渦巻く狂気は檻を破り流れゆく




箱庭を作っては壊す。壊しては新たに作る。その繰り返し。
静かな空間は、箱庭作りには最適で。けれどどことなく足りぬ気もする。
うるさくてもいないよりマシか、それともうるさい時が長かったが故の不慣れさか。
そんなことを思いながら、次なる箱庭を始動させる。
これで一体幾つ目の箱庭だろうか。
この箱庭もまた、この手により壊れる道を辿るのだろうか、と思って、まだ始めたばかりというのにと何を愚かな事をと息をつく。

「うん?」
ふと眉をしかめる。
「・・・鳥が失われたか。だが、これは」
どういう状況だと呟くと、目の前に浮かぶ光。それに手を伸ばすと、光がすうっと身の内へと入っていった。
己のものでありながら己のものではない記憶が流れ込んでくる。

ただ一つ、失敗作でありながら存続させた箱庭に残してきた己の分身。
それは彼の箱庭の楔たる二羽の鳥の内、一羽なりと失われた時、その役目を代わりに担うために残してきたもの。
それが戻ってきたということは。

「なるほど。実にお前らしい終わりだな、黒鷹」

そして。

「白梟」

耐え切れなかったか。
何に。
創造主の戻らぬそのことにか。それとも片翼の壊れた様を見続けることにか。
それは分からぬことで、今更分かったところでどうにもならぬことだ。

「玄冬システムは失われたか。まあ、当に失敗した庭ではあったが」

目を閉じれば浮かぶ、必死に父親を呼ぶ子供。一人目よりも二人目よりも更に年若い。

「何も知らされないまま、そうして解放されたのか。だが黒鷹。
何も分からぬまま解放されたとて、その子供は納得すまい」

生涯引きずり続けるだろう。
何故、と。どうして、と。
もはや答える者もないまま、ずっと。

「これがお前が願った結果ではあるまいに」




* * *




分からないことが多すぎた。何もかも分からない。
主が戻られないことも。黒鷹の真意も。何も。

三人目の『玄冬』が生まれたその時、黒鷹は『玄冬』を連れて現われた。
そうして一つの取引を持ちかけてきた。

玄冬をこちらに差し出す代わりに、少しの間でいい、玄冬に生を。

理解ができなかった。
何を戯言を、と口に出しても、黒鷹はいつもの笑みに似せた笑みで酷いな、本気なのにと言った。
それにぞっとした。

これは誰だ。これは何だ。
形は黒鷹であるというのに、確かに対なる鳥であるというのに、全く知らない存在だ。
何を考えているのかと問えば、玄冬のことに決まっているだろう?私は黒の鳥だよ?と返ってくるのだ。

「『玄冬』を守り、生かすのがあなたの役目でしょう」

ぽつりと呟く。
誰もいない部屋で一人、思い出すのはいつもその日のこと。
理解できないといつも思っていたが、それを上回って理解できなくなった己の対なる鳥。
今日も『玄冬』と二人、時を過ごしているのだろう。笑って、笑って、幸せそうな父と子として。

「器がもうすぐ規定値を超えます。あなたの夢の時間はまた終わりを告げるのです。
あなたはまた笑って差し出すのですね、『玄冬』を。そうして次の『玄冬』を待つのですね」

そして次の『玄冬』とまた始めるのだ。父と子の生活を。

「主よ。我らが主よ。お早くお戻り下さい。私はあなたのお帰りを、ただそれだけを待っているのです」

そのためだけに生きてきた。
そのためだけに救世主を育ててきた。
けれど。

「これ以上、あのような黒鷹を見ていたくはないのです」

狂っているように見えるのだ。
黒鷹の笑みを見る度に、狂っているのではないかと思うのだ。
『玄冬』が現われる度に酷くなっていくような気さえするのだ。
主のために。ただそれだけだった己の心に芽生えるものが恐怖だと気づいている。


黒鷹が狂っていく様は、己の末路でさえある気がしてならないからだ。


「主よ、主よ、主よ。未だ『玄冬』が生まれるからお戻りになられないのですか。ならばこの箱庭が『玄冬』を生み出さぬように。
ええ、必ず」

そうすれば黒鷹も以前の黒鷹に戻るだろうか。
そうすれば己も己を襲うかも知れない狂気から逃れられるだろうか。




気づいている。主は戻らないだろうと。
気づいている。己のしていることは無意味だと。
けれど気づいていない振りをする。そうでないと黒鷹と同じ道を辿るだろうからだ。
じわりじわりと忍び寄るものは絶望だ。それを認めた瞬間、恐らく狂うのだ。

『玄冬』を失う黒鷹と、主を失う己。
それが重なって仕方がないそのことに、目を向けずにいられるうちに。




「主よ、私の主」




は や く と こ こ ろ が ひ め い を あ げ る 。




* * *




約束をした。
大切な子供と、大切な約束をした。

「でもね、玄冬。そろそろ私は限界なのかもしれないよ」

眠る玄冬の髪を撫でる。
何人目の玄冬だろう。もう数えることも忘れるくらい、玄冬との約束を守り続けてきた。
玄冬はいつの玄冬であろうと玄冬だった。
哀しいくらい、玄冬だった。

「もうすぐ君も逝ってしまうのだね」

本当に、と目を伏せる。
本当に人は何と愚かなのだろうか。何度玄冬を殺せば気がすむのだろうか。

「といっても、君の存在を知らないのだけれどね」

春告げの儀式とはよく言ったものだと笑った。
人間が呼んだ永遠とも言える冬を、救世主と玄冬が終わりにするのだ。世界に春を呼び戻すのだ。
それを知るのは今ではほんの一握りだけだ。彩の中枢を担う者と救世主、そして白梟と黒鷹だけ。

「玄冬」

そっと指の背で玄冬の頬を撫でる。
まだ十を過ぎて数年しか経っていない子供。まだ生きた方だと思う。
生まれてきた玄冬の中には、まだ十さえ満たない者もいたのだから。

けれどそれが何だというのだろう。

人は生きる為、愛される為に生まれてきたのだと説く者がいる。
けれどそれに玄冬は含まれないのだ。この世界の誰もが玄冬をその『人』の括りに入れはしないのだ。

今でこそ玄冬を知る者は少ないけれど、かつては世界中が知っていた玄冬の存在。
彼らは怯えた。嫌悪した。化け物と罵った。そうして玄冬の死を望んだ。
彼らは悪くはない。何一つ悪いことなどない。当然のことだからだ。己の命が、大切な者の命がかかっているのだから。
けれど黒鷹には関係がない。彼らが玄冬に奪われる者ならば、黒鷹は彼らに奪われる者だからだ。
大切な大切な息子を、彼らは奪っていくからだ。

「世界なんて知らないと、君は言ってはくれないからね。世界から解放してくれと、言ってはくれないからね」

だからその連鎖は果てしなく続く。
どこまでもどこまでも続いて、黒鷹の望みは今のところ叶えられる様子はない。

「玄冬、それでもいい。いつかでいいよ。私は君との約束を破りはしないから。だから玄冬」




いつか私を殺しておくれ。




真実、心からの願い。でも君と会えなくなるのは嫌だなあとこれまた心からの呟きを吐く。
そして、自分以外が玄冬を守り育てるのも嫌だと思って。

「どうしようもないね、私は」

ただ君を愛しているだけだというのにね。


* * *


「黒鷹か」
男は突然目の前に現われた黒鷹に驚きもせず、ただ眉をしかめた。
黒鷹はこれは主、と息も絶え絶えに笑うと崩れ落ちた。
「黒鷹!」
黒鷹の腕の中にいた玄冬が泣き出しそうな顔で黒鷹に縋りつく。
男はその様子を微かに目を見開いて見つめ、そして黒鷹を中心にして流れるものに視線を流す。

「何があった?」

それは血だ。黒鷹から大量の血が流れている。その状態で転移してきたというのなら、もう助かるまい。
男の声に強張った響きを感じ取って、黒鷹は笑う。

「主よ。白の鳥は失われました」
「分かっている。だから我が目覚めたのだ」
「私が、殺しました」
「・・・お前はあれを気に入っていただろう」




「これが最後の機会だと思ったのです、主よ」




幽鬼のような顔で現われた白梟は、おそらくは壊れていた。
主を失い、いつか必ず戻られると信じることによって保たれていた精神が壊れていた。
そのことに愕然としたのは、気づかなかったからだ。自分のことで精一杯で、白梟を見ていなかったからだ。
いつこれほどまでに追いつめられたのか。どうして彼女の均衡が壊れてしまったのか。
そう思う黒鷹が我に返ったのは、白梟によってナイフが体に埋め込まれてからだ。
黒鷹の名を叫ぶように呼んだ玄冬の声に、この手を離せるのはこれが最後かも知れないと。
玄冬の手でと願ったけれど、それがどれほどこの子を傷つけるだろう。分かっていてもそれを願った。
けれど、今ならば。今ならば解放してあげられるかもしれない。
そう、思った。

「そのために白梟を殺したか」
黒鷹が笑うことで肯定した。
それに男はため息をつく。
「そして私にせよと言うか」
縋りついて泣く玄冬は、黒鷹が助からないこと知っているのだろう。男を振り返ることは一切なく、ただ黒鷹を呼ぶ。
黒鷹は玄冬へと手を伸ばし、その髪を撫でながら目を閉じた。
「できれば、するんですけれど、ね」
「よく言う」
最後の最後で人任せにする己の創造物へと吐き捨てれば、黒鷹はまた笑った。
男は一度目を伏せ、そして黒鷹へと背を向けると柱へと足を進める。
そこにしゃがみこんで、一本のコードを手に取ると振り向く。

「よいのだな?」

黒鷹は笑って、そして玄冬と呼んだ。
「玄冬」
「黒鷹、黒鷹・・・!!」
いやだと泣く玄冬に、黒鷹はそれでもと玄冬の頬を撫でる。
「君が幸せであれと願うのだよ、玄冬」
「何言って・・・!お前がいなくて、どうやって!!」
「大丈夫。君はいい子だからね、ちゃんと幸せになれる」
「いやだ、黒鷹!!」

黒鷹は顔を歪ませる。痛み故ではない。愛する子供に痛みを与える自分にだ。
早くも己の行動に後悔をし始めてきているのか、黒鷹が軽く頭を振る素振りをした。

「世界は広い。君が知る世界より、もっとずっと広い。そこには醜いものもあるけれどね、美しいものもたくさんあるのだよ。
それを君にも見せたいと思うよ、玄冬」

玄冬が唇を噛んで、泣き声を閉じ込めた。そしてずるい、と呟いた。

「お前はずるい、黒鷹。お前は俺を置いていくくせに、そんなこと言うなんてずるい」
「そうだね。でも、本当なんだよ?玄冬」
「俺に見ろっていうんだな」
「ああ、見てほしい」
「お前はいないのに、一人で」
「ああ。でも君のことだからきっと、無自覚に人をたらしこむから大丈夫だよ」
「何だそれは」
「君の才能だろう?」
「そんな才能知らない」

黒鷹が笑って、大丈夫だよとまた玄冬を撫でると、視線を男に戻す。
「主」
男は視線をコードに戻し、そのコードを切るために力を入れる。


「愛してるよ、玄冬」




そんな声を後ろに、




コードが









切れた。









* * *


新しい箱庭が時を紡ぐ。
それを箱庭の中で眺めながら、今度こそ願いは叶うだろうかと思う。
壊したいつくもの箱庭。全て失敗作だ。
たった一つ残した箱庭。それも失敗作だ。
けれどどの箱庭よりも心に残った。良しも悪しも、強く強く。
もしも願いが叶ったとしても、あの箱庭以上に強く心に残るだろうか。

「詮無きことを」

始まったばかりの箱庭だ。結果を求めるには早すぎる。
そう息をついて、ふっと空を仰ぐ。

舞い落ちる雪。
今度は滅びを司ることのない、白い白い花。
鳥達が笑ってそれを見たその記憶は遠く、もう手の届かない彼方だ。
新たな鳥を作る気にはならないから、その記憶と違って今は一人雪の中にたたずむ。
けれどその口元は微かに和らいでいた。

end

暗くてすみません(汗)。
『白梟→研究者→黒鷹×玄冬』を考えた時、これしか浮かびませんでした。
春告げの鳥ED後です。研究者→黒鷹があるかないかみたいな感じですみません(汗)。

リクエストありがとうございました!

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