愛しているわ、と囁く声が戒める。

義父に用事があると呼ばれた。それに一緒に行こうと言ったアスランに、ここで待っていますと微笑んだグレイシアは疲れた顔をしてはいたが、最近では一番顔色がよかった。
それでも心配で、義父の誘いを断ろうかとすれば、大丈夫ですからと首を振ったグレイシアに送り出されて。
そうして向かった義父の家で夜遅くまで解放してもらえず、結局一泊することになった。
けれど帰ってきたアスランは愕然とした。家中に漂う血臭。真っ青になってグレイシア!と叫んだ。
けれど入った部屋の中に広がっていた光景は。

ゆっくりと振り返ったグレイシアの顔は、まるで幽鬼のような青白い顔をしていた。

『グレイ、シア?』

ぞくっとした。
一体何が、そう思ってグレイシアのドレスが赤に染まっていることに気づく。
その足元に見えるのは黒い髪。恐る恐る視線を落とせば、そこに倒れている少女。

『ミ、ア?』

これは何の悪夢だ。どうしてミーアが。
ミーアの下には赤。血溜まり。
すぐ前に立つグレイシアの手に刃物。そこから血が滴り落ちているのに気づく。
信じたくない気持ちで、ゆっくりとグレイシアを見上げる。

『ラクス・クラインが死んだらあなたは帰ってきてくださるって、本当でしたのね』

白い頬に返り血を浴びたまま、グレイシアは明らかに正気を失った目でアスランに微笑んだ。

「あの人はグレイシアを利用したんだ」

アスランがステラに頬を包まれたまま語りだす。
ステラは初めは目を見開いたが、次第に相槌も打たずに黙って聞くようになった。
アスランから奥さんの話を聞くのは初めてだ、と思う。五年前に亡くなったことだけ、聞いたけれど。

「グレイシアに吹き込んだんだ。俺はまだラクスを愛しているんだと。ラクスのために逆らわないんだと。
ラクスによく似たミーアを側に置いているのがその証拠だと」
ただでさえ精神不安定の中、グレイシアはそれを聞かされ精神を揺さぶられた。
「あの人は、俺とグレイシアを消したかった。憎むべきザラの血を継ぐ俺と、その俺に嫁いだグレイシア。
あの人は許せなかった。自分達で俺達を娶わせておいて、許せなかったんだ。クラインとザラの婚姻を」
だから自分の手を汚さずに、互いを血に染めさせようと考えた。
彼は時期を待った。そうしてやってきたのはグレイシアの精神不安定。そしてラクスそっくりな少女、ミーア。ラクスと同じ顔同じ声。そんな存在を認められない彼はミーアも巻き込むことにした。

『お前の夫はラクス様のところにいるが、お前は知っているのか?』

義父の元に行くと言って出かけていったアスランが、グレイシアに偽ってラクスに会いに行った。
日々ラクスとアスランが婚約していた頃の睦まじさを彼から語られていたグレイシアには、その一言で十分だった。
そこにとどめをさす。

『ラクス様がいらっしゃらなければ、彼もお前の元に戻るだろうに』

「ミーアがどうしてタイミングよく現われたのか。あの人の手回しなのだろうと分かる。正気を失ったグレイシアとラクスそっくりのミーア。狙いは…分かるだろう?」
「奥さんにミーアさんを殺させて、アスランも殺させるつもり、だったの?」
アスランが頷く。
「だが実際はグレイシアは自分で命を絶った」

『おかえりなさい、あなた。愛してます』

そう言って笑って、自分の胸を刺した。

「もしかしたら、あの人はそれも狙いだったのかもしれない。妻が夫の生徒である少女を殺し、自害する。
それは世間にどうとられると思う?残された俺を、世間はどう評すると思う?」
「……最低」
ステラがアスランの頬から滑って首に回す。ぎゅっと抱きしめる。
アスランは抱き返してはこない。
「そこから先を、俺は覚えていないんだ。覚えてるのは悲鳴だ」
ステラがアスランを抱きしめたまま悲鳴、と繰り返すと、アスランが頷く。
「悲鳴。そして血の匂い。何をしたのかは分かっている。ただ夢を見ているように、俺にその実感はなかった」
泣き叫んで、逃げ惑って。そんな人達を殺した。邸の中の人間全て、殺した。
殺して殺して殺して。そうして最後の一人、決して許すわけにはいかない一人を追いつめた。

「グレイシアの、義父。俺の義父上を」

ぴくっとステラが震えた。
義父。そう心で繰り返して、何かがひっかかった。
なんだろう、そう思って。
思い出す。


『さようなら、義父上?』


そう、確かそう聞いた記憶がある。あれはアスランと初めて会った夜だ。
それを肯定するように、アスランが小さく笑った。

「ステラと会ったのは、義父上を殺したすぐ後だったよ」
ステラが腕はそのままでアスランから離れ、その顔を見下ろした。
「グレイシアは、旧姓をグレイシア・ルーシェ。君の、義姉だ」
「あ、ね」

会ったことのない母が可愛がっていたという義娘。取り上げられたという義娘。
それがアスランが今でも愛している奥さん。

「初めは気づかなかった。連れて出たのは、ステラが温かかったからだ」
「あたたかい?」
こて、と首を傾げると、アスランが下ろしていた腕を持ち上げ、ステラの髪を梳いた。
「グレイシアは冷たかった。冷たくて、もう愛してると笑ってくれない。でもステラは温かかった。温かい小さな手が自分の手の中にあって。それが不思議で。でもそれが生きてるってことなんだと。俺の腕の中で死んでいく命ではないのだと、そう思ったら」
アスランが言葉を切って、自分の両頬を包むステラの両手に手を添えた。


「温かい気持ちになった」


アスランが微笑む。優しい優しい笑顔。
ステラは泣きたくなる。泣きたくなって、けれど嬉しくなった。
あの時のアスランは死んだような目をしていた。ほとんで死人同然の顔色をしていた。
そのアスランを生き返らせたのは自分なのだと、そう言われているのが分かって、ステラもアスランに微笑んだ。


* * *


誤魔化されたわけではないと思う。けれど、よくよく考えれば告白の返事をもらっていない。
いや、いつものことと言えばいつものことなのだけれどでも。
アスランから奥さんのことを聞いてから一夜明けて。今更といえば今更だが、朝目が覚めて気づいてしまったら頭から離れない。
ステラはむう、と唸る。それをどうかしたか?と目の前で朝食をとっているアスランを、ステラはキッと睨む。

「アスラン」
「うん?みそ汁ぬるかったか?」
「ううん、丁度いい」
「じゃあ、ご飯足りないか?」
「そうじゃなくて」
うん?とアスランが首を傾げた。そのままみそ汁を口に運ぶアスランに、ステラはボソッと呟いた。

「愛してるの、アスラン」

「ぶほっ」
え?とステラがきょとんとする。目の前ではアスランがげほげほと咳き込んでいる。
なにこれ、と思う。今までと全く違う反応だ。今までなら俺も好きだよとさらりと返してきたくせに。
「アス、ラン?」
呼べば、咳き込んでいたアスランが突然立ち上がった。それを視線で追う。

「そろそろ出勤時間だな」
「まだ後三十分あるのに?」
「いや、今日は早出だから」
「そんなの聞いてない」
「今思い出し」
「アスラン」

うつむいたままのアスランの耳が赤い。声に動揺。それに気づいて、その原因に気づいて。ステラはぱああっと顔を輝かせた。
それを偶然見たアスランが、うっと呻いて足を引いた。
ステラはじゃあ行ってくると、そそくさと出て行こうとするアスランの背に抱きついてそれを止める。

「ス、ステラ!」
「大好きよ、アスラン。愛してるの」
「ステラ!!」
「アスランは?」
「ぐっ」

昨日のアスランの奥さんの話。それがアスランの心の整理であり、アスランの中でステラへの想いをちゃんと見据えるためのもの。
そうだと分かって嬉しくなるけれど、やはりちゃんと言葉で知りたい。
だから真っ赤になってステラを見下ろすアスランに、大好きよと何度も告げる。
アスランはそれに諦めたように息をついて、抱きついてくるステラの腕を離すと、今度は自分から抱きしめる。

「愛してるよ、ステラ」

「大好き!」

ちゅっと自分より高いところにある唇に口づけて、ぎゅっと抱き返した。
一拍後、ステラああ!!という照れているのか怒っているのか、そんな声が届いたが、ステラは気にせずそのぬくもりを堪能した。

end

リクエスト内容は、
 ・外見フレイで中身ステラの子供とアスランが家族になる話。
 ・後日反抗期になって中身と外見が入れ替わる。
 ・ミーアはアスの妻だが誰かに殺されてアスラン復讐者化。家族ができて沈静しているステアス。
でした。反抗期のあたりが全然できてませんが(汗)。
入れ替わったという辺りは、色々考えて、普段のステラよりちょっとフレイ混じりというか、
戦ってる時のステラを思い浮かべて書いてみたんですが、微妙ですね…。すいません。

そして話に組み込もうと思ってたのに、組み込む場所を失った設定がいくつか(おい)。
一、結婚生活が五年で崩れたアスランは、ステラを拾って五年目になる今が一番臆病になって逃げてました。相手が娘というのと、妻を亡くした経緯でこたえただけではありません。
二、一応犯罪者なアスランは知人の前から姿を消してますが、公には犯罪者にはなってません。
義父が明るみに出たらヤバイことしてたのと(ステラのこととか)、逃げる時にアスランが色々していったので(色々が何かは不明(え))。
三、初めはステラも殺すつもりでした。
で、最後にステラの外見が変わった時点で、引越し済みです。
…こんなに組み込めないってどういうことさ、と今自分でショックを受けました(泣)。

リクエスト、ありがとうございました!

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