寝床を探して三千里も歩かない。


とりあえず気が済んで、仕事部屋から出たのは何日ぶりだろうか。眠い。
ふらふらっと歩いてはいたが、眠気が勝ってきたのでその場で寝転んで寝ることにする。
床はひんやりとしていて気持ちがいい。頬をすり寄せて、すううっと意識を眠りの淵へと誘った。




ごんっ




「きゃあ!」

大きな音と悲鳴。おまけに頭が割れるように痛い。
一体何だ、と目を開けると、白梟が今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを見下ろしていた。

「申し訳ありません、主!」
「…白梟?」
「頭は痛みますか?申し訳ありません!手が滑って…っ」
おろおろとする白梟に不思議そうな顔を向ける。
確かに頭はズキズキと痛むが、何を謝られているのか…。
「主?」
「…ああ」
よく見れば、ここは寝る前に見た場所ではない。違う場所にいる。寝ながら移動したのだろうか。
そんなことを思いながら体を起こすと黒鷹がやってくる。何やら目に涙が溜まっているうえ、笑いをこらえたような顔をして。

「白梟が運んでくれたんですよ、主」
「ほう」
「ただ抱き上げられないので、引きずってここまできたんですが」
そこまで言って吹き出した黒鷹に、白梟が真っ赤な顔で怒鳴りつける。
「黒鷹!笑いごとではありません!」
「いやいや、すまない」
「主、本当に申し訳ありません」
「何がだ」
先程から話が一向に見えない。面倒だからもういいだろうか。別段、知りたいわけでもない。

「ですから白梟の手が滑って、床に主の頭を落としてしまったんですよ」

意識がふいっと逸れそうになったところに黒鷹の説明。それにああ、と意識が話に戻る。
「ならばこの痛みはそれか」
ごんっという音は頭が床と接触した際の音。白梟の様子もそれゆえのこと。なるほど。
頷けば、そうですと黒鷹も頷く。けれど白梟は顔を真っ青にさせた。
「だからちゃんと寝床で寝てくださいって言ってるじゃないですか、主」
「黒鷹!」
自業自得と言いたげな黒鷹に、何ということを!と白梟が声を上げる。
そうして二羽の鳥が騒ぎ出すが、もうどうでもいいし、まだ眠い。だからまたそのまま床の上で眠りについた。







人が人を殺しすぎない世界。それが見てみたかった。
その望みのためにいくつもの箱庭を作り、いくつもの箱庭を壊した。
今、また新しい箱庭を作っている。まだ完成には至らないが、今度こそ望みを叶えてくれるだろうかと思う。


「また可笑しなところで寝ていますね、主」

黒鷹の声に目を開ければ、上からこちらを覗き込んでくる呆れたような顔。
起こすな、と返せば、起きてくださいよ、と返る。
「白梟がお茶を用意してますから、さっさと出てきてください」
早く行かないと私が怒られるんですから、と勝手なことを言う黒鷹に、ふんと笑う。
「ずいぶん気に入ったようだな、あれが」

今度の箱庭にあるシステムを組み込むことにした。白梟はそのシステムの一つとして創った鳥だ。
その白梟を黒鷹がこれほどまでに気に入るとは思わなかった。
長い付き合いだ。見ていればどれほど気に入っているのかくらいは分かる。
寝転んだまま黒鷹を見上げれば、黒鷹はわざとらしく笑う。

「主こそ、私より白梟にお優しいじゃないですか」
「当然だ。お前より余程素直で従順だ」
「酷いですね。私だって素直で従順じゃないですか」
「どの口が言うのだ」

全く、と息をついて机の下から出る。
それを脇にどいて眺めながら黒鷹が、本当に冷たくて狭い場所が好きですねえとぼやいたが無視をした。







基本的にいつどこであろうと眠れる。鳥達は寝る場所を選べとうるさいが、選ぶ必要を感じない。
そもそも場所を選ぶ時間を睡眠時間にあてるほうが効率的だ。

ふらふらと鳥達が眠っている時間に階段を登る。ただ目が覚めただけだ。用はない。
けれどまた眠くなってきた。足を止めて階段の途中で座り込む。そして体を倒して上段に頭を置いて目を伏せる。

うとうととする頭に浮かぶのは球体。次の箱庭。ここはその中だ。
この箱庭には今はまだこの塔しかないが、これから徐々に増やしていく。まずは、雪。雪を降らせる。
綺麗に綺麗に真っ白に。やまない雪。降り続ける雪。静かに美しく世界を滅ぼす雪。
この箱庭に組み込むシステムの一つ。世界を滅ぼす雪。

人が人を殺しすぎない世界。

それが叶ったなら、そんな美しい滅びを目にすることはない。
そう思いながら、雪の調整をしたら雪を降らせて、あの二羽に見せてやるかと思った。 




「うわ!?どこで寝てるんですか、主!」
あやうく踏むところだったじゃないですか!そう叫ぶ黒鷹と、
「どうしたので…主!?どうされたのですか!?」
慌て出す白梟を連れて、雪の中に。







きっと降る雪は美しい。

end

リクエスト「研究者の1日」でした。
書き始めたら、研究者が寝て終わったので三行で終わりました。思わず「え?」と呟いたくらい予想外でした(汗)。
主を侮るからです、と白梟ににっこり笑顔で怒られたような気がしました(笑)。

リクエスト、ありがとうございました!

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