「踊りましょう、愚かな人間達よ。踊って踊って息絶えるまで。赤い靴を履いてひたすらに」

くすくすと笑う。
鈴の音のように澄んだ声が部屋に響く。

「ゼロに戻りましょう。白紙に戻しましょう。そうしてもう一度始めましょう。世界もそれを望んでいるのです」

くすくすくすと笑う。
吸い込まれそうな星の海の中で、女は両手を胸の前で組む。

「愛しきあの頃を、平和だったあの頃を取り戻しましょう」

諾、と頷く男は女の隣で目を細めた。
愛しきあの頃。平和だったあの頃。欲望など個人の問題でしかなかったあの頃。

彼らが今も忘れることない愛すべき楽園。


Fimbulvetr

世界は争う。
三度目の大きな戦争は、もはや誰が敵で誰が味方か分からないくらいに混乱の最中にあった。
始まりは何だったろうか。もう誰にも分からない。どうしてここまで大きくなった。それも分からない。それほどに色々なことがあった。色々な争いがあった。その争いがいつしか一つとなって、止めようのないほど大きな争いになった。

世界は荒んでいる。人の心もまた荒んでいる。
争いは止まらない。止まらない。止められない。

「キラ」

キラは自分を呼ぶ声に顔を上げる。そこには恋人。
「ラクス」
「カガリさんが無事、こちらにお着きになりました」
吉報であるのにラクスの顔色は優れない。理由が分かっているキラは、辛そうな顔のラクスに少しでも安心をと小さく微笑む。
「そっか。よかった」
オーブはもうだめだ。唯一プラントが無条件で信じられる味方だったオーブはもう国として機能しない。できない。

中立の国、平和の国。それがオーブであったのに、三度も戦争に巻き込まれて。一向に止まぬ砲撃の音にとうとう暴動が起きた。
言葉でもだめ。仕方がないと武力でくる国民を傷つけないことを前提に軍を出動させて。行政府にバリケードを張って。けれどどうあっても鎮まらない国民に、オーブは嘆きと怨嗟が絶えない国となった。
このままではカガリの命が危ない。それが確かなものとなる前にカガリを慕う軍人達がカガリを逃がした。カガリなくしてオーブは存在しない。

「わたくしにもっと力があれば、カガリさんがオーブから逃げることになど…」
「ラクスのせいじゃないよ。ラクスはがんばってる。それを僕は知ってるよ」
戦争を止めようと頑張っていることを知っている。毎日毎日必死で駆け回っていることを知っている。ずっと側で見てきた。側で手伝ってきた。
キラは悔しそうにうつむき、拳を握るラクスを抱き寄せて大丈夫だよ、と囁く。今は戦うばかりの毎日だけれど、必ずまた平和はやってくる。そう信じている。
ぎゅっと縋るようにラクスを抱く腕に力を込めると、ラクスが体を預けてきた。


「必ず平和を取り戻してみせます。ですからキラ、今しばらくその力を貸してください」


「うん。もちろんだよ、ラクス」
一緒にがんばろう。

オーブを離れてプラントに上がった。
本当はオーブから離れたくはなかったけれど、皆が言うのだ。カガリが無事であることが一番なのだと。平和は必ずくる。その時にカガリがいなくてはオーブはオーブではなくなってしまうのだと。オーブのためにも生き延びてほしいと。
必死に必死に必死に。命の危険があるのはカガリだけではないのに、彼らは皆そう言ってカガリをシャトルに乗せたのだ。そうしてカガリ一人、逃げて。
思い出してぎゅっと膝を抱える。
ああ、彼らは無事だろうか。必ずまた会おうと約束した彼らは。絶対に死ぬなと言ったカガリに、はいと笑って応えてくれた彼らは。

「お父様…っ」

武器を持って押し寄せてくる国民。
カガリのせいだと、アスハのせいだと、そう責めて立てる国民。
中立の国、平和の国。それを信じていたのにと。

「カガリ?」

はっと顔を上げるとアスラン。一緒に逃げてきたカガリの護衛。
アスランはカガリの顔を見て軽く目を見開くと小さく微笑んだ。
「泣いていたのか」
「だって…!」
「ああ、分かってる」
近づいてきたアスランに抱きつけば、大きな手が背を抱き、髪を撫でてくれる。ボロボロと涙が零れ落ちた。
「ど、して…っ、どうしてこんな…っ」
「ああ」
「どうして…!!」
平和、だったのだ。
これからも平和を守っていくはずだったのに、どうしてこんなことになったのだ。
カガリ。アスランが呼ぶ優しい声に、カガリは声を上げて泣いた。

ひとつ、ひとつ光が消えていく。弾けて消える。飛び散る欠片がキラキラと最後の輝きを見せて消える。
後どれくらいで全ての光が消えるのだろうか。男は閉じていた目を開く。目の前は暗闇。そこに光がひとつ現れる。

「お疲れさまですわ」
「あなたも」
光は女を映し出し、女が歩を進めると音を立てて消える。また暗闇だ。けれど女は迷わず歩を進め、男の前で足を止める。
「彼女はどうですか?」
「泣いてるよ。そちらはどうだ?」
「不安に苛まれているようですわ。ですがまだ前を向いています」
今はかろうじて。けれどそれは簡単に折れてしまうだろう。
女は笑う。
「AAクルーはどうした?姿を見ないが」
「あら、お仕事がほしいとおっしゃるので、平和のために奔走していただいておりますわ」
「平和のために何かできることをしたい?」
「ええ」
お馬鹿さんですわね、と女が嘲笑う。
彼らは知らない。気づかない。彼らの言う平和と女が言う平和は違うのだと。
彼らが平和のための行動を女に求めた時点で、彼らは彼らの平和を得られないのだと。
「彼らは操りの糸がなければ動けないのですわ。こうしたい、ああしたい。その想いはあれど、操り手がいなくては動けないマリオネットですのよ」
だから彼らは逃げた。オーブの暴動をどうにかしたいと思いながら、カガリを頼む、とオーブの軍人に言われたからカガリを連れて逃げた。カガリを助けるために。オーブのために。平和のために。
逃げた先で彼らは最強の力を持つもの達と再会した。それは彼らにとって安堵。カガリだけでは不安。けれど再会したもの達とならば安心。
大丈夫。もう大丈夫。平和は必ずやってくる。彼らが、自分達が平和を取り戻すのだ。今までそうであったように。
そうして彼らは願った。平和のためにできることは何かと。それを与えてほしいと。
「少し考えれば分かりますのに。わたくしが頼んだことが本当に彼らの求める平和への道筋なのかと」
「俺達にとっては平和への道筋だが、彼らにとっては破滅への道筋なのにか?」
「ええ!」
女がぱんっと手を叩いた。暗闇に慣れた目が嬉しそうに笑う女を映す。無邪気で可愛らしい。男がふわりと微笑む。
「プラントは最後まで残すんだろう?」
「プラントが一番操り易いのですわ。皆さん、面白いくらいわたくしに操られてくださいますの」
一人に依存する国家は、その一人を信じている。盲目的に。まるで信仰。まるで狂信者。そう思わずにはいられないほどに、プラントはその一人を疑わない。その一人が絶対だと信じている。
「やはり神なくして人は生きられないのか」
男が呟く。
コーディネーターに神はいない。けれど人は弱い生き物だ。縋る対象を欲しがる。それが一人の少女。平和の歌姫と冠された少女。
初めは政治目的だったのだろう。己の派閥を有利にするための布石。象徴。それが一人歩きを始めて、プラントの象徴となった。それは求めていたからだ。プラントに住むコーディネーターが求めていたからだ。辛い時、苦しい時、悲しい時、縋る存在を。
それを好都合と、評議会が煽って、煽って、煽って。いつしか誰の手にも負えなくなって、神の如き存在になった。

コーディネーターに縋る神はいない。けれど縋る存在はいる。神と名のつかない一人の歌姫。

「神にとって信者ほど容易く操れるものはいない。自分の労力も然程使わずにすむ」
「はい。たった一言でいいのですわ。お願いします、それだけで彼らは思うように動いてくださるのです」

目を伏せればいい。声を震わせればいい。誰もが助けてくれる。
強い目で見据えればいい。揺ぎない声を聞かせればいい。誰もが動いてくれる。

お願いします。どうか力を貸してください。平和のために、どうかお願いします。
大丈夫です。必ず平和は訪れます。そのために皆さんのお力をお貸しください。

容易い。容易い。実に容易い。

男が笑う。女が笑う。
そうして暗闇の中、微笑みを交し合う。

「もうすぐ、だな」
「もうすぐ、ですわ」


ほら、また光がひとつ弾けた。

「オーブが…滅、びた?」

キラの擦れた声にカガリが血の気の引いた顔で床に座り込んだ。唇は青く、体はガタガタと震えている。
「オ…ブが…お、父様…っ」
亡き父に救いを求めているのか、それとも父が託してくれた国なのに、と嘆いているのか。
そんなカガリをラクスが辛そうに見つめる。
つい先程、オーブが滅びたという情報が入ってきた。国土には屍が山となり血が川となり瓦礫が道となり、生き物が住める状態ではないのだという。かろうじて生きているものはいるが、それも虫の息。最早オーブ復興どころか再生すらできぬ状態。
オーブだけではない。地球のあらゆる国が滅びの道を辿っている。けれどオーブ滅亡の報ほどカガリ達を打ちのめしはしなかった。彼らは今始めて絶望した。

「何が…起こってるの…」
「…分かりません」
「分からないって…ラクス!」
どうして分からないのだと暗に責めるキラは、ラクスならば何でも知っているのだと、ラクスならばどうにかできるのだと。そう思っているのだろうか。ラクスの両腕を強い力で掴んで、縋りつくように血の気を失くした顔を覗き込む。

「どうしてこうなったの?誰が始めたの?この戦争を拡大させたのは誰なの!?その人さえ止めればこの戦争は終わるんでしょう!?ねえ、ラクス!!」

けれどラクスはうつむいて顔を逸らしたままキラを見ない。
離れたところでカガリもまたラクスを見ている。涙をボロボロと流しながら、縋るような目でラクスを。
それにラクスは唇を噛むと、ふるふるっと首を小さく横に振った。


「申し訳…ありません」


何も、何ひとつ分からないのだと、か細く震える声に、キラがそんな…と力なく呟いた。
わああっとカガリの泣き声が…響いた。

この戦争を始めたのは誰?

女はくすりと笑った。
それは私。それは彼。
もう厭いたのだ。もううんざりなのだ。
長い長い生、人間が生まれた一番初めの日から今日まで生きてきたけれど、もう嫌なのだ。争いばかり。己の欲のことばかり。
何度も何度も期待した。争いを止めんと動いたし、平和であれと動いた。その度に期待して…裏切られる。
嫌だ嫌だ嫌だ。もう嫌だ。ああ、古の時に戻りたい。

「もう、これまでですわね」

ほう、と片頬を手にあててため息をついた。視線の先にはキラ。
一人テラスにたって海を眺めているキラを心配そうに見つめるふりをしながら、もう終わりにしようと決める。
これ以上待っても無駄だ。
キラならばもしかしたら、と思ったのだ。争いばかりの世界、欲望ばかりの世界。それを変える助けになってくれるのではと期待した。けれどだめだ。使えない。

キラが自分の傷ばかり気にして、周りの傷も世界の傷も見ようとしないでもう二年が経った。
大なり小なり傷を負いながら周りがキラを案じても、キラは自分の傷から目を逸らさない。自分の傷ばかりを見続けてそれを癒そうとしない。
ああ、毎日毎日まるで悲劇のヒーローのように佇んで。案じる視線を、可哀想にという声をその身に纏わせて。

「愚かな人」

冷たい冷たい声。冷たい冷たい目。それを一瞬で隠して両手を胸の前で組むと目を伏せた。
傷ついた恋人を見守り、その傷が癒えるようにと祈る姿に似せてそっと。


「終わりにいたしましょう、愛しい方」


語りかけた相手は目の前の恋人ではなかった。

「これで最後、か」

くつり、と笑いながら膝の上で泣き疲れて眠るカガリを見下ろす。
慈しむふりで髪を撫でながら、カガリならば世界に優しくも愛おしいあの世界を取り戻す助けになってくれるのでは、と期待した己の愚かさを思い出す。

だめだ、使えない。理想ばかりで現実が見えていない。見ようとしていない。父親を絶対としすぎているせいで、父親が掲げた理念ばかりに囚われる。そうしてそれに向かってあまりに真っ直ぐに走りすぎる。そして悲劇のヒロインのように泣いて己の正しさを肯定して欲しがる。

「愚かだな、カガリ」

可哀想なのはカガリではない。そんなカガリに統治される国民だ。そんなカガリを知らずに慕った国民だ。
けれどそれももう終わり。
愛しき半身が決めた。滅びを。そして再生を。


「さあ、始めようか、愛しい人」


愛しげな視線は膝の上の恋人ではなく、虚空に向けた。

それが始まり。

世界の頂点に立って――そのために二度目の大戦の始まりを防がなかった。
世界の頂点から神の雷を――滅んでしまえ。全て全て。

「そうしてゼロから始めようか、ラクス」
「はい。もう一度二人で始めましょう、アスラン」

――あの楽園に戻って、新しい世界を築きましょう?

end

リクエスト「互いに依存しあっていて他の人には冷酷無慈悲な黒アス×黒ラク。AA・オーブ・プラントに厳しめ」でした。
・二人は人類又はコーディネーターの始祖で、ずっと生き続けていて人を見守っている存在。
・二度の大戦も傍観。流れに身を任せていたが人類があまりにも愚かすぎて罰を下す。
・もしくは、二人が暇つぶしのため 二度の大戦を起こして遊んでる話。

…どれだけ使えたでしょうか。
アスラクはキラカガを慰めながら、裏では争いを煽ってました。嘆き悲しむふりをしながら、実は嘲笑ってました。というところが冷酷無慈悲に見えませんか…?見えたらいいなあ。

書けなかった設定。
キラとカガリに期待したアスラクは、望む世界のために彼らを支えるために側にいることにしたんですが、期待は裏切られてしまい、恋人を名乗った意味をなくしてしまいました。
なので今のアスラクはキラカガに対して、よくも人の伴侶に触れてくれたな、な感じで疎ましく思ってます。
…書けなかった。

リクエスト、ありがとうございました!

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