Amore goffo


久しぶりに彩城を訪れた灰名は、行く先に見知った姿を見つけ、おやと思う。
金の髪を背に流し白を纏うその人は、彩の国賓予言師――白梟だ。
白梟は何をするでもなくただ庭を眺めているのだが、なにやら思い悩んでいる風だ。

「白梟どの」

声をかければ、白梟がはっとした様子で振り向き、軽く目を見開いた。
「これは灰名どの。お久しぶりですね」
お体の具合は大丈夫なのですか、と心配そうに尋ねてくる白梟に、灰名は微笑んで頷く。
「ええ。今日はずいぶん調子が良いようです」
「それはよかった」
安堵した様に微笑む白梟に、先程お会いした陛下も同じような反応をくださったなと思う。

生来、灰名は体が弱い。それは年を重ねても同じだった。
それゆえに灰名は第三兵団隊長を務めていたにも関わらず、一向に丈夫になる気配のない己をそういうものと受け入れていた。
そんな灰名を周りは臥せるたびに心配する。回復するたびに安堵する。それに申し訳ないと思う。

「あまり無理はなさらぬよう」
「ありがとうございます」
白梟の言葉に肝に命じておきましょう、と頷いて、ところで白梟どのと首を傾ければ不思議そうにはい?と返る。
「どうかなさいましたか?ずいぶん難しい顔をしていらっしゃいましたが」
え、と白梟が目を見開く。そして灰名から目を逸らすと右袖で口元を隠した。
「白梟どの?」
「灰名どのには…分かりましょうか」
「何をでしょう?」
しばし考えた後の白梟の言葉に応じると、白梟が手を下ろし灰名を見た。眉が微かにしかめられている。

「先日、黒の鳥と玄冬が彩城を巻き込んだ父子喧嘩をいたしまして」
「それは…すごいですね」
黒の鳥が時折彩城を訪れていることは知っていた。灰名はまだ会ったことはないが、息子である銀朱が頭を悩ませているらしい。
それに加えて玄冬。玄冬がどんな人物なのか、灰名は知らない。知っているのは玄冬の実父であり、息子である玄冬に関しては少しも知らない。
だからか、父子喧嘩で城中を巻き込むという言葉に想像がつかない。
白梟がその時のことを思い出したのか、はあと大きなため息をついた。
「よほど大変なことととみえる」
「ええ、本当に」
遠い目をする白梟に灰名は小さく笑う。
本当に黒の鳥と玄冬は何をしたのだろうか。思い出すだけで疲れた様子を見せるとは、ただごとではなかろう。
「些細なことが原因だったのです。だというのに何故あれほど大騒ぎするのか、私には理解できませんが…。花白が言ったのです。少し羨ましい、と」
それが酷く重要である気がするのに、その意味が分からない。花白が何故羨ましいと言ったのか。その言葉にはどんな思いが込められているのか。分かりたいと思うのに分からない。そんな白梟に、なるほどと灰名が頷いた。
「お分かりになるのですか?」
縋る様な目に、そうですねと微笑みかける。
「その言葉のままでしょう」
「と言いますと?」

「あなたと些細なことで喧嘩をしてみたい。そう言っていらっしゃるのですよ」

「は…?」

白梟が目を丸くする。
「私には分かりかねます」
喧嘩をしてみたい?何故だ。しないに越したことはないだろうに。
そう表情が物語るのに灰名は苦笑する。
「あなたが好きだからです」
「え?」

花白に限らず、小さな救世主も大きな救世主も皆、白梟が大好きだ。けれど花白と大きな救世主は同時に恐れてもいる。
嫌われたくない。失望されたくない。見捨てられたくない。
だから二人は白梟の機嫌を損ねることを恐れる。普段の態度からは考えられないほどに臆病になる。
なのに似たような関係であるはずの黒の鳥と玄冬は、人目も憚らず大喧嘩。そこには相手に嫌われるかもしれないという考えはない。互いの関係は喧嘩をしても崩れないと言わんばかり。そして実際に崩れることはないのだろう。だから羨ましい。
恐れを抱くことのない関係。相手の一挙一投足に怯えることのない関係。花白は白梟とそういう関係であれたらと願っているのだ。
そう、思う。

灰名は好きだから喧嘩をしたいと言う意味を考える白梟を目に、怯える必要などないのだと思う。
白梟は白梟なりに三人の子供達を愛している。花白達が恐れるようなことにはならない。花白の一言でここまで悩んで、考えて、そして分かろうとしているのだから。


「ただ、あなたに嫌われたくないと思うがゆえに、呑み込む言葉があるのでしょう」


はっと白梟が顔を上げる。
灰名は微笑んで、白梟が顔を歪めた。

「意見の相違に、私が不快を示すと。それがあの子の…いいえ、あの子達の不安の根だと。そうおっしゃるのですね?」
思い至ることがあるのだろう。白梟が辛そうに目を伏せた。
だから羨ましいなどと、あの子は言ったのですねとの声は微かに震えて。けれど再び上げた目は強く灰名を見返した。
「よく分かりました。あの子にそう言わせた原因は、己を振り返れば確かに私にありましょう。ですから私は示さねばなりませんね」
あの子達に分かるよう。あの子達が誤解せぬよう。玄冬が黒の鳥を疑わぬように。




「私があの子達を愛しているのだと」




嫌うはずがない、大切な我が子達。
不安に思う必要はないと。怯える必要はないとしっかりと抱きしめてやらねばと、白梟が微笑んだ。









「父上!」
「銀朱」
銀朱が灰名を見つけ、驚いたように駆け寄ってくるのに足を止める。
「昨日熱が下ったばかりではありませんか!」
何を出歩いていらっしゃるのですか、と怒る息子の頭を灰名はくしゃっと撫でる。
は、と目を点にして疑問符を頭上に浮かべるのに笑む。
「父、上?」
「愛しているよ、銀朱」
「は、あ?」
灰名の言動についていけない銀朱に、くすくすと笑う。

いつも銀朱と灰名を羨ましそうに見ていた花白。白梟を呼んで一緒にお茶を、そう言えば嬉しそうに笑っていた幼少期。
いつからか笑わなくなって、辛そうな顔ばかりするようになった。
銀朱といる時が一番表情が豊かだったのではないだろうか。けれどそれもあまり良い表情とは言えなくて。
白梟に向けられない分も銀朱にぶつけて、憤って、嘲って。けれど助けてと叫んでいた。本当は白梟に。

「白梟どのも不器用な方だから」

花白をちゃんと愛していた。けれど年を重ねるごとに花白ではなく救世主を主に置くようになった。
花白が主、救世主が従ではなく、救世主が主、花白が従と。けれどそれも花白のためになるのだと思っていた。それが当然だと信じていた。花白は、泣いていたのに…。

すれちがって、すれちがって、すれちがって。
けれど、もう大丈夫。

白梟自身を追い立てていたもの。それはなくなった。同時に花白を追いつめていたものもなくなった。
白梟は一直線にしか見えていなかった世界が広いことを知った。そのためか、周りを見渡す余裕ができたように見える。

「いつか母子喧嘩が城を騒がす日がくるのかもしれないな」

十分騒がしてますが、と顔をしかめた銀朱の脳裏には、先日城を騒がせた父子が浮かんでいるのだろう。
けれど訂正はせずに、灰名は楽しみだよと笑った。

end

リクエスト「灰名がでる話」でした。
救世主達はお母さんを困らせたくないお母さん大好きっ子ばっかりなので、これからも変わらず良い子してる気がします。
代わりに他の人を困らせまくるんだと思います。銀朱とか銀朱とか銀朱とか(笑)。

リクエストありがとうございました!

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