世界の滅びと秤にかけるもの




「ここに村が一つあった」
玄冬がとん、と足元の雪を軽く蹴る。
「小さな村で、小さな女の子が花を摘んでいた」
あそこに、と指差す。
「墓があって、そこに供えるんだと笑っていた」
玄冬は足を進め、確かと顎に指を添えて立ち止まる。
「墓のすぐ側に川が流れていたんだが、多分この辺りだ」
しゃがみこんで雪を払うが、その下も雪。玄冬はふむ、と立ち上がる。
「深く積もって見えないな。とにかくそこに他の子供が葉で作った舟を流して遊んでいた」
出稼ぎに行っていたのだろうが大人の少ない村だった。

玄冬はくるっと振り返って、黙ってついてきている己の鳥と向き合う。
鳥は笑う。

「色々全部覚えてるのかい?君」
「いや、たまたまだ。全部覚えるには滅んだ村や町は多すぎる」
「違いない」

ははは、と鳥が笑う。その様子に玄冬は目を眇める。
本当はその笑顔の下に痛みを隠していることに気づいている。今まではそれに気づいていない振りをしてきた。
これから先もそうするつもりだったが、口が勝手に動いた。

「なあ、黒鷹」
「何だい?玄冬」




「俺は嘆いた方がよかったのか?」




黒鷹が目を見開いて固まった。

「お前の『玄冬』はそうだった方がよかったか?」

世界を滅ぼす『玄冬』など。
滅ぼしても嘆くことない『玄冬』など。
お前はいらない?

固まっていた黒鷹が瞬き一つして、そして馬鹿だねと笑った。

「君は君だ。私の玄冬だよ」
「俺は世界を愛していないのに?」
「そうあるように私が育てた」
「世界のために死なないのに?」
「そうあってほしいと私が望んだ」
「でもお前はこの世界を好きだろう?」

黒鷹が再び目を見開いた。けれど今度はすぐに復活して、声を上げて笑い出す。
黒鷹、と睨むようにして呼べば、黒鷹がすまないと目尻を拭った。

「二人目の君にも同じことを言われたよ」
「そうなのか?」
「そしてね、その時の私も今の私も返す言葉は変わってはいないんだよ」
何だ?と眉をひそめれば、黒鷹がおいでと手招きする。それに従うと、くしゃくしゃと頭を撫でてくる。
「この世界に執着はないよ。君がいるという以外にはね。君がいるから愛しい。
だからね、君が世界を滅ぼそうと滅ぼすまいと、私が世界に何かを思うことはないよ」
「だが、お前・・・」
うん?と首を傾げる黒鷹に、玄冬は視線を積もった雪に落とす。
「ずっと一緒にいるんだ、分かる」
「何をだい?」
「村が滅ぶ度に隠してるだろうが、痛そうだ、お前」

だから本当はどうしようかと迷ったりもした。世界を選べば黒鷹が痛い思いをしないのかもしれないと。
けれど黒鷹から与えられる愛情は深くて、世界を選んで玄冬が死ねば黒鷹はもっと痛い思いをするだろう。
けれどでも。そうやって迷っては、自分の願いを優先させてきた。
黒鷹の側にいたい。その願いを。

「これからもそうするつもりだった。だが、お前がずっと辛いのなら俺は。俺はまた生まれるんだろう?なら・・・!」
「玄冬、よしなさい」

静かな声、けれど低く呟かれた声にびくっと体が震えた。
ゆっくりと顔を上げると黒鷹がまったくと首を振って、玄冬を抱き寄せた。

「確かに君はまた生まれるだろう。けれどね、玄冬。私は何度君と別れても辛いし痛い。
その度に世界を、そして人間を呪うのだよ。どうして私は何度も君を失うのだろうと。どうして何度も私から君を奪うのだろうと」

髪を撫でながら黒鷹が言うのに、身動きがとれないから目を閉じる。

「今の君が生まれて、今までとは違う育て方をしようと思ったのはだからだよ。
もう君が世界の犠牲になる必要のない、私が君を失うことのない君に会いたかった」

でも、と黒鷹が玄冬をぎゅっと強く抱きしめた。

「それでも君は君で。滅んでいく世界を何でもないように見つめていても、私には分かった。
君は君でも気づいていないところで傷ついている。世界を犠牲にして生きることに傷ついている」

思いも寄らない言葉に目を開いた。
違う、と口を開こうとした玄冬は、けれどそれができずに終わる。
黒鷹が腕を緩め、玄冬を見る表情がとても哀しそうだったからだ。

「だから私も迷った。このままでいいのだろうかと。君が傷ついている。気づいていないから癒しようもない。
けれどそれに気づかせて、君がまた世界の犠牲になることを選んだら。そう思って黙っていた」

私が痛そうに見えたのなら、それだろうねと黒鷹が笑う。
それをじっと見て、黒鷹の腕から抜け出す。そしてふっと雪が降る空を見上げる。

「俺が傷ついてるかどうかは正直分からないが、お前が言うならそうなんだと思う。
お前はずっと俺を見ててくれたから、間違ってないんだと思う」

だが、と視線を下ろして手のひらを天に向け、落ちてくる雪を掴む。
一度目を閉じ、次に開けた時にはしっかりと黒鷹を見た。




「俺はお前といたい」




黒鷹が笑った。
それに笑い返して黒鷹の肩に頭を預ける。




雪が降る。
世界を滅ぼす雪。
次に滅びを迎えるのはどこなのだろう。
怯えているだろう。震えているだろう。この世界に生きるものは何もかも。
分かっていたし、実際に目にしたこともある。けれどほっと息をついた。
黒の鳥の腕の中で滅びゆく命を感じながら、それでも安堵が胸を満たした。









そうして世界は滅びを迎えました。
白い白い世界に立つのは世界を滅ぼした魔王。そしてその肩に翼を休めるのは黒の鳥。
他に生あるものは何もなく、そうして彼らは白い世界をどこまでもどこまでも歩いて行きました。

end

黒鷹はずっと玄冬との約束を守り続けていくだろうと思いますが、魔が差すことだってあると思います。
なので、魔王として育てる黒鷹もありだと。でも玄冬をよく知ってる分、罪悪感みたいなの感じたりするんじゃないだろうかと。
ところで、実はこの話を書きながら「我こそは魔王玄冬!」な勢いで行こうかと一瞬血迷いました(笑)。

リクエスト、ありがとうございました!

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