崩壊の足音

「そろそろかな」

こと、と白のクイーンを動かす男は、妹が治める行政特区日本の方向へと視線を流す。
さすがに本国から見えはしないが、妹が必死になって頑張っている姿は想像に難くない。
ナンバーズに対する差別意識を持たない妹は、イレブンが以前の名、日本人を名乗れるための場所を作った。
妹をそうさせたきっかけは何だろうか。妹の騎士がイレブン、名誉ブリタニア人だからだろうか。彼との出会いが妹に何かをもたらしたのだろうか。それとも他に何かがあったのだろうか。
男には分からないけれど、妹は妹なりの思い、願いの元、頑張っている。それを可愛らしいと思う。

「けれどユフィ。現実は物語とは違うのだよ?君が思い浮かべるようなハッピーエンドで終わりはしない」

可哀想だけれど、と男は目の前のチェスボードへと視線を戻す。
こつん、と黒のポーンが白のクイーンを取った。残る白のナイト。

「君はどうする?」

白のクイーンを守りきれなかった白のナイト。クイーンに殉じるか、それとも戦い続けるか。
どちらにせよ、彼らの舞台である特区は崩れ落ちる。何しろ準備すらままならない内に始まった政策なのだ。
土台がしっかりしていなければ、どんな政策も成功などしない。
そして先頭に立っていた妹がいなくなれば特区は機能しない。後に続く皇族はいないだろう。
妹のようにナンバーズへの差別意識を持たない皇族は多くはないのだし、元より失敗することを前提にした政策だ。
妹はそう思ってはいないけれど。そう微笑んで、男は黒のポーンに取られた白のクイーンを手の中で転がす。

「よく頑張ったね、ユフィ。君の政策のおかげでエリア11のテロ組織は弱体化した。小規模なグループは瓦解。コーネリアも以前に比べれば随分治めやすくなったと言っていたよ?」

苦い顔をしていはいたが、確かに。
テロ組織が動けずにいる間に、エリア11の基盤を確かなものとできたコーネリアは、じきに総督交代の命を受けるだろう。またテロが活発なエリアへと派遣され、エリア11は他の皇族が引き継ぐことになる。

「これも君の政策あってのこと。私は君を誇りに思うよ、ユフィ」

目を伏せ笑みを刻んだ口元は、けれどどこか悲しそうに息を吐いた。

「そろそろか」
「何がだ?」
「行政特区日本だ。そろそろ崩れる」

こつ、と黒のポーンを動かした少年は、向かいに座る少女を見る。
少女は黄色のぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめ、ブリタニアかと頷く。それに少年も頷く。

「エリア11は安定した。これでブリタニアにとって余分なものに金を使う必要はなくなった」
そうでなくとも年月が経てば経つほど、イレブンの特区への参加希望者は増えていく一方なのだ。
特区はそれに対応しきれていない。
「ユフィならもう一つ特区をと言い出す可能性もあるが、土地も金も有限だ。それに何より」
「ブリタニアは許さない、か」
ユーフェミアの意志とは違うところで、テロ組織の存在意義を奪う政策となった特区。
けれどもう一つの特区にはメリットはない。今ある特区だけでも、もうブリタニアにとっては不要なものであるのだ。特区が増えることはありえない。

「そういえば、特区には扇も参加していたな」

どこで知り合ったのか、ブリタニア人の女性と一緒になるために黒の騎士団を抜けた。それを皮切りに、幹部から一人二人抜ける者が現れ、特区への参加を表明した。
そうなるとその下にいた者達も右へ倣えとばかりに次々と特区へ向かった。
残った団員は以前に比べればあまりに少なく、その時の憤りを思い出させた少女を少年が睨みつける。
「特区の中の様子は、そう窺い知ることはできない。時折流される情報が主だ。だが」
とん、とチェスボードを人差し指で叩く。
「ブリタニア人の参加は極少数」
当然だ。ブリタニア人にとってイレブンとは己より下にあるべき存在。そのイレブンと同等の位置に属することになる特区。それを許せる者は少ないし、住み慣れた家をわざわざ離れようと思う者も少ない。そして何より、誰が好き好んで身を危険に晒そうと思うだろうか。

「その中には怪我人や死人が出ているという情報もある」

それは隠されてはいるけれど、確か。
今、ブリタニア人の特区への反感を爆発させるわけにはいかない。だから切り札の一つとして取ってあるのだろう情報。
「虐げられてきた日本人にとって、ブリタニアは敵。憎い相手だからな。それが同じ場所に同じ立場でいる。
いつまでも耐え切れるはずがないな」
ふむ、と少女がぬいぐるみに顔をうずめる。
特区は日本人の名乗りを許しているとはいえ、ブリタニアの支配下にあることに変わりはない。そのため、すぐ側に憎いブリタニア人がいる。そう思っても初めは心を抑え込むだろう。
自分達は日陰で暮らすことを強要されていたのに。人としての扱いなど受けなかったのに。
けれど耐えて耐えて耐えて。どうして名を取り戻してなお耐えねばならない。そう思って爆発する。
もしかしたら扇のようにブリタニア人と一緒になるために、と参加した日本人も裏切り者と呼ばれるのかもしれない。
それはブリタニア人とイレブンの関係を考えれば当然の結果。

「共存できる場所には成り得ない。扇は無事か。女は無事か。無事として、この先待つのは果たして幸せか」

場所を与えて、名を戻して。けれど共存を実現するにはまだ足りない。

慈愛を理解するものばかりではない。
努力を理解するものばかりではない。
共に頑張ろうと思うものばかりではない。

「ユフィのような人間の方が少ないんだ」
少年は白のナイトを動かして、目を細める。
「特区は終わる。ブリタニアの手で。そして日本人の手で」
爆発した日本人。鎮圧に走るブリタニア。流される情報。その中にはきっと死亡したブリタニア人の情報も含まれて。
特区の外のブリタニア人は許さないだろう。特区を、そして許された特権を放棄した日本人を。
多くの日本人が捕らえられても、殺されても当然のことと誰もが声を上げるだろう。

白のクイーンを守る白のナイト。その二つの駒の後ろに控える白のキング。
それを睨みつけながら少年は、そうなる過程に憎しみ以外に欲も関わってくる、と続ける。

「イレブンの頃と比べれば、どれほどマシな生活か。だが、時が経てば不満は生まれるものだ。特区を作ってくれたユーフェミア様ならば聞いてくださる。そう抱く期待もあるだろう」
「ユーフェミアならばそれに答えようとする」
そう、と少年は笑う。苦しそうに。
戦い続ける白と黒。とうとう白のクイーンが黒のポーンに敗れた。
「ユフィはより良い道を模索する。だが一つ叶えれば次も。それが人間の欲だ」
叶えられぬものができれば不満は募る。何故どうして。特区では日本人もブリタニア人も対等ではないのか。なのにどうしてより良い暮らしを求める言葉を叶えてくれない。
「日本人は長年植えつけられた被害者としての意識が強いからな」
そう簡単に取り去れはしないその意識が、彼らの不満を山と積む。
耐えて耐えて耐えて。なのに叶えられない望み。
「ブリタニアは目的を終えた。今の特区はすでに役目を終えた邪魔なものだ」
それに気づかない日本人と、日本人の要求に出来得る限り応えようとするユーフェミア。
切り捨てられる日が迫っているとも知らずに。

少女が手を伸ばし、白のキングを掬い上げる。そしてとん、と前に進ませる。

「全てはこの男の手の上か?」

少年が口元を上げる。

「それ以外考えられないからな」

総督の許可なくして副総督が政策を定められはしない。けれどナンバーズ嫌いの総督が特区を許可するはずもない。何より溺愛する妹に危険が及びかねないものに同意などしまい。
では何故、副総督は特区を宣言したのか。お飾りと呼ばれようが、彼女にも分別はあるだろう。自分一人で全てを決めてしまうことが許されないことぐらいは知っているだろう。
ここで出てくるのが、当時エリア11を訪れていた宰相だ。兄妹としても仲良くしていた相手。総督よりも地位の高い相手。彼の同意を得られれば、総督を説得することもできるだろう。
ユーフェミアがそこまで考えたのかどうかは分からないが、総督を避けて行動したことは確かなのだ。

「しっかりとした土台は出来上がってはいなかった。それを指摘できたはずだ。改善点はあった」
「コーネリアならば許可したとして、それを指摘したと?」
「妹のためにな。だが、特区は始動した。長く保たせるつもりがないとしか思えない状態で」
ユーフェミア大事のコーネリアにはできない。
少年が椅子の背にもたれ、少女がぬいぐるみを抱いたまま目を伏せた。


「特区は終わる」


政策の立案者、特区の統治者であるユーフェミアの責任として。
守りきれなかった白のナイトを盤上に残して、白のクイーンは姿を消す。

「無理だよ、スザク。正攻法で変えられる国ではないんだ。ブリタニアという国は」

少女が目を開けてため息一つ。もう一度目を閉じた。
少年も静かに目を閉じて、近い内に訪れる崩壊の音に耳を澄ませた。

end

リクエスト「特区がゼロが何もしなくても失敗する」でした。
特区崩壊間際です。特区については考えると頭がごちゃごちゃになるので、こんな感じになりました。

まず理解あるブリタニア人とイレブンを少人数一緒にして、成功したらちょっとずつ増やして。
失敗したら改善点を模索して、とかやっても無理でしょうか?特区。
大人数から始めるのは目も行き届かないし、大変じゃないだろうかと思ったりします。難しいことは分かりませんが(おい)。

リクエスト、ありがとうございました!

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