守りたいという気持ちは独り善がりなもの。
守りたいという気持ちは傲慢でしかない。
けれど何かを守るということが生きるための糧で。そして俺が存在していると確かめる術。


Good-bye, a past person.

「どうしてですか、アスラン」

泣いたのだろう、赤くなった目で。
憎んだのだろう、刺すような視線で。

「どうしてキラを、カガリさんを、AAの皆さんを撃ったのですか!!」

平和の歌姫はザフトの英雄の胸倉を掴んだ。

何故ですか、キラ達が何をしたと言うのですか。
何故ですか、キラ達はあなたの仲間でしょう。
幼馴染でしょう。恋人でしょう。あなたにとってかけがえのないものでしょう。
何故、何故、何故。どうしてあなたは裏切ったのです。どうして殺したのです。どうしてあなたは…!!

至近距離にあるラクスの顔を見下ろすアスランの目は冷たい。温度がない。
ぴくりとも動かない表情にルナマリアが視線を落としたのを視界の隅に、けれど声をかけることなくシンがレイを見上げた。
ここにいたくない。そう思う。けれどここから去りたくもない。そんな矛盾した感情に身動きがとれない。そんなシンの視線を受けたレイも眉間に皺を寄せるだけだ。応えない。

潜むエターナルを発見。攻撃、そして捕らえたラクス・クラインはアスランを前にした瞬間、周りを忘れたようにアスランに掴みかかった。そしてアスランを責め始めた。反応ひとつしないアスランをただただ責めて。アスランがすでに彼女の知るアスランではないと気づきもしないで。
そうして何も言わないアスランにラクスは顔を歪めて言った。

「あなたはただの人殺しに成り下がったのですか、アスラン」

瞬間息を呑んだ。
ラクスが、ではない。周りにいたミネルバクルーがだ。
無表情のアスランの口が吊り上り、温度のない目が更にその温度を下げた。

「人殺しに他人を人殺しと罵る権利があるとお思いで?」

ラクスが目を見開いた。
「何を…っ、あなたはご自分がされたことがどういうことか分かっておられないのですか!」
「それはあなたでしょう、ラクス。あなたはご自分が人殺しであるという自覚もなかったのですか」
それは何と滑稽な。
アスランが口の端を上げた。それがまたラクスを激昂させる。
振り上げられた手。それを視界におさめてもアスランは表情を変えない。むしろ変えたのは周りだ。

「キラとカガリさんを殺したあなたに言われる筋合いはありません!」

高い音が響く。
ラクスの荒い息づかいだけが響く中、ミネルバクルーは体中が凍りついたかのような心地を味わっていた。
今のアスランにそんなことをできるラクスの神経を疑う。気づいていないからできるのか。今のアスランがどれほどに恐ろしいか、気づかないからこそ。
アスランは平手を受けた頬に手を当てることなくラクスに視線を戻す。
その目は変わらず無感情。口元は変わらず笑みを刻んで。…そして発せられた声は変わらず冷たかった。

「あなたは理解していらっしゃらなかったのですか?戦場に出るということは死と隣り合わせだということです。そして撃てば撃たれるということです。キラは戦場に出た。MSを駆って我々に多大な犠牲を強いた。見逃す理由はない」

AAも同様。そこにカガリが乗っていたから何だ。カガリはオーブの代表だ。オーブは大西洋連邦と同盟を結んでいる。そうして地球連合軍と共にプラントへとその銃口を向けた。ならば敵だ。そう判断することの何が可笑しい。カガリが乗っている艦を堕とすことの何が可笑しい。

感情が含まれないその言葉に、ラクスは信じられないとい顔をした。
「あなたという方は…っ、そこまで堕ちてしまわれたのですか!!」
幼馴染を、恋人を、仲間を殺しておきながら、殺したことの何が可笑しいのだと。殺して当然だろうと!!
開き直ったが故の態度ではない。罪を受け入れた故の態度でもない。本心からそう思っているのだというこの態度。決して許せるものではなかった。

「キラもカガリさんもあなたをとても心配していらっしゃいました。あなたは一人で思いつめてしまう方だからと。そこをデュランダル議長に漬け込まれたのではないかと」
だから?
そう言いたげな顔をしたアスランに、ラクスは胸倉を掴む腕に力を込める。
「そんなお二人をあなたは殺したのです!敵対してくるあなたを、それでも信じていらっしゃったお二人をあなたは殺したのです、アスラン!!」

どうして、どうして二人が死ななければいけなかった。どうしてAAの皆が死ななければならなかった。殺される理由などどこにもなかったのに!!
皆、平和のために戦場へと出てきたのだ。殺しあうためではない。世界に平和を取り戻すためにだ。
本当は普通の生活を続けることもできたのだ。戦場に出ずに平凡な毎日を過ごすこともできたのだ。けれど誰もそれを選ばなかった。自分達だけ平和でも意味がない。世界が平和でないと意味がない。そうして戦場へと出てきた彼らを敵だと言ってアスランは殺した。
戦闘行為が目的ではないと知っているくせに。戦闘を、戦争を止めたい一心なのだと知っているくせに。
なのに敵だと言った!彼らを殺すことは何ら可笑しなことではないと言った!!

「あなたは人としての心を捨てたのですね、アスラン。人としての慈しみ、愛し、思いやる心をあなたは捨て、人を殺すことを正当化するような最低の人間に成り下がったのですね」

ラクスは憤り、憎み、軽蔑し、そうしてアスランを睨みつけたままアスランから二三歩離れた。
それをアスランは変わらぬ表情で見ている。

「わたくしはあなたを許しません、アスラン・ザラ」

元婚約者。仲睦まじい姿を報道されていた二人。
その片割れが己の将来の伴侶と言われていた相手を生涯憎む、と宣言したというのに、その片割れはさらりと言う。

「どうぞ。あなたにどう思われようが私には関係ありませんので」

「アスラン…!!」
捕らえろ、とアスランがザフト兵に命じる。
けれどびくっと震えた彼らはアスランの様子に気づかず非難をぶつけたラクスに怯えたのか、それとも平和の歌姫と目の前のラクスが一致しないが故に怯えたのか。分からないが動かない。
それを見てアスランが聞こえなかったのか、と目を細めた。
「彼女は反逆者だ。その彼女を捕らえないのならば、お前達も同罪だが構わないのか」
途端にザフト兵がラクスを捕らえるために動き出す。それにラクスが苛立ったように声を上げた。
「あなた方はザフトでしょう!?プラントを守る誇りをどこに忘れてこられたのですか!」
己の行動はプラントのためになるのだと。反逆者などではないのだと。そう暗に言うラクスに戸惑うザフト兵にアスランが死にたいか。そう低く呟いた。
「プラントの歌姫とは何だ。プラントのために平和の歌を歌い、プラントの民を癒してくれる存在だろう。そうでないものはプラントの歌姫とは呼ばない」
違うか。
ザフトに多大な犠牲を強いたフリーダムのパイロットを撃ったことを責めるような彼女がプラントの歌姫か。
フリーダムのせいで奪われた命に泣くものがプラントにいるというのに、共に嘆きもしない、癒しを与えもしない彼女がプラントの歌姫か。
それでも彼女がプラントの歌姫だというのなら、何を以って歌姫だというのか言ってみろ。納得したならば道を開ける行為を許してやろう。
けれど誰も声を出さない。アスランを恐れて出せないのかもしれないが、一言も声が洩れる様子はない。
その中、ラクスが声を上げた。

「わたくしはラクス・クラインです。平和の歌を歌うものです。皆さんそれを知ってくださっているからこそ、あなたの命を聞けぬと戸惑っていらっしゃるのです。それをあなたという方は脅して押さえようというのですか!!」

同じ陣営に与するものではないのか。ああ、何たる非道。こんな男が一時とはいえ婚約者であったとは。
アスランの目がラクスからラクスを囲むザフト兵を見た。
冷たい冷たい硝子のような目。生きている熱が少しも篭らない目。まるで人ではないものを見るような目。それを向けられることをずっとずっと避けていたのに。
そんな彼らからアスランの目が再びラクスに向けられる。それにほっとする。

「脅し?可笑しなことをおっしゃいますね、ラクス。あなたはフリーダムとAAを堕としたことを責めにいらっしゃった。つまり彼らはあなたの仲間であるということです。ザフトに甚大な被害を与えた彼らの仲間ということはどういうことでしょう?あなたは我らプラントに弓引く反逆者ということ。そのあなたをこのまま行かせるのならば彼らも反逆者同然」

だからこれは脅しではない。罪を問うているだけ。
けれどラクスはどうあってもご自分を正当化されるおつもりなのですね、と唸るように言った。
真実平和のためにと動いていた人達を堕として、デュランダルの駒として彼の野望を叶えんと動いて。そんな行動を正しいことだと、間違ってなどいないと。そのために何をしようと構わないと。

「プラントのことを思えばこのような非道、できるはずもありません。以前のあなたはどこへ行ったのですか。平和のためにと苦しみ、戦っていらしたあなたはどこへ」

父親と敵対することになっても平和のためにと戦っていたアスランはどこへ。
話していて憎しみを悲しみが凌駕したのだろうか。先程まで憎しみの目でアスランを見ていたラクスが、悲しげに顔を歪めた。あの頃のあなたを思い出してください、と言いたげに声が揺れた。
今の彼女はまさに慈愛の歌姫だった。その表情も声も相手を思う心に溢れていたのだ。それに心動かされるものはいるだろう。けれど相手はアスランだ。もう動くべき心を持たない相手にその慈愛は何ももたらさない。眉ひとつ動かさず、一言。

「思い出す必要を感じません」

俺には不要なものなのですから。そんな言葉に、え、とラクスが声を洩らした。

「あの頃の俺は守りたくて必死でした。プラントもキラもカガリもあなたも守りたくて必死で。けれどそれはいつだって空回りしていて。挙句に邪魔だと切り捨てられた。そんな頃を思い出してどうなるのです?守りたいものはあっても、守れない頃などいらない」

そう淡々と話すアスランの異常にようやく気づいたのだろう、ラクスが目を見開いて小さく震えた。
何を言っても淡々と言葉を紡ぐアスラン。何を言っても然程表情が変わらないアスラン。それはアスランが変わったせいだと思っていた自分が信じられない。キラ達のことで冷静になれなかったのは確かだ。けれどどうしてこの何も映していない目に気づかなかったのだろうか。

「俺は何かを守っていないと生きていけないんです」

だから俺をいらないと言ったあなた方ではなく、守るものをくれた議長の駒にならば喜んでなろう。
初めて温かい表情で微笑んだアスランに、ラクスはぞっとした。
何故だ。何故こうなった。
邪魔だと切り捨てた?いらないと言った?誰が。誰がそんなことを言ったというのか。
キラがセイバーを堕としたことを言っているのだろうか。ならば誤解だ。キラがそんなことを思って堕としたはずがない。それはアスランも分かっているはずだ。キラはアスランを止めたかった。分かってほしかった。ただそれだけだと。
けれど現にアスランはキラ達を堕とした。キラのように手足を切り捨てただけではない、とどめまで刺した。それに対しての罪悪感は欠片も見えず、当然のこととまで言ってのけている。それはどういうことだ。


分かっているはずだ、分かってほしい。
そんなもの、伝わらなければ意味はない。その思いが相手に届くことがなければ何の意味もない。


「アス、ラン」
「捕らえろ」
呼ぶラクスの声に答えず、アスランは顔をすっと無表情に戻すとザフト兵に命じた。
びくっと震え、動き出すザフト兵のぎこちなさに眉をしかめるが、まあいい、と視線を外した。そして呆然としているラクスに背を向け、その場を立ち去ろうとする。
あ、シンが声を洩らし、視線だけが流されるのに隣のレイの腕を掴む。ぐっと力が入ったのだろう、レイが眉を寄せた。ルナマリアは顔を上げない。けれどアスランは気にした様子もなく視線を外して去っていく。
姿が見えなくなって、足音が遠ざかって消える。そうなってようやく漂っていた緊張の糸が緩んだ。ほう、とどこからともなく聞こえる安堵の吐息。

優しかった。強かった。訳が分からない人だった。弱かった。けれど人間だった。そんな人はもういない。
あの目はもう何も映さない。あの声は何の感情も乗せない。まるで機械。
今のアスランにあるのは守るということ。与えられた守れという命令を命綱に、ただ力を揮うことだけ。
そうでなかった頃と今との差が酷く大きくて、悲しい、辛い。そんな感情よりも、守れという命令。それさえあればアスランは同じ艦の人間ですら冷たい表情で殺してしまうのではないか。そんな恐怖が先に立つ。

「ア、スラン」

だからだろうか。この艦に乗る彼らは誰一人としてアスランの名前を呼べない。ラクスのように擦れた声でも呼べない。
ラクスが力が抜けたように床に座り込んだ。

なくした。

続いて聞こえた言葉の意味は分からない。

end

リクエスト「Good-bye, the import〜」の続編で徹底的なアンチ。アスラン以外救いようがない。でした。
が、この話のアスランは守るということ以外に関心がないので、こんな話になってしまいました。アンチが全然足りなくてすみません(汗)

リクエスト、ありがとうございました!

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