大切な人に、信じていた人に撃たれる痛みはどれほどのものなのだろうか。
治ったはずの傷が時々痛む。ズキズキと痛んで、何を訴えているのだろうか。

「どうしたら、痛みはひくんだろうな」

排除すればいいのだろうか、痛みの原因を。
傷はいつもいつも同じ条件で痛むのだから、原因は考えずとも分かっている。
だからそれの排除を。そう、排除、を。


平和の歌姫の消失

響く銃声。響く悲鳴。
撃たれた彼は叫んで蹲り、側にいた彼女は彼の名を叫んだ。撃った彼は静かに銃を下ろす。
それをもう一人の彼女は呆然と見つめる。
舞台は広間。たった四人しかいない広間は静かだ。

白の軍服を纏って、右腕を赤に染め、撃った人物を見上げる彼はキラ。
白の陣羽織を纏って、キラを支え、撃った人物を睨みつける彼女はラクス。
白の軍服を纏って、信じられないと、撃った人物を呆然と見る彼女はカガリ。
赤の軍服を纏って、銃を持たない手を不思議そうに見下ろす彼はアスラン。

痛みがマシになった、と呟く声はキラにもラクスにもカガリにも届かない。届いたのは再びキラ達を見た目が辛苦も何も映していないこと。

「痛いか?キラ」

「アス、ラ…」
「どういうおつもりなのです、アスラン!」
どうして、と泣きそうに顔を歪めるキラを撃った。それはラクスも見ていたはずだ。
それがどうしてなのかも普通に考えれば問うまでもない。なのにどういうつもり、と問われても、とアスランは首を傾げた。
「当然の行動でしょう?先に銃を向けたのはキラです。なら撃たれる前に撃つ。何も可笑しくはない」
「ちがっ…僕は君だなんて知らなかった!」
「何故?俺はザフトなんだから、ここにいても可笑しくはないだろう?」
「でも君がこんなところにいるなんて思ってなかったんだ!」
だから僕は君を撃とうなんて思ってなかった。そう言うキラに、カガリもラクスも頷く。
「キラがお前を見て躊躇ったのをお前も見てるはずだろう!?」
「そうですわ。あなただと知っていれば、キラは銃を構えることもしませんでした」
あなたも分かっていらっしゃるはずです、とばかりに言うラクスに、アスランはそうでしょうか?と再び銃を構える。
大きく目を見開いた三人に、アスランは俺は知っていました、と笑う。

「俺は銃を向けてきた相手がキラだと知っていました」

その言葉に銃を向けられているにも関わらず、ラクスは怯える様子を見せずにアスランを睨みつける。
撃つはずがないと思っているのだろうか。今目の前でキラが撃たれたばかりだというのに。
「なら!ならばキラがあなたを撃つはずがないと分かるではありませんか!」
「何故?そんなこと、絶対とは言い切れないというのに?」
「馬鹿なことを言うな!!お前がどうしてキラにそんなことを言うんだ!!」
怒りを露にする姉と恋人の隣で、キラは顔を歪めてアスランを見る。

ギルバート・デュランダルと話をしなければ、止めなければ、そう言ったラクスとそれに同意したカガリの護衛として、キラはこのメサイアにきた。なのに銃を構えて入った瞬間、目に入った赤。そして青。ずっと行方の知れなかったアスランが立っていた。

心配していた。ずっと、ずっと。
アスランが乗っていた赤いMSはもう使えないことが分かっていたから、乗れるMSがないから戦場に出てこないのか。それとももうザフトにいないのか。分からなくて、ずっと不安だった。そのアスランを見つけた、のに。

どうして、とキラが嘆く。何故、とラクスが憤り、カガリが叫ぶ。
どうして、何故、どうして、何故………何故?

「何で、アスラン!!」

「一度、お前に撃たれたんだ。どうして今一度信じられる?」

冷たい目、上がる口元、見下した目。
また引き金が引かれた。


「キラあ!!」


足を撃たれたキラが叫びを上げて床に崩れ落ちる。カガリとラクスが声を上げる。
そして側に膝をついたカガリの逆に膝をついたラクスがキラを庇うように抱きしめ、撃ったアスランを射抜くように睨みつける。

「キラはあなたの幼馴染ではありませんか!大切なご友人ではありませんか!何故このような非道な真似ができるのですか!!」

浮かぶ涙、射抜く視線。けれど揺るぎひとつないアスランの目が何気なくといった様子でラクスを見る。
「幼馴染?友人?それが何だというのです、ラクス?」
「何を…」
「それでも撃てたでしょう?この引き金を。それでも撃てたでしょう?キラも、俺も」
今この時に、幼馴染や友人といった肩書きは何の役にも立ちはしない。撃つと決めたものの中では何の歯止めにもなりはしない。そうでしょう?
それが当たり前だと言わんばかりに。それが真理だと言わんばかりにアスランが言った。その言葉にキラがもしかして、と気づいたように顔を上げた。
「キラはずっとお前を心配していたんだぞ!?」
「心配される筋合いはないな」
「お前…!!」
目を見開いて、けれどすぐに痛みに耐えるように眉を寄せてアスランを見るキラの隣でカガリが身を乗り出せば、アスランが笑う。
「お前こそ、いいのか?今オーブは大変な時期だと思うが?」
「だからこそ議長を止めるためにここにきたんだ!」

ギルバートを止めないことには世界は自由を失くす。ギルバートの独裁と化す。それを許してはいけない。
オーブを、世界を守るためにはオーブを離れることも必要なのだ。それがどれほど苦しいことか、辛いことか。
なのにアスランは冷めた目をカガリに向けた。

「心得違いもいい所だな。いい加減お遊びはやめにして、自国を守ることに専念したらどうなんだ?」

「なっ」
あまりの言葉にカガリが泣き出しそうに顔を歪める。まさか恋人からそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
その様子に耐えられないと言わんばかりにラクスが声を上げる。
「あなたこそいい加減になさってください、アスラン!」
「アス、ラ…」
「キラ!」
弱々しく声を上げたキラの声にラクスがアスランからキラへと視線を落とす。
キラ、キラ、と顔を覗きこむラクスの腕の中で、はっとして動くなと言うカガリの声を隣に、けれどキラはアスランだけを見る。痛みを耐えているのだろう。眉を寄せ、脂汗を流している。

「僕が、君を傷つけた、の?」

違う、そうじゃないんだ、とキラが小さく首を横に振った。
アスランなら分かってくれる。そう思っていた。けれど今のアスランの言動は裏切られた人間のそれだ。
「僕、は…君を信じてた、から。君ならきっと…きっと分かってくれるって」
戦場に出られなければ考える時間が増える。ならアスランはキラのしたこと、カガリのしたいことをちゃんと考えて、そして分かってくれる。そう信じていた。
「君を、敵だなんて思ってない。僕にとって、君は大切な…」

親友なんだ。

そう言い終える前にアスランが俯いて、笑った。くっと嘲るように声を洩らして、痛いな、と呟いた。
ズキズキズキと体が痛む。特に痛む左胸に手をやり、そのままぐっと握る。俯いた顔には深い青の髪が帳のように落ち、表情を隠す。

「アス、ラン?」
泣いてるの、と苦しそうなキラを腕に抱くラクスは、戸惑いながらアスランを見る。
キラを挟んだ向こうにいるカガリを見て、彼女も苦しそうにアスランを見ているのを見るとまたアスランに視線を戻す。
確かに泣いているようにも見える。今のキラの言葉がアスランに届いていればその可能性もあるだろう。
けれどラクスには泣いているようには思えない。何故か胸騒ぎがする。
そう眉を寄せた視界の隅に銃。キラが持っていた銃だ。それが落ちているのがやけに気にかかった。

「ねえ、アスラン。一緒に、行こう?あの人を、議長を止めなくちゃ…」
「戯言を」
「…え?」

決して大きくはない声。けれど強く耳を打った。
顔を上げたアスランは微笑む。首を傾げ、今更だと思わないかと囁いた。

「だってキラ。お前は俺に言ったんだ。しっかりと撃つ、と」
「だからそれは…!」
「肉体と精神両方に攻撃しておいて、今更信じていた?大切な親友?つまらない冗談だな」
「ちがっ」
「確かに考える時間はあったよ、たっぷりと」

コクピットだけで海へと沈んだ。
真っ黒な視界。無音の世界。痛む体に失えない意識。
いつ救助が来るとも知れない、救助がくるのかどうかも分からない時間の中、ああ、襲った恐怖を、絶望をお前は知っているだろうか。
そんな状況へと追いやったのが己の親友だという事実が、どれほど絶望を煽ったろうか。
堕ちる直前に聞いた己の幼馴染の言葉が、どれほど絶望を煽ったろうか。

「今でもあの絶望も恐怖も思い出すのは容易いんだ。ついてくる、離れてくれないんだ」

キラの顔が驚愕に彩られ、そして怯えへと変化する。
何に怯えるのだろう。己のしたことに対してか、それを突きつける存在に対してか。

「なあ、キラ」

アスランが微笑んだまま、優しい声音でキラを呼ぶ。それは恐怖をもたらす。
キラが首を横に振った。駄目だ、言わせては駄目だ。ラクスはそう思う。
止めなければ。キラを傷つようとする言葉を。キラを傷つけようとする存在を。ああ、止めなければ!!

「大切な人に撃たれる気持ちはどうだ?」
「アス…っ」
「痛かった?苦しかった?悲しかった?」
「やめ、て」
「今の俺は痛いことくらいしか感じないから。どうだったか、もう覚えてないんだ」


お前につけられた傷が痛いだけなんだ。

パアアンッ

キラが目を見開く。
アスランが右肩を押さえ、銃を床へと落とした。流れる赤い血が床の上に滴り落ちていく。
呆然とした様子のキラとカガリがゆっくりと首を動かした。視界に煙を上げる銃口が映り、引き金にかかる白い指が映る。
伸びる二本の腕の先にはキラとカガリが浮かべているのと同じように呆然とした顔。

「ラ、クス?」

「…っ」
びくっとラクスの体が震え、顔が恐怖に歪んだ。視線が己の手が握る銃に落ち、アスランの血に濡れた右肩に移る。
がたがたと震え始めた腕。力が抜けた手から落ちていく銃。いや、というか細い声。小さく振られる頭。そして。


「い、やああああああ!!!」


ぽたぽたと血が作った血溜まりの上に落ちる。悲鳴を耳に聞きながらアスランは歪な笑みを口元に刻む。
そのまま顔を上げればカガリが呆然とした顔のまま、どうにか手を伸ばしてラクスの手を握っていた。まだ頭は今の状況を理解していないだろう。それでも。
それはお前の役目だろう?と思いながらその間にいるキラを見れば、泣き出しそうな顔で縋るような目と視線が合った。
頭を抱えて悲鳴を上げている恋人に声をかけることもせずに、アスランに何を期待するのだろう。
この状況でアスランがキラを安心させると思うのか。ラクスを安心させると思うのか。撃たれた人間がどうしてそんなことをしなければいけないのだ。
キラがアスランの歪な笑みを目にして目を見開いた。この期に及んで何を驚く。

己の手で人を傷つけたショックと恐怖。
ラクスを今襲っているものはそれだろう。彼女はアスランを撃つつもりなどなかったのだから。
ただキラを守りたかった。言葉の刃でキラを傷つけようとするアスランを止めたかった。ただそれだけだったのだ。
なのに気づけばラクスは銃を握っていて。気づけば発砲していて。気づけばアスランが血を流していた。

ああ、これでラクスは知ったろう。理想と現実を。理想は理想でしかない。理想は現実には成り得ない。
現実をいかに理想に近づけるかはできても、理想そのままを現実にトレースすることなどできない。

「憎しみの連鎖を断ち切る」

びくっと震えた二つの体。

「素晴らしい理想だ。ですがラクス。それを現実にするためにどうすればいいのだと、あなたはおっしゃったでしょう?」

憎まず許しなさいと。
憎しみは憎しみしか生みはしないからと。
人を許すことが連鎖を断ち切る術となるのだと。
憎しみから争いへと発展することがなくなるのだと。

「最もです。それはとても難しいことですが、それでも大切なことだ」

それを唱えるあなたは立派だ。いつしか人はその姿に惹かれ、集うだろう。
今すぐは無理でも、長い年月をかけて少しずつ、少しずつ。

「けれど唱えるあなたが実践できなければ何の効果もない。ただの綺麗事だ」

聖女のように微笑んで許しなさい。
聖女のように微笑んで慈しみなさい。
生きとし生けるもののために、憎しみを優しく包み込んで。

恋人を傷つけられて睨みつけて。
恋人を傷つけられて責めて。
恋人を傷つけられんと銃を撃つ。

「 あ な た に は 、 難 し か っ た で す ね 」

そして笑う。
広間に響く、声。
揺れる、空気。

血はまだ滴り落ちたままに。

痛みが、消えた。

end

リクエスト「壊れアスのアンチキララクカガ」で、
・アスランにキラを銃で撃たれて、だからラクスもアスランを撃とうとする。
・ラクス達こそが憎しみの連鎖を断ち切れていないことをしらしめる。でした。

そもそもキラが手足を撃たれて意識を保っていられるのかと。
アスランは保ってそうですが、キラは手放しそうな気がするんですが…。そうしない辺り優しさが見えません。
そして好き嫌いは別として、私はラクスはラクスが直接人を傷つけては駄目な人だと思ってます。
平和の歌姫を名乗る以上は、絶対に手を下してはだめじゃないかなあと。
でもキラに何かあったら発作的にでも傷つけるだろうと思ってます。その瞬間、平和の歌姫は完全にいなくなるんだろうな、とか。
タイトルはそういう意味合いでつけました。…似たようなタイトルを知ってる方はそれも正解です(おい)。

リクエスト、ありがとうございました!

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