おめでとうございます。

祝いの言葉に呆然と。ただ、ただ呆然と。

おめでとうございます。

誰も彼もが祝う言葉。それがどれほどに嬉しく、どれほどに悲しいことなのかを知らず。

おめでとうございます。

祝いの言葉は降り注がれる。


The passing thought

いつもなら庭園に建つ東屋で本を読んでいる時間。ルルーシュはぼーっと自室から庭園を眺めていた。
一人になりたかった。だからいつも庭園に出かけていた。けれど今は自室にいるくらいしか一人になれる場所はない。庭園に出ようとするならば、必ず誰かがついてくる。そうしなければいけない理由があるからだ。
今のルルーシュの体はルルーシュ一人のものではない。その身には命を一つ抱いている。
ブリタニアの宰相閣下の子供。時期皇帝と囁かれる第二皇子の子供を。

ルルーシュはふっと笑う。
どうしてこんなことになったのだったろうか。どうして異腹とはいえ実兄の子供を宿すことになったのだったろうか。

思い出すのは二年前。ルルーシュが十六の頃だ。婚約が決まった。
けれど公式に発表されるより前にその婚約は破棄された。
何があったのか。それを当事者であるルルーシュが知ることはなく、何故か第二皇子シュナイゼルの宮に移された。
すでに自分の宮を持っていたシュナイゼルは、その敷地の中に小さな宮を作ってそこにルルーシュを住まわせた。

移された理由が分からないうえ、そこで会った様子の可笑しいシュナイゼルに不安を覚えた。
常ならば笑みを絶やさぬシュナイゼルの目は決して笑わず、優しく触れる手は荒々しかった。
その様子に恐怖を感じ始めた頃、シュナイゼルはお前が悪いのだよ、と囁いた。
囁いて、訳が分からないと眉を寄せたルルーシュを寝台に押し込んだ。

そうしてそのままシュナイゼルは、暴れて逃げようとするルルーシュの体を暴いた。

何故ですか。そう叫んだ。
どうしてこんなこと。そう泣いた。

好きだった。ずっとずっと慕っていた人。
けれどその想いは叶うはずのない想いで。

シュナイゼルのことを忘れたかった。叶わぬ想いから逃げたかった。
苦しくて、辛くて。いつかシュナイゼルが妻を娶ったら。そう思えば身を切るような思いを味わった。
だから差し出された婚姻に手を伸ばしたのだ。シュナイゼルが妻を娶るより先に、嫁いでしまいたかった。
シュナイゼルが愛しさを目に宿して妻を見る前に、シュナイゼルの目の前から消えてしまいたかった。

それがこんなことになるなんて、少しも思わなかった。

「…どうしてですか。兄上」

呟く。
この宮に住まわされてから二年。シュナイゼルに抱かれ続けて二年。
ずっと持っていたシュナイゼルを好きだという気持ちが変化して二年。

愛している。好きではなく、愛している。その中に憎しみと恐れが含まれてはいるけれど、それでも愛している。

シュナイゼルが訪れるたび恐怖した。抱かれるたび憎悪を抱いた。
なのに、待っていた。訪れてくれるその時をずっとずっと待ち続けていた。
シュナイゼルの訪れに安堵して、その腕に抱かれれば歓喜して。
自分のそんな変化に気づいたのはいつだったろう。


憎い憎い人。恐ろしい人。けれど、愛しい愛しい人。


そんなふうに想うようになったのは、一体いつ。

「…っ、何のために、婚約を選んだんだ」

窓硝子に映る自分の顔が歪む。その顔を片手で覆って歯を食いしばる。

シュナイゼルが妻を娶る日を恐れていた。シュナイゼルが誰か一人のものになる日を恐れていた。
だから逃げ出そうとしたのに、捕まって。挙句想いをより深いものへと変化させて。

ルルーシュは愛妾に過ぎないというのに。

どうしてそうなったのか、シュナイゼルはいまだ語らないから分からないけれど、今のルルーシュの立場はそれだ。
妹ではない。恋人ではない。妻などではもっとない。ただシュナイゼルに囲われ、抱かれる愛妾。
それもいつまで続くのか知れない。

子供ができた。
だから何だ。だからシュナイゼルとの関係がどう変わるという。
シュナイゼルはいつか妻を娶って、子供を作って。そうして幸福に微笑むのだ。
その時、ルルーシュの存在は邪魔でしかない。それとも妻公認の妾にでもなるのだろうか。
自国の皇帝が数え切れない程の皇妃を持っているのだから、一人二人くらいならば許容の内だろうか。

「それでもいい、なんて」

捨てられるくらいならば、それでもいいだなんて、とルルーシュは床に座り込む。
どれほど辛くても、どれほど苦しくても、シュナイゼルが抱いてくれるのならば、と両手で顔を覆って目を閉じる。

「すまない」

いずれ生まれてくるであろう我が子に、このままでは幸せなど訪れないと分かっていてそう望むルルーシュは、ただただ謝ることしかできなかった。


* * *


ルルーシュがシュナイゼルとの子供を宿したとの知らせを受けたのは、エリア11への出張中のことだった。
共にいたコーネリアが喜色を見せつつも複雑な顔をしてシュナイゼルを見たのを感じたが、シュナイゼルは動かなかった。通信を切った状態で、何も語らずただじっと画面を見ていた。

「…兄上」

コーネリアの呼びかけに振り向けば、酷い顔色ですと指摘される。
それに苦笑してその場を離れ、ソファに腰を下ろす。
コーネリアが部屋に備えられた水差しから水を注ぎ、グラスを差し出してくるのを受け取って喉に流し込む。

「おめでとうございます、兄上」
「…おめでたい、かな」
「ええ」

シュナイゼルにとってはおめでたい。これでますますルルーシュを縛り付けることができる。
けれどルルーシュにとっては逆だ。忌まわしいことこのうえないだろう。

「兄上」
「何だい?」
「いつまで今のままでいらっしゃるおつもりですか?」
視線を流す。コーネリアは立ったまま、どこか苦しそうにシュナイゼルを見ている。
「ルルーシュに子ができました。ならばこれを期にご自分の気持ちを明かされればどうですか」
ずっとずっと愛しているくせに。ルルーシュの婚約を知って、すぐに潰しにかかったくせに。
そう言うコーネリアに、くっと笑う。
「今更言えることではないよ、コゥ」
「兄上!ですが、それではお互い苦しいだけではありませんか!」
「愛していると告げたところで、あの子をより苦しめるだけだとは思わないかい?」
「それこそ今更なのではありませんか。もう十分苦しめています」
そう思うのならば解放してやればよかった。そう睨みつけてくるのに、それはできないと視線を外す。
手の中のグラスを揺らせば、残った水も揺れる。

ずっとずっと愛おしんできた妹。いつしかそれが妹としてではなく、一人の女性として愛おしんでいることに気づいて。
兄上と慕ってくれるルルーシュに、欲しいのはそれではないのだと。もっともっと強い想いが欲しいのだと訴えるようになって。
その矢先の婚約。

許せるはずがなかった。ルルーシュを奪う存在を。ルルーシュを手に入れる存在を。
その存在からルルーシュを奪って、閉じ込めて、抱いて自分のものにした。
どうしてと問うた。嫌だと叫んだ。やめてと泣いた。そんなルルーシュを無理やり暴いて二年。
ただの一度も愛していると告げたことはない。告げる資格など持たない。

「どうせルルーシュを手放すおつもりはないのでしょう?」
「愚問だね」
「ならば一言告げるくらい構わないではありませんか」
視線を再びコーネリアに移せば、呆れたような顔。
「私はルルーシュを可愛いと思っております。大切な妹です。ですから兄上がなさっていることに同意などできません」
その通り、コーネリアは二年前からずっとシュナイゼルに抗議を忘れない。
けれど強硬手段を取ることはないし、シュナイゼルを嫌悪することもない。
「兄上のことも私は大切に思っています。尊敬しています。ですから申し上げているのです」
コーネリアの目に強い光が宿った。

「兄上が始められたのです。兄上が足を踏み出すべきではありませんか」

子供も生まれるのだ。シュナイゼルが誰よりも何よりも愛しているルルーシュとの間の子供が。
ならばその子供も愛しいだろうに、今のままではその子供に愛を注ぐことすら難しい。
その子供に笑顔で毎日を過ごさせたいのならば、幸福の中で生きてほしいのならば、シュナイゼルとルルーシュが幸福の中、笑っていなければいけないのではないのか。

「それはルルーシュが私を愛していることが前提だね」
苦く笑えば、ブリタニアの魔女らしからぬ慈愛の微笑みが返ってくる。
「ルルーシュが兄上をどう思っているのか、それは兄上がご自分で聞く以外にありません」

ルルーシュを手放すつもりがないというのならば、いっそのこと胸の内を全て告げてしまって。
そうしてどれほどの時がかかろうと、ルルーシュの心を手に入れるために必死になればいい。
するべきことの順序を間違え、するべきことを無視し続けたシュナイゼルは、それぐらいしてみせなければいけない。

「…そうだね」

しばらくコーネリアと見つめ合って。すっと再びグラスの中の水に視線を戻すと、シュナイゼルはそう言って小さく笑った。


* * *


カツカツカツ、と足音が聞こえる。それにルルーシュははっと顔を上げて扉を見る。
どれほどの時間が経ったのだろう。床に座り込んだままのルルーシュは、部屋が薄暗くなっていることに今更気づく。

ああ、お帰りになられたのだろうか。

憎くも愛しい人が出張を終えて帰ってきた。それが嬉しい。けれど足音を聞いた瞬間に恐怖が湧き出てきたのを感じた。

子供ができた。そう聞いただろうあの人は何を思っただろうか。疎まれたなら、どうすればいいだろうか。
生むことは許してくれるだろう。周りの目もあるし、それほど冷酷な人でもない。
けれど何を思っただろう。そしてどういう言葉をかけてくるのだろう。
そう思えば怖くて怖くて、思わず壁に縋った。カツカツカツ、と足音が近づいて、止まる。

「…っ」

自分はは愛妾に過ぎない。必要とされているのはこの体だけ。子供など望まれてはいない。
宿った命を確かに喜んだ自分がいるから、それを否定されるような言葉は聞きたくはない。
だから怯えた。

けれどいつまでたっても扉が開かれないことに気づく。
可笑しい。いつもならばとうに開いているというのに。もしやシュナイゼルではないのだろうか。
けれど彼の足音を間違えるはずはない。ここに住まわされてから一度たりと間違ったことなどないのだから。
だからどうしたのだろう。そう思って、つい声が出た。

「兄、上?」

「…っ」

呼びかければ息を呑む音。それに驚いた。
昔はいつも微笑みを忘れない人だった。柔らかい表情で柔らかい声音で接してくれる人だった。
今はあまり感情を見せない。見せるとすれば荒々しいものばかりで、けれどいつも余裕を忘れない人。
なのに今のは何だろう。怯えたように揺れた気配を感じた。
どういうことだ、と思いながらもルルーシュは思い切って立ち上がる。そしてゆっくりと扉に近づいて、扉に手をつく。

「シュナイゼル兄上?」
「…ああ」

ルルーシュは眉を寄せつつ、そっと扉のノブに手をかけ、回そうとするが動かない。
なんで、と思って、扉の向こうでシュナイゼルがノブを押さえているのだと気づく。
「兄上。お入りになられないのですか?」
力を入れつつも問いかけると、ああ、いやと返る。何なんだ今日は。
ノブがぴくりとも動かないのが悔しい。そう思って、ああ違う。別に力比べをしているわけではなかったとノブから手を離す。

「ルルーシュ」
「はい」

扉の向こうから呼びかけられる。こん、と聞こえた音はなんだろう。
ルルーシュは額を扉に当てる。こん、と音がした。

「お前に、言わなくてはいけない言葉がある」

今度はルルーシュが息を呑んだ。
子供を堕ろせと言われるのだろうか。だから顔を見て話せないとそういうことなのだろうか。
扉に添えた手が拳を握る。

「お前を何故私のものにしたのか。何故婚約を破棄させたのか」

それを言わなくてはいけない。そう続けるシュナイゼルに、え、と声を洩らす。
前者は聞きたいとずっと思っていたことだ。けれど答えは得られないだろうと諦めていたことだ。
後者は知らない。シュナイゼルが破棄させたなど、聞いたこともなかった。
婚約破棄の理由は相手からの申し出だと聞いていた。けれど皇族相手にもう決まった婚約を破棄できる貴族はいない。
しかも相手はその後、出世している。可笑しなことだとずっと思っていた。思っていたけれどどうでもよかった。それどころではない状況にいたからだ。だからシュナイゼルが関わっていたなど、知りもしなかった。

「簡単だ。どちらも同じ理由からなのだから」
「同じ、理由?」

そう、と扉の向こうから。けれど先が続かない。ルルーシュも今度は兄上?と呼びかけることもなくじっと待つ。
何を言われるのだろうか。不安は大きい。けれど、この時を逃がせばもう聞くことはできない。
そう思ったからじっと待った。

「…だめだね」
「え?」
笑みが含まれた声に顔を上げる。すると動かなかった扉が音を立て始めた。
そちらに顔を向けると、開いていく扉がすぐ隣に。開け放たれた扉から現れたのはシュナイゼル。
その顔はここ最近で見慣れた無表情ではなく、時折浮かべられる嘲るような表情でもなく、昔のような柔らかい表情。
困ったような笑みと怯えたように揺れる目がルルーシュを捉える。
あまりに予想外の表情にルルーシュが呆然とシュナイゼルを見上げていれば、扉が静かに音を立てて閉まった。

「ルルーシュ」
「…は、い」

シュナイゼルが目を伏せた。目を伏せて、一拍。再び開かれた目を確認する前に、抱きすくめられた。
思わず体が跳ねる。扉に添えていた手が宙に浮く。

「ルルーシュ」

耳元に声。まるで情事の時に囁くように甘い、けれどどこか震えて。

「お前を、愛しているよ」

薄暗い部屋の窓の外、沈む太陽の色に染まった庭園を、鳥の番が囀りながら飛んでいった。

end

リクエスト「シュナルル♀でルルの妊娠、シュナイゼルとのすれ違い」でした。
壁に縋るルルーシュと扉を開けた兄上、というシーンで終わるはずだったなんて言えない(何て終わり方だ)。
この後、大団円を迎えるのか、ひと悶着後に大団円かはご想像におまかせします。
そしてコーネリアはルルーシュの気持ちに気づいてました、という裏事情。

リクエスト、ありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送