Memoria


「何やってんの、あいつ」

夏の暑い暑い日に玄冬に会いに郡までやってきて、玄冬と二人っきりのお茶。
途中で玄冬が昼食の用意に席を立ったけど、いつまで経ってももう一人の住人が姿を現わさないから、今日は玄冬と二人っきりだとうきうきしていた。なのにいきなり聞こえたふ〜〜という満足そうな声。
何今の声、と問いかけてみれば玄冬は何でもないように黒鷹だと返した。浮かれた心を返せ。
八つ当たりじみた感情で、台所にいるという黒鷹の静かさが気になって覗いて目が点になった。

視線の先は台所の片隅。そこには大きなたらいの中に水がはってあって、その中に野菜や果物が浮いたり沈んだり。その中に空の小さなたらいもひとつ、ぷかぷか浮いている。小さなたらいの中には…黒い鷹。何あれ食材?
そんな僕に玄冬は昼食の用意をする手を止めて、ああ、と何でもないように頷いた。
「あまりの暑さにバテてたんだ。だから一緒に浮かしてみた」
「浮かしてみたって…」
「水の近くなら多少涼しいだろう?水に触ろうと思えば触れるし」
「そりゃそうだけどさ」
普通、暑さでバテてるからって父親を水に浮かそうと思うだろうか。
水に濡れたタオル渡すとか、冷たい飲み物渡すとか。それが普通じゃないだろうか。
そう思いながら鷹を見ていると、鷹と視線が合った。そしてやあちびっこ、と言った。
どことなくうきうきしている様子に殺意が湧くのは当然だ。僕だって暑いのに一人涼しい思いして…!!

「ズルイ…」

恨みがこもる声に玄冬がああ、と言って皿を差し出した。氷菓子だ。
「食べるか?」
「食べる!」
一瞬にして殺意が霧散した。やった!と喜々として受け取って渡されたフォークを使って口に。
ああ、冷たい美味しい。幸せな気分に浸っていると座って食べろと玄冬の叱責。その手には新たな氷菓子。
それを鷹の元へと持っていった玄冬が、ことっと小さなたらいに皿を置くと鷹が礼を言う。そして皿に乗せられていた小さな木のフォークを握った。
「って、ちょっと待って!!」
「何だ?」
「何だい?ちびっこ」
不思議そうに顔を上げる父子。どうしてそこで不思議そうな顔ができるのか。

「フォークで食べるの?お前!」

鳥のくせに!玄冬も普通にフォーク渡したけどでも!!
誰が想像するだろうか。氷菓子を食べる鷹もどうかと思うけど、まあそれはそれ。人型にもなるんだから置いておいて。
けれどまさか鳥型のままフォークを握るなんて普通思わない。嘴一つで十分じゃないか!
なのに鷹が何にかは知らないけど、勝ち誇ったように笑った。

「ふっふっふっ。甘いな、ちびっこ。私をそこらの鳥と一緒にしてもらっては困るよ。私は鳥型の時も人型の時と同じことができるよう、日々努力を重ねているのだよ!!」
「何無駄な努力してんのお前!」
「何をお!?見給えこれを!しっかりフォークを握っているだろう!」
「どうなってんだよ、それ!可笑しいだろ!?」
「私の努力の賜物だよ、ちびっこ」
「鳥なら鳥らしく嘴で食べろよ!ねえ、玄冬!」
フォークを渡したのは玄冬だけど、渡した事実と心で思っているのとは違う。だから玄冬に同意を求めれば、あ?ああ、とすでに料理を再開してた玄冬が頷いた。

「我ながら上手く作れたと思う」

「…何の話?」
「何の話だ?」
…うん。聞いてなかったんだね、玄冬。
思わず項垂れれば、鷹が料理の最中に話を振るからだよ、と慰めるように言った。むかついた。
「鳥型なんだから嘴で食べたらって話」
「ああ、それか。いいんじゃないか?楽しそうだし」
「基準それ!?」

突っ込めば玄冬が不思議そうに首を傾げた。僕が何に引っかかっているのか全く分かってない。
元々玄冬はいろんなところでずれてるけど、鳥がフォーク握ることの可笑しさに気づかないなんて思ってなかった。
他の鳥がフォーク握ってるところでも見たの?なんて聞いても、きっと握れるのか?とか聞き返してくる。
…ああ、玄冬は黒鷹の鳥型と普通の鳥は別のものだと思ってるのかも。だから黒鷹が鳥型でフォーク握っても普通の鳥がフォーク握るなんて思ってない。なら僕がいくら可笑しいと訴えてもそれこそ無駄な努力だ。

「…もういいよ。それで君は何の話してたの?」
「ああ、黒鷹のフォークの話だな」
「フォーク?」
鷹の方を見れば、鷹がこれかい?とフォークを持ち上げた。鷹のくせに。
「あれは俺が幼い頃に作ったんだ」
「は!?」
「市販のフォークだと持ちにくいらしくてな。だから黒鷹の羽に持ちやすいように作った」
何度も失敗してようやくできた一品だ。満足そうに言う玄冬と、父親思いのいい子だろう!と胸を張る鷹。

幼い頃に作ったフォーク。しかも黒鷹仕様。挙句に何度失敗しても成功するまで作り続けた一品!!
そうと聞くと急にあのフォークが憎たらしく思えてくる。

玄冬と黒鷹は仲がいい。ここまで仲のいい父子なんてそういないんじゃないかってくらい仲がいい。
認めたくないけど、本っ当に認めたくなんてないけど、玄冬はお父さんっ子だ。お父さん大好きっ子。
いや、父子家庭なんだから仕方ないのかもしれないけど。二人っきりで山奥で生活してるんだから仕方ないのかもしれないけど!
でもだからこそ玄冬は黒鷹のために何かすることに手は惜しまない。言われなくても進んでやる。その結果が今目の前に。

「…君、昔からそういうの好きだったんだね」
「そうでもない」
木を削って何かを作る。そんなことをしたことがなかった。だから何度も手を切った。黒鷹が出かけている間にとがんばって、がんばって。
「完成するまで大変だったが、黒鷹が褒めてくれたから」
ありがとう、嬉しいよ。そう笑って頭を撫でてくれたから。傷だらけの指に気づいていただろうに、何も言わずにいてくれた。ただ喜んでくれた。だから好きになった。

そう言ってふわりと笑う玄冬と、聞いているのだろうに聞かないふりで氷菓子を食べている鷹。
二人の間に入っていけない時がある。こんな時は特に。
玄冬を形作るものは黒鷹との思い出だ。それが今の玄冬を作っている。
僕がどんなに玄冬を好きでも、玄冬がどれだけ僕を受け入れてくれていてもそれは変えられない。
だから僕は僕と玄冬だけの何かを築き上げればいい。分かってる、のに。

「もうすぐでできるから、お前は向こうで待っていろ、花白」
「うん」




ああ、どうしてこんなに泣きたいんだろう。

end

リクエスト「黒鷹+玄冬←花白で昔話に盛り上がる黒父子に嫉妬する花白」でした。
盛り上がって…ない?本当はもっとギャグになるはずでした(汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

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