「風邪ひきますよ、主!主ー!!」

床でごろりと昼寝をしている男を起こそうと必死になっている黒鷹は、一向に目を覚まさない男に疲れて、
トントントンとリズミカルに包丁を動かす息子を振り向く。

「くーろとーお」
「何だ?」
「この人、起こしてくれないかい?」
「俺は夕食の準備で忙しい。そいつとは長い間一緒にいたんだろう?がんばれ」
「ちょっ、玄冬!!」

一端止まっていたトントントンという包丁の音が再開される。もう声をかけても止まらない。
そもそも玄冬は料理大好きっ子だ。大好きな料理の時間を置いてまで手伝ってはくれないことは分かりきっていた。
これが料理の時間でなければ…!!涙する黒鷹は、目の前の男の体を揺する。

「主、主〜」

その声に力がなかったのは、男が起きてくれないからか、可愛い息子に無視されたからか。
とにかくそんな感じで彼らは同居生活を送っている。

お父さんと息子とおじいちゃん

何が原因だっただろうか。思い出してみる。
箱庭を出ていこうという結論に達した黒鷹と玄冬が男にその旨を伝えたところ、まあ勝手にすればいいというような返答をもらった。では早々にと出発しようとしたところ、黒鷹があ、と声を出した。
ちゃんと睡眠とってますか、ちゃんと食べてますか。床やら階段やらで寝てたりしてませんよね。
毎日が日曜日のお父さん状態の黒鷹が突然そんなことを言い出したのだ。毎日黒鷹に説教三昧の玄冬は驚いた。
黒鷹がぎゃーぎゃーと言うほどの日常生活を送っているらしい男。その内容にも驚き、そして主婦の魂が目覚めた。 今どこにいるのだと、そこはどうすればいけるのだと迫る玄冬は、怪訝そうな男ともしかしてと閃いた黒鷹に言った。

「そんな生活が許せるか!今すぐ俺をそこに連れて行け!」

……原因は誰だ。

「食事の時くらいしっかりと起きろ」
原因その一である玄冬ははこくりこくりと舟をこぎながら食卓につく男の前に夕食を並べる。
「玄冬!私の分だけ野菜が多くないかい!?」
原因その二である黒鷹が目の前の野菜に泣いた。
「……うるさいぞ、黒鷹」
原因その三、そして元凶ではないかと思われる男は黒鷹に一言、そしてぱくっと料理を一口。

なんともはや、不思議な家族ができあがった。
けれど元々超がつくほどマイペースな三人だ。それなりに上手くいってはいた。
どうやら信じられないことに苦労性だったらしい黒鷹が、最近羽の輝きが減ってきた気がするんだよと嘆けば、玄冬がブラッシングに精を出し――これは鳥限定なので、人型の時にはしてくれない。
玄冬が創作料理に時間を忘れて台所に篭れば、適度に休みなさいと黒鷹が泣き落とし――鳥の泣き落としの方が効果抜群。
男が箱庭作りに夢中になれば、玄冬が食事と睡眠を無理やりとらせたり――部屋から出させるのは黒鷹の仕事だったりする。
若干一名、可哀想に見えなくもないが、そんな風に特にいがみあうことなく無難に毎日を過ごしていた。

「…うむ」
食事が終わって、玄冬が台所に皿洗いに入ると、その後ろ姿を見つつ男が頷いた。それを目にして、黒鷹が首を傾げる。
「何です?主」
「いや。玄冬というのは本当に興味深い存在だと思っただけだ」
一人目の玄冬も興味深かったけれど、二人目もまた興味深い。
そんな男に黒鷹はそうですか、と小さく笑った。そして玄冬の背を目を細めて見つめる。慈愛の眼差し、というのだろうか。男は驚いたように軽く目を見開く。

黒鷹は黒の鳥となってから変わった。一人目の玄冬との出会い、別れ。それが黒鷹に何をもたらしたのか、男は知らない。けれど確かに変わった。
その時は具体的にどう、と尋ねられてもなんとなく、としか答えられはしなかったが、二人目の玄冬と共にいる黒鷹を見ていると分かるものがある。

柔らかい表情が増えた。

『玄冬』と守護の鳥としてではなく、父と子として過ごしてきた玄冬と黒鷹。それが原因なのだろうか。
一人の父親として一人の子供を愛し育てる。それが黒鷹に変化をもたらしたのだろうか。
茶を啜りながら玄冬の背中を見る。

不思議な男だ。
一人目の玄冬とは終ぞ接触はなかったが、彼が選んだ道に心が微かながらも動いた記憶がある。
黒鷹に箱庭を壊さないでくれと頼まれた時に了承したのもそれが原因だ。
興味があった。玄冬に。

人が人を殺しすぎた世界に生まれた玄冬。世界を滅ぼすために生まれた玄冬。
人は己のために他者を殺める。けれど玄冬は他者のために己を殺した。魔王として他者に憎まれながら死んでいった。世界を救うためにその身を救世主に差し出した。
どうして。
そう思った。
笑って逝った玄冬に、どうしてそれほどに満足して逝けるのだと。どうして己のために『玄冬』を殺すもの達のために死ねるのだと。

箱庭を去っても尚、玄冬のことは忘れることなく頭の片隅にあった。
二人目の玄冬が世界に生み出されたのだと知った時、新しい箱庭から意識が逸れもした。
そうして影たる己が接触した玄冬は、一人目同様世界を憎まず、人を憎まず世界のために己を犠牲にしようとしていた。
己を殺す世界が好きなのだと、己を生み出したくせに己を厭う人々が愛しいのだと。

「興味深い」

理解できないから、だろうか。
それとも玄冬こそが己の理想とする人が人を殺しすぎない世界を形作ったものだから、だろうか。
分からぬまま目を伏せる。

いつの間にか寝息を立てて、ごんっと机に頭をぶつけることになる男は、うっすらと口元に笑みを浮かべた。

end

リクエスト「黒父子が主について行き新しい箱庭で仲良く暮らす」 でした。
ギャグ一色で終わる予定でしたが、何故か主がそれを止めてしまわれました。
タイトルが阿呆なのは仕方ありません(何でだ)

主の『玄冬』に対する思いはどういうものなのだろう、とずっと思ってました。
初代の選んだ道が主に何をもたらしたのか。この話を書いてようやく自分なりに見えてきたものがあったので、いつか書けたらいいな、と思います。

リクエスト、ありがとうございました!

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