Good-bye, the important thing.

信じられなかった。
自分が攻撃の手段、移動の手段を奪われたことが?それとも彼がそれを行ったことが?
どちらも信じられなかった。動けない。

「これが…ザフトのアスラン・ザラ」

自分の知らない幼馴染の姿。それを今、目にしている。
それが意味するところは…。

キラの目から涙が零れ落ちた。

「は…はは…っ」

アスランにとってキラは敵だということ。見限られたということ。
以前アスランに同じことをした自分が、逆はありえないと思っていたことを知る。

アスランなら許してくれる。
アスランなら全部受け入れてくれる。
アスランなら僕らを切り捨てたりしない。

何て傲慢。何て愚か。

「ははははははっ」

海に沈んでいくフリーダム。
手は足は切り落とされた。いつかアスランにしたように、コクピットだけ残った状態で海に叩き落とされた。
実際に自分が体験して分かること。生きていることが奇跡。
ならアスランは、今まで切り落としてきた人達は。

生かしているつもりで、何人殺したのだろう。

何も見えない。コクピットだけの世界。外の様子も分からない。ただ沈んでいくのが分かる。
たった独り、死んでいくのか。それにぞくっとした。

怖い。

そう思った瞬間、アスランに呼ばれた気がして顔を上げた。
コクピットに大きな衝撃。

「アスラン…!」

同時に真っ白な光と爆音。


そこで、おしまい。

ドオオオ…ンッッッ

「キラ―――――!!!」

海上に沈んだフリーダムに向けて一撃を放ったMSが、ライフルを構えたままたたずんでいた。
パイロットはキラキラと泣き叫ぶ元恋人の声を背景に一度目を細め、一筋涙を落とすと目を閉じる。
そして再び目を開け、先程の戦闘中と変わらぬ冷たい表情でAAにライフルを向ける。
フリーダムを失った衝撃に固まっている艦に向けてトリガーを引く。その動きに迷いはなかった。


「さようなら」


そう一言告げて、酷薄な笑みをアスランは浮かべた。


* * *


とん、と床に足を下ろすフリーダムとAAを堕としたパイロットに、よくやったと声がかかることはない。
それは彼が堕とした者達をどれほど大切に思っていたかを知っているからだ。
その胸の内を思って、ではなく、あれほど大切に思っていた相手を躊躇いなく落としたことに覚えた感情ゆえだ。
恐怖。嫌悪。憐憫。抱いた思いは違えど、誰も彼に駆け寄る者はない。
そしてそれを彼も気にした様子はなく、冷たい表情のままMSデッキを出て行こうとする。

「…アスラン」
どう声をかければいいのだろうか、とシンが迷ったふうに小さく名前を呼ぶ。
衝突してばかりの相手だった。フリーダムをAAを庇って、いつもシンを責める人だった。その人が突然変わった。
フリーダムに堕とされた後は暗く落ち込んでばかりだったというのに、ある日突然その感情の一切を見せなくなった。
元々何を考えている人なのか分からない人だった。けれど表情はあったのだ。感情はあったのだ。それがなくなった。

それは冷たい人形のような表情で。それは硬質な宝石のような目で。それは抑揚のない機械のような声で。

そうなると彼の戦う姿はぞっとするほど恐ろしいと感じるようになった。
元々ザフトの英雄、伝説のエースと呼ばれる人だ。その力を躊躇いなく使う姿は恐怖でしかなかった。
味方ですらそうなのだ。敵はどれほどの恐怖を味わっているのだろう、と思わずにはいられないほどに。

今も声がかけられない。何を言えばいいのか分からないだけではない。
声をかけて、アスランが振り向く。けれどその目に映る自分は、ただレンズに映る被写体のようなもの。
アスランにとっては、そこにあるものを映しているだけなのだと思い知らされるだけ。それが怖い。
こんな姿を見るくらいだったら、感情のままに怒鳴りつけられていたままの方がどれだけよかったろう。
あの頃のアスランは、確かにフリーダムとAAを庇っていたけれど、シンのことを考えて怒ってくれていたこともあったのだ。
今のように何物にも執着せず、ただ命令をこなすだけの殺戮マシーンのような姿は怖い。そして辛い。

アスランの姿が視界から消える。そうすると途端に空気が緩んだ。
作業をしているクルー達の顔が、息苦しかったけれど息がしやすくなった。そう言っているように見える。
それはシンも同じだ。そしてそんな自分が悔しくて、くそっと言葉を吐いて俯いた。
そんなシンとヘルメットを強く抱いて硬い表情をしているルナマリアに、微かに眉を寄せてアスランが消えた方向を見ていたレイが肩を叩いた。


* * *


どさっとベッドに倒れこむ。目は天井を見ているのに、見えているものは先程の戦闘。
ミネルバと地球連合軍の戦闘に、またしても介入してきたAA。
ストライクルージュが出てこなかったのは、今回の戦闘にオーブ軍が加わっていなかったからだろう。
フリーダムがザフト、連合関係なく武器を落とす。手足を切り落とす。そうしようとしているのが分かるから、今回は先制攻撃に出た。
フリーダムがAAが出撃してすぐ、動き出す前にこちらが攻撃を仕掛けた。驚いたように名前を呼ばれたが、返事をする義理はない。
アスラン、アスランと何度も名前を呼ばれた。どうして、やめて、どうして君は。そんな中途半端な言葉すら無視する。
もうこちらから語りかける言葉はない。こちらが何を語ったとしても返るものは否定のみだ。
こちらばかりがあちらの言葉を考える必要はない。悩む必要はない。
どれほど考え、悩んだとしても、あちらは露ほども考えてはくれないのだ。悩んではくれないのだ。
考え、悩むのは、どうして分かってくれないの。…もう聞き飽きた。

どれほど守りたくても、大切なものはいつもこちらを見てはくれない。聞いてはくれない。否定しかくれない。
肯定してほしいわけではない。ただ分かってほしかった。大切に思っていること。守りたいと思っていること。
けれど結局は否定されて、否定されて、否定されて。そのあげくに堕とされた。

彼らには彼らの願いがあり、それと交わらないものは必要ない。
だからどれほど自分が守りたいと思っていても、相手にとっては迷惑なことでしかないのだ。
彼らに異を唱えるものに、その資格は与えられていないのだ。
そうと分かった時、気づいたことがある。

守りたいと思う気持ちは、独り善がりなものにすぎない。
守りたいと思う気持ちは、傲慢にすぎない。

けれど何かを守りたい気持ちが自分の生きる糧で。何かを守って生きることが自分の存在価値で。
そうしなければ生きていけないから、誰もが認める理由がほしかった。

『命令を、くだされば』

だからデュランダル議長と繋がった通信でそう言った。

『命令をくだされば、私はそれを遂行する所存です』

どんなことでもいい。命令をください。大切なものはもういらない。けれど生きるための理由をください。

何かを守らせて。

『AAの介入があれば、彼らを堕とすこと。
本当に君にそれができるというのなら、私は君に命令を与え続けよう。君が生きている限り、ずっと』

AAは堕とした。フリーダムも堕とした。これで守るための大義名分を手にした。
ほっと息を吐いて、目を閉じる。
少し眠ろう。そう思って、すうっと意識を落とす。

とっくに乾いていたはずの目から涙が伝い落ちるのに気づかずに、意識は闇へと消えた。

end

リクエスト「フリーダムを討ったのがシンでなくアスラン」 でした。
舞台設定がおかしいですが、コクピット一つで海に落とされたアスランの恐怖を味わってくれという気持ちの表れです(おい)。
そして本当はAAでキラの名前を呼ぶのはラクスのはずでした。
それがカガリになったのは、キラを殺されたラクスがアスランのところに乗り込む、という展開をいつか書きたくなった時のための保険だったりします(汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

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