でキラが泣いているのに。大切な少女を失ったと泣いているのに。

キラを見つけるより少し前、プロヴィデンスの残骸を見た。あの人の、クルーゼ隊長の機体。
プロヴィデンスは溶けていた。MS一機分には足りないその残骸の切り口が、すでに固まってはいたがどろっと溶けていた。
それは放たれたジェネシス。あの軌道にあの人がいたということを意味しているのだろう。
ああ、ならばあの人は失われたのだ。あの人はもういないのだ。そう思ってからずっとキラのことよりあの人のことばかり考える。

分かっていた。
戦うということ。敵対するということ。
分かっていた。
あの人を失うかもしれない可能性。

分かっていた、のに。

「ほんとうに?」

靄がかかったような頭で呟く。

キラが泣く。キラが嘆く。キラが苦しみ、キラが責める。
同じように亡くした自分は、ただぼんやりと。涙を流すことも泣く、ただただぼんやりと。

あの人は俺が苦しむ姿を見るのが好きだった。
キラがストライクに乗っているのだと知って、あの人は俺に前線を離れるかと言った。けれどそれはポーズに過ぎない。
あの人は知っていた。俺がこれ幸いと前線を離れられる人間ではないと。キラと戦いたくないから離れる。キラと戦いたくないから他の誰かに任せる。俺にそんなことはできないと知っていた。
あの人は言わせたかったのだ。他ならぬ俺の口からキラを討つという言葉を。
俺が苦しむ姿が見たいがために。俺がその先ずっと苦しむ姿を見るために。

「アスラン」
「…カガリ?」
ふわふわと無重力の中、ただぼーっと宇宙を眺めていると、いつの間にきたのか、カガリが心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫か?」
「え?」
「…いや、大丈夫なわけないのは分かってる、けど、また話せるなんて言ったのに、私は」
「父のことなら、大丈夫だ」
「嘘つけ!」
そう叫ぶカガリに本当にと微笑んで、その裏では愕然とした。

父上を止められなかった、救えなかった。息子として何一つできなかった。
目の前で失って。腕の中で死んでいく父上を見て。そうして覚えた感情を今も覚えているのに。
母上を失った時と同じくらい胸が冷えて。信じたくないと、嫌だと思って。そうして泣いたはずなのに。


隊長のことしか、頭になかった。


「もう休め。キラも休ませた」
「だが」
「いいから休め!」
そうでないと心身ともに弱っていくだけだとカガリに背を押される。
振り向けば泣き出しそうなのを我慢している顔。本当は泣いてしまいたいのだろう。カガリもたくさん失った。
けれどキラが大切な少女を失って、俺が父上を失って。だからカガリは無理をしている。辛いのに俺達を優先させて。
そんな俺とはあまりに違うカガリに、気がつけばカガリ、と呼びかけていた。何だ、と顔を上げたカガリと目が合う。

父上のことはショックだった。俺が今まで忘れていたという衝撃は大きい。全て背負っていこうと思っていたのに。
父上を止められなかった罪、救えなかった罪、息子として何もできなかった罪。そして父上が犯した罪。それら全てを背負って生きていこうと思っていたのに。
なのにプロヴィデンスを見てから、あの人の死を知ってからずっと全部全部忘れてしまっていた。
なんて薄情な。なんて無責任な。そんな自分を殴ってやりたいほど嫌で。
それなのにカガリと目を合わせている内に、それらがぼんやりとしてきて、またたった一人のことだけを思う。

「それでもよかったんだ」
「何が、だ?」
「それでも、よかった。あの人の側にいられるなら、よかった。気づかなかったけど」
馬鹿だな、と視線を上げてカガリの背後に広がる宇宙へ。

キラと隊長。結果的にキラを選んだ俺は、あの人が負けるなんて思っていなかった。死ぬなんて思ってなかった。
だってあの人は俺にとって追いつけない人で。俺にとって決して負けない人で。
キラは違う。俺がついてないと、と思わせる幼少時のキラが強く記憶に焼けついている俺にとって、キラは世話の焼ける幼馴染。
だからだ。だから俺はきっとキラを選んだ。

「馬鹿だな。失われないものなんて、ないのに」

カガリがアスラン、と顔を歪めた。
彼女の中で『あの人』はきっと父上なんだろうけれど、訂正するつもりはなかったから、そのまま呟いた。

「生きているあの人の側にいられるなら、それでよかったんだ」

浮かべられる笑みが嘲りでも愉悦でもよかった。
俺にとっての隊長、隊長にとっての俺。それにどれほどの違いがあってもよかった。
それももう、手の届かない彼方。


「もう、遅いのにな」


目を伏せれば暗闇。
アスラン?とカガリの声も遠く、遠く。

目を開ける。真っ暗な部屋の中、ベッドに横たわったまま天井を仰ぐ。
どれほどの時間、眠っていたのだろう。そう思いながら、自分の中の空虚に気づいて思い出す。
あの人がいない。存在しない。そんな世界で生きている。過去を思い出にして生きていく。
それを嫌だと叫んでも、それを認めないと叫んでも変わらない現実を。

あの人は俺が苦しむ姿を見るのが好きだった。
あの人は俺が苦しみ、耐える姿を見るのが好きだった。
嫌だと叫ぶ声を、どうしてと嘆く声を抑えて、あの人の望む言葉を放つ俺を見るのが好きだった。
それは嘲っても駒として扱っていても、あの人がずっと俺に意識を向けていたということ。
人類を憎み、世界を憎み、キラを憎むあの人は、キラを討つその時までずっと俺の上に意識を置いていた。

今はもうないあの人の意識。今はもう感じないあの人の意識。
あの人がもうこの世にいないのだと思えば思うほど、俺はそれを強く強く感じて。

「…くっ、くくっ」

わらう、笑う、嗤う。
天井を仰いでいた顔を両手で覆って、ただ洩れる声を耳に聞く。

「あはははははははははっ」

泣けばいい。キラのように泣いて嘆いて苦しみながら責めて。そうすればいい。
分かっている。そうした方が楽になる。泣かずに耐えるよりもずっと。
亡くしたあの人を思って泣いて、亡くした自分を責めて。それが思いを消化する術になる。それが立ち上がるための糧になる。
分かっている、のに…なのに込み上げるのは涙ではなく笑い。

「ははははははっ」

泣けない。泣けない泣けない泣けない!!

聞こえない嘲りが含まれた声。見えない愉悦の笑み。感じない意識。
それが失われることを本当には分かっていなかった自分。
死なない人間などいない。失われないものなどない。それを知っていながら気づいていなかった自分。
愚か。愚か。愚か。ああ、何て愚か。そんな笑いしか表に出てこようとしない。

「最っ、悪だ…!!」

その言葉さえ、笑いの中に。

end

リクエスト「アス→クルーゼでアスラン精神崩壊」でした。
中々アスラン壊れてくれなくて、どうしようかと思いました。というか、壊れかけてるだけで、まだ崩壊してませんね(汗)。すいません!
そして今、別に隊長死んでなくてもいいことに気づきました。隊長のせいで精神崩壊するなら、隊長自ら崩壊させるという手もあったのか…orz
こんなこと言ってますが、書いてる最中は楽しく書かせていただきました。

リクエスト、ありがとうございました!

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