縁と浮世は末を待て。

然り、とクルーゼは笑った。


* * *


どうしてこんなことになっているのだろう。
アスランは自分の隣に立つ青年を見上げる。
波打つ金の髪、青い目のアスランにとっては初対面の、しかしどうやら母、レノアの知人であるらしい青年。

夏休みを利用して、コペルニクスからプラントへと帰ってきたのはつい先程。
そこからザラ邸へと帰ろうとした時にレノアを呼び止める声があり、その相手がどうやらレノアが勤める研究所のスポンサーであるらしく。
無碍にするわけにもいかず、話し込んでどれほどの時間がたったろうか。
その間、手持ち無沙汰に空を眺めていたアスランの所にやって来たのがこの青年だ。

『お母上は取り込み中のようだな』

そう声をかけてきた青年は、ラウ・ル・クルーゼと名乗った。
子供一人で危ないなと笑ったクルーゼは、気づいたレノアに一礼した。
レノアがホッと安堵したのを見て、アスランは母の知人であるのだと警戒を解いて今に至る。

「あ、の」
「何だね?」
クルーゼがアスランを見下ろす。
「お帰りになるところなんですよね?私は一人でも大丈夫ですので、どうか行って下さい」
青い目が微かに見開かれ、そして愉しそうに笑みを作った。
それに首を傾げる。
「それは邪魔だと言っているのかね?」
「ち、違います!ただ、その、ご迷惑をおかけするわけには…」
初めはただ声をかけただけなのかもしれない。それがレノアと目が合ったことで、レノアにアスランを任された形になってしまったのではないだろうか。
帰るに帰れない、そんな状況になってしまったのかもしれない。
クルーゼはふむ、と一つ頷くと、君はと続ける。

「わがままを言わないだろう」
「は…?」

突然の言葉に思わず聞き返したアスランの頭に、クルーゼの手が乗せられる。
ぽんぽんと撫でるように叩く手が気になる。
男の手だ。父が頭を撫でてくれることはあまりないからか、酷く気恥ずかしい。

「わがまま、だ。今もそうだろう?お母上に早く帰ろうとわがままを言ってもいいと思うがね」
その言葉に逆にアスランが目を見開く。
とんでもない、と首を横に振る。
「そんな。母上と話してらっしゃるのは母上の仕事において大切な方です。そんなわがままは許されません」
それに私なら大丈夫です、と言えば、クルーゼが呆れたようにいくつだったかな、と呟く。
「?私、ですか?十になりました」
十、とまたクルーゼが呟いた。けれど今度は呆れではなく笑いが含まれていた。
何が可笑しいのだろう、と思いながらクルーゼを見上げていると、クルーゼがしゃがみ込んだ。
視線でそれを追いかけると、突然足が宙に浮いた。

「うわ!?」

視界が高い。
驚いてすぐ目の前のクルーゼの首に縋りつく。そして気づく。今、クルーゼに抱きかかえられているのだということに。
こうして抱き上げられることなど物心ついてからは記憶にない。かあっと顔が赤くなる。
クルーゼはアスランを抱き上げる腕とは違う腕を持ち上げ、アスランの顔を隠すように垂れる髪を耳にかける。

「わがままを一つ、言ってみたまえ」
「は、はあ?!」

近い距離にある目を見返す。
クルーゼについていけないのは当然のことだ、と思うのだが、もしかしたら自分の思考が鈍いのだろうかとアスランは思う。
そんなアスランを意にも返さずクルーゼはわがままだ、と繰り返す。

「わ、がまま、ですか?」
「そうだ。お母上の仕事の邪魔はしたくはないからわがままを言わない、というのなら、お父上に関しても同じだろう」
むしろ父は母の更に上をいく。父もまた忙しい人で、おまけに離れて暮らしている。
だからこそ、久しぶりに会った時にわがままを言って困らせたくはない。
「その点私は初めて会う人間で、この先も会うかどうか分からない人間だ。ならば心置きなく言えるだろう」
普通は言えない。初めて会う人間にわがままを言えると何故思うのか。
しかもクルーゼの様子を見るに、本気でそう思っているわけではないようで、困っているアスランを見て愉しんでいる節がある。
アスランにしてみれば、一体何がそんなに愉しいのか分からない。
「え、と。あの」
とりあえず降ろして下さいと続けようとした時、風が吹いた。

「あっ」

かぶっていた帽子がふわっと浮き、アスランが手を伸ばすが届かず、逆に態勢を崩す。
うわっととっさにクルーゼに抱きつき、落ちることはなかったが、心臓がばくばくと音を立てる。クルーゼに抱きつく手も強く握られている。
頭上からくっくっく、と笑い声が聞こえるのにアスランは顔を上げられないくらい顔を真っ赤にした。
そしてうぅ〜と唸る声がクルーゼの首元から聞こえ、それが自分の声だと気づきアスランはあう、と呻く。

調子が狂う。おかしい。両親の知人に対してなら、両親が恥をかかないように振舞うことはできる。
なのに今の自分はどうだろう。このままでは母に、父に申し訳が立たない。
そう思うと顔の赤味も引き、心臓も平常へと戻っていく。
まずはここから降ろしてもらって、そうしてと息を吸う。そして顔を上げ口を開く。
が。

「で?」
「え?」
「何か思いついたかね?」
「は?」

出だしをくじかれたアスランは、それがわがままの話だと気づく。
もしかしてわがままを言うまでこのままなのだろうか、という考えに至ったアスランは困って辺りを見渡す。
そして見つけたのは先程取り損ねた帽子。木の上に引っかかっている。

「あ、では、すいませんが帽子、取っていただけませんか?」
「ああ」
あれか、とクルーゼが足を進め、手を伸ばして帽子を取ると、アスランの頭に乗せた。
それにありがとうございますと言えば、クルーゼが笑う。

「言っておくが、これは君の頼みごとであってわがままではない」

「…え」
「さて、どうする?」
アスランは固まった。


* * *


笑う。
己の隊に配属された新人兵の内、赤を纏う者が五人。大収穫だ。
しかしクルーゼに笑みを洩らさせるものはそれだけではない。

あれからもう五年が経つな、と新人兵のデータから一人の少年のものを呼び出し、思う。
五年前、偶然出会った少年が成長した姿がそこにはあった。
その少年にわがままを言え、と無茶を言って困らせたことは今でも記憶に新しい。
結局あの少年はわがままを思いつけなかった。思いつく前に母親が戻ってきたからだ。
だから一つ、約束をした。

『次に再会するまでの年数に、今日の分を足した数のわがままを考えておきたまえ』

きょとんとした少年は、理解した瞬間どうしよう!?という顔をした。
本当に再会するかどうかは分からない。けれどもしも再会したとして、一つでさえ思いつかないものをどうして二つも三つも思いつけよう。
そんなことがありありと分かる顔だった。

どうしてあの少年にそんな約束をしたのか。それは酷く簡単なことだ。
愉しかった。
それだけだ。

少女と見間違えることもあろうその容貌が、年に似合わない大人びた表情を浮かべる。
少女のような高い声が、年に似合わない大人びた口をきく。
けれどどうやらイレギュラーな事態に弱いらしく、少しからかえばその表情を崩す。
整った顔が崩れるその瞬間の悦びを今も覚えている。
驚いた顔。困った顔。特に後者が気に入ったのは、己の性悪のせいか。
とにかく面白い、と思ったのだ。

「さて、君は覚えているかどうか」

入隊してきた時が楽しみだ、とクルーゼは笑った。


* * *


「ところでアスラン」
「はい」

クルーゼ隊に配属されてそろそろ一ヶ月経った頃、アスランはクルーゼの声に顔を上げた。
見上げた己の隊長のウェーブがかった金の髪に、何かしらの既視感を覚えるのはこれで幾度目だろう。
けれど結局はいくら考えてもその既視感の原因が分からないのだから、考えるだけ無駄というものだ。
そうと分かっていても考えずにはいられないのが、アスラン・ザラという男なのだが。

「約束を覚えているかね?」
「は、約束、ですか?」

何かしただろうか、と視線を落として考えてみるが、クルーゼと約束をした覚えがない。
弱った。何か忘れているのだろうか。それはよろしくない。
眉間に皺を寄せて考えるアスランに、クルーゼが口元を上げる。


「あれから五年だ。ということは六つのわがままだな。まあ、これだけ時間があったのだ。当然一つくらいは思いついただろうな?アスラン」


一拍後、バッとアスランが顔を上げ、信じられない、嘘だ、と言わんばかりに目を見開く。
けれど、それでこの一ヶ月の既視感の原因がはっきりとする。

「あ、あ、あ、あ」

アスランが震える指でクルーゼを指す。
それに笑って両手を広げる。

「さあ、言ってみたまえ」

「ぅ、うええええええええええ!!!!!?????」

その声はヴェサリウス中に響き渡った。

end

というわけで、クルアスのアカデミー前の一時の出会いでした。
本当は徹頭徹尾クルーゼ視点のはずでした。
なのにおおまかなストーリーは決まってるのにどうしても話が進まなくて。
そこでアスラン視点にすればよかったのに、どうしてもクルーゼがよくて。
…まあ、結果はこうなったわけですが。
もっと早く折れてたらもっと早くアップできたのに(汗)。

リクエスト、ありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送