ふ、と立ち寄った古本屋。目につく本を手に取って、ぱらぱらとページを捲る。
少し首を傾げて本棚に戻し歩を進める。そしてまた手を伸ばして次の本を取り出し、ぱらぱらと。
しばらく考えてぱたん、と本を閉じて、そのまま周りを見渡す。あれも気になるな、と思って歩き出そうとした時、目についたのはワゴンに乱雑に並べられた雑誌。その内の一冊に目が留まる。
手に取ろうかどうか悩んで、それでも自分の欲求には逆らえずに手を伸ばして。中も見ずに持っていた古本と一緒に抱える。
そして目を見開く。手に取った雑誌の下にあった別の雑誌。その見出しに唾を呑み込む。
どうしよう。目が泳ぐ。空いている手を口元に考える。

これは自分が手に取るべきではない。

それでも、手は動いた。


繋ぐ絆に、だからこそ躊躇う事実がある。

「もう帰るの?」
チャリ、と車のキーを手に取ったアスランに、フレイがいつもより早いわね、と首を傾げた。いつもならまだのんびりしている時間だ。
アスランはああ、と頷いて、この後キラに会いに行く約束があると告げる。
「キラと?」
「ああ。トリィの様子が可笑しいって」
昔アスランがキラにと贈った鳥型のマイクロユニットで、キラが大切に大切にしていたのを覚えている。
いつもキラの肩に乗っていた。暗い顔をしていたキラもトリィにだけは優しい顔で微笑みかけていた。
トリィはキラの優しい思い出で、キラの心の支え。そのトリィの調子が可笑しいというのならば、キラにとって一大事だろう。

フレイはふうん、と頷いて、生きている鳥の様に動くトリィを思い出して首を傾ける。
アスランがトリィやラクスが持っているハロを作ったのだと聞いた時は驚いた。
機械いじりが大好きらしいアスランの技術は、すでに職人レベルだ。趣味の範囲でとどまっているのがもったいないと思う。
「アスラン、そっちの道に進めばいいんじゃない?」
「いつか、そうなりたいな」
フレイの本心からの言葉に、アスランがそうなれるとは思っていないのが分かる笑みを浮かべる。
それにフレイは眉をしかめ、右手を腰にあてる。
「叶うわよ。あんたが護衛の仕事やめて探したらすぐよ」
「それは…」
「分かってるわよ」
本当はプラントに戻りたかったこと。ちゃんと裁かれたかったこと。その上で自分にできることを探したかったこと。
けれど現実は裁かれることなく英雄と呼ばれ、ザラであるがためにプラントを事実上追放され。
その上で何をしたいかといえば、もう一つしかなかった。
少しでもいい。戦争の終わったこの世界のためにと働く少女の力となりたい。
それは少女のためでもあるし、世界のためでもある。だからアスランは護衛をやめない。

「でもあんた、すっごくもどかしそうよ?」

チャリ。
アスランが指を動かし、キーが動く。
目を伏せ、しきりに指を動かすため、カチャカチャとキーが音を鳴らす。

「仕方、ないさ」

俺は罪人で。俺はコーディネーターで。俺はザフトで。オーブにとって好感情を抱かせる材料を持っていない存在。カガリの側でカガリを守る。それを許されているだけで満足しなければいけないのだ。本当は。

望まれた時にカガリの側について、定められた枠の中で制限した『力』を使う。
戦う『力』。戦うだけではない『力』。それを持っているのに、その半分も使えない。

ここに『力』があるのに!!

それをもどかしく思って。けれどそれを受け入れて、使えないことを諦める。そうでなければいけないのだから。
そんなアスランに、フレイは睨みつけるように目を眇める。

「そんなふうに諦めるくらいなら、さっさとエンジニアの職探せばいいのよ」
「フレイ」

カガリを支えたい。それは嘘ではない。
少しでもいい。世界のために。それも嘘ではない。
けれど今の状況を贖いと思えと叫ぶ己をアスランは見ている。知っている。
フレイもそれに気づいているから続ける。

「何をもってしても償いにはならないって言ってたの、あんたでしょ」

フレイの父親を殺したアスラン。
一度だけその話を二人でした。その時にアスランはそう言った。
確かにそうだ。失った命は戻らない。誰が何をしようと絶対に。

失った時は憎んで憎んで憎んでどうしようもなかった。その時に同じことを聞かされればきっと激情に支配された。
けれど今のフレイは知っている。
コーディネーターも人間で。コーディネーターも傷ついていて。コーディネーターも失っていて。
守るために、生きるために戦っているのはナチュラルだけではないのだと。
父親を殺されたことは今をもってしても辛いし苦しい。けれど憎いという感情はもうない。
アスランも母親をナチュラルに殺されていて。憎いと叫んで銃を持って。それを知った。
フレイと何も変わらない、愛する人を殺されて泣いて叫んで憎んだのだと知った。
だから静かに静かにアスランへと告げる。

「なのにあんたがそんなんじゃ説得力ないわよ。世界のために何かしたいって言うんなら、何も護衛だけが世界のためじゃないでしょ。今の状態でいるくらいなら、エンジニアになって働いたほうがよっぽど世界のためになるわよ」

復興の手助けにもなるし、より良いものが世界に出ることになるかもしれない。そのことで助かる人もいるだろう。 その方がアスランのためにもいい。自分を押し殺して毎日を生きていくよりもずっと。

アスランはフレイと目を合わせる。そして小さく笑う。
その笑みがどこかはにかむようで、あら可愛いとフレイは思う。

「そう、だな」
「そうよ。今のあんたの状況でも選べる道はいくつもあるんだから」
こくん、とアスランが頷いた。
そして手の中のキーを見下ろして、またチャリと音を鳴らす。
「好きなことをして過ごす、なんて許されないと思った」
「許さない人は許さないし、許す人は許すわ。なら忘れなきゃいいのよ」
「そう、かな」
「私はそう思うわ。だから、たくさん考えて、決めたら?」
「…そうするよ」

アスランがようやく浮かべた満面の笑みに、フレイも同じような笑みを返した。

アスランを見送るために外まで出ると、アスランがあ、と車に乗り込もうとした体勢のまま声を洩らした。
なによ、と尋ねると、アスランがフレイを見上げた。その顔がどうしようかな、という顔で、きょとんとして首を傾げた。
アスランはしばらくそのままフレイを見ていたが、車の中に乗り込んで助手席の方へ手を伸ばした。そして掴んだのは紙袋。
「偶然見つけたんだが…」
「何を?」
「まだユニウス・セブンが落とされる前に、父上、が」
地球に降りられた時の記事だとアスランがフレイを見上げる。どこか罰が悪そうな、おどおどしたような態度だ。
フレイもアスランも両親の写真を持っていない。記憶の中にしか見ることができない。だからこそ写真の一枚でも持っていたい。そう思う心は強い。
二人共がそう思っているのだとは知っているから、アスランは自分一人が記事とはいえ父親の姿をおさめたものを持つことが後ろめたい気分なのだろう。
少しは羨ましいと思ったが、ふうん、とフレイは返す。
「よかったじゃない」
「ああ…で、なんだが」
「でって、なによ」
アスランがまた目を逸らして、覚悟を決めたように紙袋の中から一冊の雑誌を取り出した。そしてフレイに差し出す。それを眉を寄せながら受け取り、何気なく目を落として驚く。
目を大きく見開いて、雑誌を受け取ったフレイの手には力が入っている。
「こ、れ」
「一緒に見つけたんだ。どうしようかと、思ったんだが」
アスランの声を遠くに聞きながら、フレイはそっと表紙を撫でた。
そこには懐かしい姿。記憶の中にだけ存在する愛しい姿。


「パ、パ」


誰かと握手をしているフレイの父親の姿。その顔には笑みが浮かんでいて。
凝視するようにその姿を見ているフレイの目から、ぽたっと涙が落ちる。

アスランが殺した。フレイの目の前で、フレイの父親が乗っていた艦を堕とした。
敵艦を堕とした。敵を殺した。戦争だったから。
けれどフレイの父親を殺した事実は変わりなく。だからこそ、アスランは渡さない方がいいのではと思った。思いながらも、買った。

フレイが雑誌を胸に強く抱きしめた。そしてうう、と声を洩らした。
アスランが何も言えず、ただフレイを見つめていると、フレイがシートに座るアスランの膝に座ってくる。
そしてそのままアスランの胸にもたれかかって、パパ、パパ、と泣き出した。
アスランはしばらく両手を宙に浮かせていたが、恐る恐るフレイを抱きしめる。
フレイがよりいっそうアスランの胸に顔をうずめるのに、強く抱きしめる。

アスランの父親の記事を見つけた時、欲しいと思った。手元に残る父の姿。それが欲しいと。
父を救えなかった自分にその資格があるのかと思ったけれど、どうしても欲しかった。
フレイも同じだろう。けれどアスランの手から、というのは躊躇われた。
見つけたのがアスラン以外の誰かならば悩むこともなかった。アスランだったからこそ、アスランはフレイに渡すのを躊躇った。

泣くフレイに、アスランは目を閉じる。その髪に顔をうずめて、

何も言わずに、ただ強く強く抱きしめた。

end

リクエスト「アスフレシリーズ続編」です。
本当は前半と後半はそれぞれ独立した話にしようと思ったんですが、一緒にしてしまいました。
書いてて、本当にすごく複雑な関係なんだなと思いました。

リクエスト、ありがとうございました!

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